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【アルコールの世界史】古代エジプト、ピラミッド建設の労働者の超意外な給料とは?

『絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている』
著者・左巻健男インタビュー(2)

「こんなに楽しい化学の本は初めて!」という感想が続々寄せられている話題の一冊『世界史は化学でできている』。朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞夕刊、読売新聞夕刊でも次々と紹介され、発売たちまち8万部を突破。『Newton9月号 特集 科学名著図鑑』では「科学の名著100冊」にも選出されたサイエンスエンターテインメントだ。
「世界史を化学の目線で紐解く」となぜこんなにもおもしろいのか。   今回は、「人類とアルコールの歴史」から「ピラミッド建設でビールが給料となっていた話」など、とてもユニークな話題を著者の左巻健男先生に詳しく掘り下げて聞いてみました。                   (取材・構成/イイダテツヤ、撮影/疋田千里)

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左巻健男(さまき・たけお)
東京大学非常勤講師
元法政大学生命科学部環境応用化学科教授。『理科の探検(RikaTan)』編集長。専門は理科教育、科学コミュニケーション。1949年生まれ。千葉大学教育学部理科専攻(物理化学研究室)を卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻(物理化学講座)を修了。中学校理科教科書(新しい科学)編集委員・執筆者。大学で教鞭を執りつつ、精力的に理科教室や講演会の講師を務める。おもな著書に、『面白くて眠れなくなる化学』(PHP)、『よくわかる元素図鑑』(田中陵二氏との共著、PHP)、『新しい高校化学の教科書』(講談社ブルーバックス)、『世界史は化学でできている』(ダイヤモンド社)などがある。

人類と酒の関係はものすごく古い

―― 『世界史は化学でできている』では、歴史的な出来事を「化学の目線」から捉えた面白いエピソードがたくさん紹介されているのですが、左巻先生自身が印象に残っている話はありますか。

左巻健男(以下、左巻) どれも本当におもしろくて、本書をときどき自分で読み返しながら「おもしろいなぁ」と思っているんですが(笑)。アルコールの話なんかもけっこう印象に残っています。

 人類と酒(アルコール・エタノール)の関係は本当に古くて、およそ1億3000万年前から始まっているんです。ちょうどその頃、地球上に果実をつける種子植物が登場してきて、そうした果実を好むサッカロミセス・セレビシエという酵母が登場するんです。

 「人類と酒の関係」とつい言いましたけど、じつは私たちの方がまだ人類になっていない初期哺乳類の頃です。

―― それはものすごく古いつきあいですね。

左巻 本当にそうなんです。そもそも酒を作る酵母は、自然界では糖分の多い環境に暮らしているので、果実の皮などに付着しています。

 最初のお酒は、果実や蜂蜜などの自然発酵によってできたのだと考えられます。そんなふうに自然にできたお酒を私たちの祖先が味わうようになって、少しずつ「意図的に作ろう」と思うようになっていくんですね。

 アルコール作りはそんなに難しくなくて、石でも、木でも、何でもいいので凹みがあるところに、潰した果実や蜂蜜を放置しておく。そうしておけば、自然界にある酵母の胞子が入り込んで発酵が始まり、自然にお酒ができあがります。

 こんなふうに水以外の飲み物が本格的に登場したのが約1万年前。ホモ・サピエンスが定住生活を始め、農耕革命を起こしたときと重なります。今のところ、年代がはっきりと確認できる最古のアルコールは中国の賈湖遺跡で発見されたものですから、約9000年前です。

 この遺跡で発見された壺の内部を化学分析してみると「米、蜂蜜、ブドウ、サンザシ」が使われていることがわかったんです。これらのことから、当時の人たちは「ブドウとサンザシを混ぜたワイン」「蜂蜜酒」「コメのビール」なんかを混ぜた複雑な発酵飲料を味わっていたことになります。

 そのほか、紀元前4000年代、現在のイラクにあたるメソポタミアの土器には、二人の人が大きな陶製の瓶からストローでビールを飲んでいる姿が描かれています。当時のビールには穀物の粒や殻など不純物が浮かんでいたので、ストローで飲むのが普通だったんですね。

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―― そんな古い時代からビールがあるのも驚きですし、それをストローで飲むスタイルがあったことも本当におもしろいですね。

左巻 ビールの話で言えば、紀元前3000年頃には、メソポタミア文明を開いたシュメール人が麦類の栽培をしていたことがわかっています。

 麦から麦芽を作って乾燥させて、これに小麦の粉を混ぜてパンを焼き上げます。その焼き上げたものを砕いて、お湯で溶いて、その後自然発酵させてビールを作っていたようです。

―― けっこう複雑な工程をやっていたんですね。

左巻 アルコールを作るときには、酵母がアルコール発酵する必要があるのですが、ワインのようにブドウからアルコールを作る場合には、ブドウそのものにブドウ糖がたくさん含まれているので、そのブドウ糖を原料にして発酵が進んでいきます。ブドウをちょっと傷つけて、放置しておけば、自然に発酵が進むわけです。

 ところが、米から作る日本酒とか、大麦からビールを作る場合はそう単純にはいきません。ビールの原料となる大麦はデンプンを含んでいますが、それ自体はブドウ糖ではないので、いくら酵母があっても発酵は進みません。

 そこで、米や大麦をブドウ糖(大麦の場合は麦芽糖)に変えてから、発酵させなければいけません。

 つまり、こうした技術が紀元前3000年の頃にはすでにあったということです。もちろん現代のように科学的に解析できてはいないでしょうが、「こうすれば麦からビールができる」ということは経験的に知っていたんですね。

