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イスラエルで過ごした10か月。キブツ編 その4


僕達に話しかけてきたそのアジア人は、日本人だった。

あなた達は、新しいボランティアの人ですか?
僕、ユキといいます。

見るからに彼よりも年齢が若く見える自分達に、まるで年上の人間に話しかけるように丁寧な口調で、彼は話し始めた。

ユキさんと名乗ったその男によると、彼はここキブツマアニットは、今回で二度目のボランティア滞在となると言う。
単独でイスラエルに入国してきたらしい。

中東の日差しで、鈍くやけた顔はすっかり現地の色になじんでいる。
しばらくここに滞在する予定だとユキさんは言った。
ゆっくりと話す口調と、物静かな雰囲気は、何かあったら頼りになる運動部の先輩といった感じか。

だからといって、先にここマアニットに来たのは俺だからなと変に偉そうな所がない。

海外からのボランティアや、キブツメンバーとも打ち解けて話していたのも、彼のそういった、他人に対しての心地良い距離を保った接し方によるものかと納得がいった。

”晩飯食べた後でみんな何しますか”? 
ユキさんが聞いてきた。
僕達キブツ初心者の中から誰ともなく言った。
”特に予定はないです”。

自分達、日本人ボランティアの労働が本格的に始まるのは、週がかわって
最初の日曜からということになっていた。
当日は水曜日で、イスラエルに到着したばかりの自分たちの時差の解消と、ここキブツマアニットに僕達が多少でもなじむことを、
ボランティアリーダーのオフラが考慮して、ユダヤ人にとっては月曜日にあたる、週開けの日曜日が仕事始めの予定になっていた。

”だったら、僕らと一緒に飲みませんか?”とユキさんが言った。
いいんじゃないかな、特にこの後は何もやることは無いわけだし、
と全員一致で決まった。
しかしこんな場所で何を飲むんだろうと思った。

食事が終わってダイニングの外に出ると、外はすっかり快適な気温になっていた。
芝生の丘の横の小道を歩いて、いったん自分達の部屋で休憩することになった。
辺りはまだ、薄明るかったが、すでに夜の虫たちがなきはじめている。
コージと自分の部屋に入り明かりをつけると、窓のあみどに何かが張り付いていた。
その夜、最初に自分たちの部屋を訪ねてきたのはゲッコーだった。
日本で言うヤモリにあたるが、ここイスラエルのヤモリは少し大きめ。

この連中だったらいつ来ても文句はない、いやむしろ歓迎する。
ゲッコーの食べ物は、蚊、ハエなどの虫類。
自分達の生活の場を害虫などから守ってくれるのだから。

僕達のボランティア住居の周辺は、自然がそのまま残っていて、昼でも何かが出てきてもおかしくない雰囲気があったが、夜になってからは、昼間にも増して、そこにいるであろう生き物の気配が、乾き、ひんやりとした空気の中に濃厚にただよっていた。

その後もこの”小屋”での生活中にいろいろな珍客の訪問があったが、幸運にも危険な侵入者とは、一度しか遭遇しなかった。

今考えるとおかしな話だが、ここイスラエルで生活を始めてから最初の頃はどこかで読んだ砂漠での生活の話を真剣に信じていて、朝起きたら、必ず靴の中にサソリがいないように、靴をひっくり返してよく点検してから履いていた。


一緒に飲もうといったユキさんが指定してきた場所は、シュン達4人のボランティア住居の前の空き地だった。
昼間に焚き火のあとを見たところだ。
コージと僕が到着すると、そこには新たに火が燃えていた。

燃える火を囲んで、すでにユキさん、シュン他4人、そして南アフリカの女三人組、ダイニングで見かけた青い目の女の子たち二人、その隣には同じ顔立ちをした白人のカップル、そして痩せていて、髪が短くこれまた青い目の白人の男。
カセットプレイヤーから音楽が掛かっているが、英語でも、ヘブライ語でもないことは、歌っている言葉の響きが、その二つから違っていることからわかった。

