歯医者の風景

オーラルヒストリーに基づく歯科治療

どうも勤務歯科医師のかずぴんです。

以前、歯科医師として執筆した文章を掲載していきます。

表題の通り、「オーラルヒストリー」という独自の新しい概念を提唱します。この概念により既存の歯科治療をより高いステージにもっていく、これを私自身は目指しています

高いステージに達した歯科治療を「歯科治療2.0」と呼称しています。

前段として、これまで述べてきた咬合による歯牙破壊いわゆる咬合トラブルと代表的な歯科疾患との関連について述べていきます。

文体は、書籍として自費出版したものなので、非常に固くて、難解なものに感じると思います。。。

6万文字の長文なので、セクションごとにアップしていきます。適宜リライトし読みやすくしていく予定です。

今日は、オーラルヒストリーとはいかなる概念か、どのように応用するのかについて触れていきます。

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オーラルヒストリーとは


患者の口腔内外から得られる、歯牙の状態、粘膜性情、咬合状態、生活背景、生育歴、歯式、画像所見、ぺリオチャートなどあらゆる情報を踏まえ分析し、過去の咬合トラブルによる歯科疾患の推定および分析、現在の評価および分析、未来の口腔内の予測などを行う手法である。

主訴:右下が痛い(右下6)
年齢。性別。その他全身状態など特別考慮しないものとする

実際の考え方の一例を載せてみる

あくまで患者と医療者の間に交わされる情報交換い基づき過去を推定していく手法であり、確定的な情報が得られるものではないことを強調しておく。

まず、口腔内診査を行う。上図は主訴である右下6の根管治療後に撮影したパノラマレントゲン写真であるが、右下6は遠心が大きく歯冠破折し歯髄に達するカリエスを認めた。
例えば、この一枚の図からオーラルヒストリーを考えてみる。

① 最も重篤な歯牙の破壊に見舞われたのは右上である。右上7が喪失している。もっとも破壊されているのが右上7であるから、この患者の咬合トラブルは右上から始まったと推定する。右上7を喪失した同時期に右上6の根管治療も行っているかもしれない。

② 次に起こったことは左側の咬合トラブルであろう。右上を喪失したことで右側での習慣性咀嚼をためらい左側咀嚼に変化したのではないか、とオーラルヒストリーを追う。当然左側の咬合トラブルが発生し、左側臼歯部を破壊され治療にいたるのである。その結果、左上67は抜歯には至らなかったものの、大きなメタルコアを装着されており、比較的破壊の程度が大きいことが伺える。特に左上7の根尖は病変も大きい。この病変の形成にはクラック経由での感染も大いに考えられる。この状態であれば左上7で咀嚼することには不快感、恐れがあったのではないだろうか。

③ 次いで再び右側咬合に移行いたのであろう。恐らく右側小臼歯付近を中心とした習慣性咀嚼活動が行われていたのではないだろうか。右側の破壊が進行したのである。歯冠が破折している。

④ 当然歯冠破折を来たし右側咀嚼は困難であろうから、次に左側で咀嚼し始めることが考えられる。それも、小臼歯付近を使用した習慣性咀嚼に変化したと思われる。左側前歯も失活歯であり、メタルコアも装着されている。破壊も相当重篤であったことが推測される。

⑤ また、パノラマにおいて口腔状態を分析すると左側の失活歯が右側より多いことがわかる。これまでのオーラルヒストリーにおいて長期的に左側を習慣性咀嚼に使用していたことを示唆している。

⑥ 次いで破壊の程度が重症である左上4の歯根破折にも注目する。左上前歯にも長大なメタルコアが装着されていることから、右側臼歯の破壊、左側臼歯の破壊の後、左側小臼歯付近を習慣性咀嚼に使用していた痕跡が伺える。苦肉の策でなんとか咬めるところで咀嚼機能を営もうとして、あがいた形跡であろう。咬合負担能力の限界を迎えた左上4は破折したのである。ここにいたり、恐らく左側での習慣性咀嚼を諦めたものと推定する。

