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しゃべるピアノ

「リズムへの乗り方が違う。曲が台無しだ」

今日もピアノさんは厳しかった。ピアニストの祖母、作曲家の父と過ごしてきたうちのピアノさんは、幼い僕にも一切手加減しなかった。僕にしか聞こえない美しくも荘厳な声で、楽譜を生きた音楽にすべく叱咤した。


めきめきと腕を上げた僕は遠い国の音大試験を翌日に控えていた。
「弾く曲は同じでも、なぜ弾くのが君じゃなきゃいけないか、知らしめるんだ」
ピアノさんの指導を乗り越えた僕に、怖いものなどなかった。


数年ぶりの帰郷。
「どうですか?武者修行で中々逞しくなったでしょう」

「君は本物になった。私は嬉しい」
初めての誉め言葉が、ピアノさんの最後の声だった。
ピアニストとしての名声を投げ打ってでも、もう一度ピアノさんと話したかった。だが叶わなかった。


娘を連れての生家。見様見真似で、好奇心旺盛な3歳はピアノさんの鍵盤を叩いた。そしてハッとした顔をした。


ただいま、おかえり、ピアノさん。

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