”ここに座りますか?”とユキさん。
シュンたち4人の座っている横にあった丸太の上に、コージと自分はすわった。
ユキさんがゴールドスタービールの小瓶を僕とコージに持ってきてくれた。
初めて味わったイスラエル産ビール、ゴールドスターの印象は、ひとことで表すと、味が薄いと言うのが正直な感想だった。
イスラエルの夜は、夜間の砂漠のように昼間からは考えられないほど冷えることもある。
焚火と味の薄いビールは,空気の乾燥したこの国の夜になんとなく合っているように感じた。

焚き火を囲んでいるさまざまな国出身のボランティアは、特に何かを話しているわけではなさそうだった。
みな、揺れる火を見て静かに飲んでいる。

予想に反して海外から来たボランティアは、今ここにはいないもう一人を含めても、これで全員だということをユキさんが教えてくれた。

”今、ちょうど入れ替わりの時期でこれだけしかおらんへんよ。
2週間前までもっとおったけどな。またしばらくしたら、新しいのが入ってくるはずです。”

ユキさんによると各キブツのボランティアは、場所にもよるが入れ替わりの時期みたいなものがあり、例えば何人かが同時期に移動がかさなることもあるらしい。
ボランティアによっては、一か所にとどまらず、いろいろなキブツを渡り歩いたりするのもいるという。
各キブツに滞在するボランティア達の出身国もその時期によって変化して、どこの国のボランティアが多くなるかもその時々で変わると言う。

ちなみにここ数年キブツマアニットでは、南アフリカ人とデンマーク人が、多数派になることが多かった知った。

当時はSNSどころかインターネットも存在しない。
旅行者は現地に関して必要な情報を、旅の途中で出会った行きずりの旅人からの口コミで得る事が多かった。
各キブツに関しての情報も例外ではなく、以前そのキブツに滞在したことのある、同じ国出身の“先輩”ボランティアからの情報をもとにして彼、彼女ら後輩ボランティア達は、自分に合っていそうなキブツを決める。
そういった事情から、特定の国出身者だけがあるキブツに増えてしまうと言ったことがよくあるそうだった。

働きやすさ、ボランティアの待遇など。
仕事の種類もキブツによって違い、自分のやって見たいボランティアワークを目的に移動するボランティアも多かったが、大多数のボランティアは
バケーション気分でやってくるので、やはり仕事は楽で設備の整ったキブツに人気が集まる。
一言にキブツと言っても、金持ちキブツから、清貧キブツと、いろいろなレベルがあるのだった。

ここマアニットでは毎日仕事が終わると、大体みんな、夕食後は焚火周りでビールを飲んでリラックスとなるのだと言う。
今日はみんなおとなしく飲んでいる方だ、といったユキさんの言葉の意味は金曜の日没になるまでわからなかった。

まだ会っていない、残りのボランティア達と自己紹介をすることになった。
南アフリカ出身の女の子三人組は、すでに夕食時みんなの名前を聞いたが、その他にまだ誰だかわからない、ここにいる青い目の人たちは全員が
デンマーク人だった。

ダイニングで見かけた女の子二人。
ちぢれ毛で眼鏡をかけているのはエバと名乗った。
もう一人小柄でまっすぐな長い髪の女の子は、マイケンと言った
二人一緒にデンマークからここマアニットにきたらしい。

長身のカップルの女性の方の名前はカリナ、彼氏はラースといった。
エバ、マイケンと違い、二人ともでかい。
ラースの長いブロンドの髪を見ていると、北欧のバイキングってこんな感じだったのかと思った。

最後の一人、髪の短い男はユキさんと同年齢か少し上に見える。
彼の名前はボー、ここマアニットでの滞在はすでに数回になるらしかった。
キブツにボランティアとして来ては、しばらく滞在して自分の国に帰っては又、戻ってくるということを繰り返しているんだとユキさんが教えてくれた。

火を囲んでビールを飲むには、ちょっと悲しい調子の音楽はデンマークの歌手のANNE DORTE MICHELSENによるもの だった。
タバコを吸いながら、静かに火を見ているエバの好きな歌手らしかった。

こうしてイスラエルでの最初の夜は静かに過ぎていった。


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