⑦ そして、習慣性咀嚼において左右を切り替えてきたサイクル数は不明だが、左上4の破折を機に右側での習慣性咀嚼に挑んだのであろう。ここから再び右側の破壊が始まり右下6の破壊、カリエスの発生、痛みの出現となったのではないだろうか。このタイミングで当院に受診がされている。ここに至るまで恐らく歯の破壊、痛みの出現、歯科受診を繰り返しているはずである。再治療も幾度となく行われているのであろう。

⑧ 現在、右下6の根管治療により痛みの除去を達成できており、全顎的な治療を進めているところである。

⑨ 過去から推測してきたオーラルヒストリーであるが、さらにその先まで推定することも可能である。単純に、この口腔状態で痛みがなければ、患者はどの部位を使って咀嚼を行いたいと感じるだろうか、と想像するのである。左側にはまだ介入していない状態であり、根尖病変を抱えた左側で咀嚼したいとは感じないだろうと思われる。右側でも歯冠崩壊している部分では痛みはないにしても物理的に咀嚼が不可能であるから当然使用できない。

⑩ 現在痛みの無い状態であれば、恐らく右側小臼歯、第一大臼歯を頼りにし咀嚼するであろう。たとえ術者が根管治療後の歯牙を補綴が完了するまで咬合しないように指導を行ったとしても、である。他部位では咀嚼が物理的にできない、恐怖心で咬めない、咬合時痛があり咀嚼に耐えないなどが理由である。

⑪ 逆に考えれば、術者がこのオーラルヒストリーを術前に想定できていたのであれば、適切な咬合指導が執れるのではと考える。つまり、これまでの破壊のオーラルヒストリーを患者と共有し現時点の口腔の破壊の段階を認識させ、時には一時的にはあったとしても硬固物を摂取しないように食事内容の指導、咀嚼の行い方の指導、仮ナイトガードの作成など行うのである。右下で咬まないようにという患部の安静を指示するのみの画一的指導では現実的でないケースもある、と術者側が知ることは価値のあることであろう。

⑫ 今後治療が進んでいくわけだが、左側臼歯部の保存可能性が不明であり、全体の補綴設計、方針をこれから協議していく段階であるから未来はいくつにも枝分かれしている。そのため精度の高い予測は難しい。現段階では左上4の歯根破折、左上7の根尖病変、左下6の骨吸収像など、左右の歯牙破壊の程度は左側で重症であるから、長期的には右側での習慣性咀嚼が定着していくのではないかと予測している。メンテナンスでは右側の咬合トラブルの兆候に注意して対応していくことを考えている。

このようにある瞬間の口腔状態を出発点として、オーラルヒストリーの分析により、推定ではあるが、過去-現在-未来と患者固有の口腔状態を分析しある程度の予測が可能になると考えている。

これにより、咬合トラブル高リスク部位への対応が行いやすくなる。患者もその情報を知ることで、漫然と咬合トラブルによる歯の破壊が進行するのを待つのみではなく、積極的に生活習慣の見直しに取り組んでくれるかもしれない。

未来に生じうる良くない事象を良い方向へと積極的に変えていき、患者の口腔機能が永く健全に保たれることを強く願って指導を行う。


誰しも加齢とともにある程度の咬合トラブルは避けられないものであり、それは歯という臓器の老化現象とも捉えることができる。起こってしまった事を元に戻すことはできないが、今後の咬合トラブルの進行のスピードを緩めることはできるのではないだろうか。


もちろん、このケースのオーラルヒストリーは筆者の推測、推定、予測であるから幾通りにも解釈はできるものであると考える。また術者の知識レベル、診療スタイル、経験年数などにより変化する可能性もある。5年後に筆者が同様にオーラルヒストリーを考察した場合はまったく異なるオーラルヒストリーであるかもしれない。


あくまで一例としてご参考いただきたい。歯科医師ごとに異なる解釈があっても不思議ではない。そして、オーラルヒストリーという概念で考えると今までより得られる情報量が増えるはずである。それをどう料理するかは個々の裁量に任される。

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