古代エジプトでは…

左巻 紀元前3000年頃には、すでに人々の生活においてビールは身近な存在で、労働の対価としてパンとビールが支給されるのは当たり前の光景でした。

 たとえば、紀元前2500年頃、エジプトではピラミッド建設が行われていて、そこの労働者への標準的な配給は「パン3~4斤」と「ビール約4リットル」だったそうです。

―― それはおもしろいですね。

左巻 パンやビールを支給しているわけですから、労働者たちは単なる奴隷ではなかったということもわかりますね。

 ちなみに、古代エジプト人にとってビールは本当に身近な飲みもので、家や居酒屋で気軽に飲んでいた記録も残っています。当時のビールは現在のものよりもアルコール度数が高く、約10パーセントほどだったようです。

 飲み過ぎて周りに迷惑をかけていた人も多かったようですが、それは現代でも同じですね(笑)。

―― たしかに、アルコール度数の問題もあるでしょうが、飲み過ぎて周囲に迷惑をかけるのは、今も昔も変わらないんですね(笑)。「ビール」を切り口に歴史を眺めてみるだけでも、けっこうおもしろいものですね。

左巻 私は化学の教師なので、もともとは酵母の話であったり、発酵が進むメカニズムの方が専門領域ですが、化学の視点だけでなく、歴史を絡めていろいろ調べていくとおもしろいエピソードがたくさん出てきます。

 たとえば、ドイツと言えば「ビールとソーセージ」というイメージを持つ人も多いじゃないですか。実際、歴史的、化学的に見ても「ドイツビールはおいしい」ということが言えそうなんです。

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―― どういうことですか?

左巻 人類とビールの関係は本当に古いんですが、11世紀後半になると「ホップを使うと、もっとビールの品質がよくなる」ということがわかってくるんです。そうやって「ホップでビールを作る」ことが徐々に広まっていくんです。

 それを知ったミュンヘンの王侯が、1516年に「ビールは大麦、ホップと水でつくる」という「ビール純粋令」を出したんです。

 言ってみれば、王様自らが「おいしいビールの作り方」を定め、国中でそれを守らせたということ。そういう意味では、ドイツのビールが全体的においしくなるのもうなずけますよね。

 その後、酵母を加えて「麦芽、ホップ、水、酵母のみを原料とする」と改良されているんですが、ドイツは現在でもこの基準を踏襲しています。

 私たちが日常的に味わっているビールやアルコール類にはそんな歴史があって、「人類とお酒」の関係は想像しているより、ずっと古いんですよ。そんなふうに歴史を紐解いてみるのもおもしろいですよね。

化学は人類を大きく動かしている ―― 著者より

 「火」というきわめて身近な化学的現象がある。世界史(人類史)上、最初に人類が知った化学的現象は、おそらくは「火」であった。火は、「燃焼」という化学反応にともなう激しい現象である。原始の人類は、自然の野火、山火事などに、他の動物と同様に「おそれ」を抱いて近づくことはなかったのだろう。

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 しかし、私たちの祖先は「おそれ」を乗り越えた—。彼らは火に近づき、火遊びをし、さらには火を利用するようになった。それは、私たち人類が持つ「好奇心」の表れでもあり、おそらく、彼らは火への接近・接触をくり返すなかで、火を利用することの「有用性」を学んでいったのであろう。

 火は、暖房、照明、狩猟、焼き畑のような直接的利用はもちろん、土器やレンガを焼いたり、調理、鉱石から金属を得る精錬、金属加工にも利用された。しかし、「火の技術」は、人々の生活を豊かに便利にしてきたが、森林破壊を起こすことで自然環境、景観を大きく変えてきた負の面もある。

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 人類、とくに約二十万年前にアフリカで生まれたホモ・サピエンスは、時間の経過とともに、道具、火(エネルギー)、衣類、住居、建物、道路、橋、鉄道、船、自動車、農業、工業などをつくり出し、それらの助けを借りて、全世界にはびこっている。人類の文明の土台には、「化学」という学問の進歩と、化学の成果がもたらした物質・材料がある。私たちは、天然には存在しない物質をも、化学の知識と技術でつくり出してきたのだ。

 本書では、第1章~第3章では、古代ギリシアで芸術・思想・学問が見事な花を咲かせた時代に、自然科学や化学は、どのようにして生まれたのかを紹介しながら、化学の基本的な考え方や原子論、元素、周期表などがどのように生み出されてきたのかを、さまざまな天才化学者たちが織りなすエピソードとともに描いた。

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 また、第4章以降は、火、食物、アルコール、セラミックス、ガラス、金属、金・銀、染料、創薬、麻薬、爆薬、化学兵器、核兵器にいたるまで、化学の成果がどのように私たちの歴史に影響を与えてきたのか、その光と闇をふくめて紹介していく。

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【取り上げられた本】
『絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている』
 左巻健男 著 定価:1870円

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池谷裕二氏(脳研究者、東京大学教授)推薦

「こんなに楽しい化学の本は初めてだ。スケールが大きいのにとても身近。現実的だけど神秘的。文理が融合された多面的な“化学”に魅了されっぱなしだ」

<内容紹介>

「化学」は、地球や宇宙に存在する物質の性質を知るための学問であり、物質同士の反応を研究する学問である。火、金属、アルコール、薬、麻薬、石油、そして核物質…。化学はありとあらゆるものを私たちに与えた。本書は、化学が人類の歴史にどのように影響を与えてきたかを紹介するサイエンスエンターテインメント!————————————————————————————