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ホン雑記995「風に吹かれて」

夜はアメリカでイェール大学助教授やってるらしい成田悠輔氏のツイートでおもろいのが流れてきた。


その前に、彼が長渕剛と対談してる動画も見てて、やっぱり長渕にも唸った。オレがよく想う、イワシの群れの話をしだしてね。
あ~、やっぱり長渕はこっちサイドの人だなぁと思ったね。ま、オレが長渕サイドという言い方もできるんだけど、いまの時期なんかややこしそうなんで、オレが長渕サイドとか言いたくねーじゃん?

先のツイートはそのイワシの話を受けてだと思うんだけど、芋虫の形をした芋虫の大群がキャタピラーのように移動していく動画をアップしてた。

(虫の大群苦手な人注意)



ここで何度か言ってるワシの詩? 発見? ま、とにかく名言に、

人間は たまたま物理的に個体同士が離れているだけの
一本の大樹の 葉っぱの一枚ずつだ

by ワシ

ってのがあるんだけどね。毎回こうやってメモ帳のをコピペするたびに感心するんだけどね。あ、そんなんどーでもいいや。
イワシの群れのこととかも一緒に想起したりするわけ。なんとなく言いたいことのニュアンス伝わるでしょ。てか伝われよ。

で、葉っぱもイワシたちも一緒に考えてた時とは比にならないぐらいのブッ刺さりが、成田氏のこの芋虫動画で襲いかかって来たんだよ。
イワシでも十分に、この詩みたいなやつを捉えるのに役立ってアハーってなってたんだけど、この芋虫のはスゴかった。沁みたとか刺さったとかじゃ足りない感じだ。伝わってくれー、伝わってくれー、頼むー、頼むからー。
(オレはすんごい伝えようとしてくる人がすんごい苦手だ)

でもね、ホントにね、なんて言っていいんだろね、刺さるの上なんだよ。もう理解だと言ってもいい。オレの詩が正しかったのだというはっきりとした理解だ。詩に…いや、何事にも正しいとかそんなもんないって思う派なんだけど、そういうのもう蹴っ飛ばして、「あぁ、合ってたんだなぁ」ってわかる感じだ。思うじゃない、わかるだ。伝わっ(ry

「早く行きたければ、ひとりで進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」って言葉をこの数年で何回か聞いたけど、早く行きたい時もみんなといたほうがいいんだな。

成田氏も言ってるようにリーダーは不在、どこに向かってるのかもわかってない、そして特に「私たちもまた芋虫」の言葉のおかげで、オレの詩(あー、詩っての違和感あるわー、さっきからよー。作ったってか発見なんだよ。賢治いうところの「心象スケッチ」みたいなもんなんだ。「世象スケッチ」とでも言いたいもんなんだ)がもう一段階光った感じあるんだよ。
ありがてーぜ。成田さん。

この芋虫ちゃんたちを見てて、ゴーギャンもこんなことずっと考えてたのかもしれないなぁって思った。
で、芋虫を含め、たぶんこの世の誰だって、神だって、我々がどこへ行くのかはわかってないんだろう。

話がホップステップして申しわけないけど、『フォレスト・ガンプ』の最後をも想わせる。
つまり、運命が決まっていること、そんなものはなく風に乗せられてさまよっているだけ、その二律背反が同時に起こっているような気がする、というハンクスさんのセリフだ。
芋虫さんたちは、わかっていながらわかっていないような気がするんだな。
が、ひとつたしかなことは、先の動画の中で長渕が言ってたことだけど、少なくとも「生きる」の方向に向かっていることは間違いないんだろう。
数万のイワシのうちの一匹たりとも、死にたいと思ってるヤツはいないんだ。


死にたくなるような時に、誰かに問い、乞うのもいい。けど、自分の胸に、全身に手を当てて訊いて、聴いてみるのもいい。
自分の脳以外…いや、脳内で一瞬に差す魔以外、全部「生きる」の方しか向いていない。




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【今週のオリジナル曲】




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