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装丁のボツ案もすべて見せます!「エコノミストの言ってることがワケわからない」と思っている人が読むべきと小島武仁・東大教授も推薦する経済の入門書ができるまで

「メディアで“エコノミスト”言ってることがワケわからない、と思ったことはありませんか。僕はいつもそうです。そういう人が、自分で経済を考えられる本です。」という東大教授の小島武仁先生の帯推薦が目を引く書籍『お金のむこうに人がいる 元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた予備知識のいらない経済新入門』。経済の入門書ながら、専門用語や数式は一切出てこないし、一風変わったタイトルと装丁。この本がどのようにして生まれたのか、担当編集者の今野良介さん(ダイヤモンド社)に聞きました。(構成:書籍オンライン編集部)

「お金について考え直す本」を書きたい

―― 本書『お金のむこうに人がいる』を企画した経緯や背景、コンセプトが決まったプロセスなどを教えてください。

今野良介(以下、今野):ある日、作家エージェントの株式会社コルク代表・佐渡島傭平さんから「無名だけどおもしろい人がいる。お金について考え直す本を書きたいらしい」というメッセージが届きました。ポロッと。

 佐渡島さんと連絡をとるのは久しぶりで、わたしは経済やお金の本なんて作ったこともなかったので、ありがたいと思いながらも「なぜわたし?」と思い、まずは著者の田内学さんとゼロベースでお話ししました。

 田内さんのモチベーションを突き詰めると、ゴールドマン・サックスを辞めた今「自分のこれまでとこれからの人生をかけたメッセージを、子ども(世代)に本として遺したい」という点にありました。これは、わたしの書籍編集者としての仕事観と同じでした。

 また、「自分が本を書く資格と動機は何だと思うか?」について文章を書いていただいたところ、十二分に書く覚悟を持っている人だとわかりました。ゴールドマンに16年いて世界中のお金の流れを俯瞰する中で、「お金ができることの限界」を体感したエピソードにものすごく力があったんです。

 わたし自身がやりたい、やれるかもと思ったのは、編集者として「言葉とお金は似ている」と思っていたからです。「入門書」にした理由は、入門書こそ、そのテーマの見え方や考え方を根本的に変えられる可能性があって面白いから。そして、わたし自身の経済観を変えてくれる本を書いてほしいと思ったからです。

『お金のむこうに人がいる 
元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた予備知識のいらない経済新入門』

(田内学 著、ダイヤモンド社、2021年9月、定価1760円)

「GS推し」にしなかった理由

―― 経済の入門書としては一風変わったタイトルですが、どのように決まったのですか。

今野:『お金のむこうに人がいる』は、最後の最後に出てきたタイトルです。当初は「元ゴールドマン・サックス証券」という経歴を前面に出す案を含めて考えていました。

 『ゴールドマン・サックスで一度に数兆円を動かした金利トレーダーが若い人にどうしても伝えたい お金の使い方』とか、『経済評論家が語らない7つの真実』とか、『資本主義のど真ん中で16年間お金を見続けたら経済が道徳に見えてきた』とか。

 しかし、「ゴールドマン推し」はどうしても「すごい人が上から教えるパッケージ」になります。そういう本が田内さんもわたしも好きではなかったのと、「経済の知識がない状態から積み上げて伴走するようにいっしょに考える」という原稿の趣旨と合わなかったので、「コンセプト推し」のタイトルに舵を切りました。

『お金は「人」で回っている』『お金は人でできている』『お金のむこうに人がいる』の3つが最終候補になり、「コピー」として機能すると思った現タイトルに確定しました。仮に内容をすべて忘れても、読んでいない人でも、タイトルだけでこの本のメッセージを感じられるものを目指しました。

今野良介(こんの・りょうすけ)
書籍編集者(ダイヤモンド社書籍編集局第一編集部所属)
1984年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒。日本実業出版社を経て現職。
担当書に『お金のむこうに人がいる』 『会って、話すこと。』 『読みたいことを、書けばいい。』『会計の地図』 『0メートルの旅』 『東大卒、農家の右腕になる。』 『最新医学で一番正しいアトピーの治し方』 『1秒でつかむ』 『落とされない小論文』 『タイム・スリップ芥川賞』などがある。担当書籍13作連続重版(和書)。好きな歌手はaiko。twitter:@aikonnor

子どもでも読める工夫

―― 本文中も経済の専門用語がほとんど出てこず、具体的な事例をたくさん踏まえて、わかりやすくまとめられています。これは最初から著者さんと相談されていた点ですか? 具体的事例や、各章冒頭のQ&Aはどのように生まれたのでしょうか。

今野:それは、何よりも田内さんに「経済を難しいと思っている人にこそ読んでもらえなければ意味がない」とか「子どもでも読めるようにしたい」という強い意志があったからです。

 また、原稿のやり取りをする中で、「冒頭に、当然だと信じられている常識を共有したい。そして結論が常識を否定していて、新しい常識を身につけてから次に進む、という流れにしたい。今はその前提の共有が甘くて、勉強させられている気になる」みたいな偉そうなことをわたしが言ったら、田内さんは「じゃあクイズを解いていく形式はどうですか? クイズ番組もクイズ王のYouTubeも人気だし」と提案されました。絶対に対案を出してくる方でした。

 その田内さんの提案が、「お金は増やせる」「お金を増やすべきだ」「貯金しないと生きていけない」のような、みんなが当たり前だと思っていることが論理的かつ体感的に崩れて再構築されていく独特の構成に繋がりました。章タイトルも、各章の冒頭も、本そのものの冒頭も、ぜんぶクイズから始まっています。

クイズに挑戦!

今野:クイズを少しご紹介すると、こんな感じです。

お金の見方が変わる

―― 特に好評だった章や項目はどのあたりですか。

今野:年齢問わず「言われてみればそうだ」という感想が多いのが、「お金があっても、働く人がいなければ使えない」という主旨の4章です。中学生や、経済の本を初めて読んだという主婦の方などから「お金の見方が変わった」という感想が届いてうれしかったです。

 一方、最終話の「未来のために、お金を増やす意味はあるのか?」は、専門家からの反応を多くいただきました。ここは、老後に2000万円だか4000万円だか必要だという、いわゆる「老後年金問題」を扱った章なのですが、出版直後に厚労省の年金局数理課長という、事実上の年金制度実務のトップから直々に田内さんに連絡が入り対談が実現しました。

 また、日本の抱える財政問題についても、「財源」にフォーカスした従来の視点ではなく、「そのお金によって働いているのは誰なのか?」という直観的な視点で考え直す本でもあります。それが国政に携わる政治家に注目され、田内さんが財政政策検討本部などの自民党内で講演したり、議員会館の勉強会に呼ばれたりしています。

 田内さん自身のご尽力もあり、塾や私立校、政府系機関、教育やメディア関連の企業、青年会議所など、さまざまな方面から講演の依頼も舞い込んでいます。本当に、世代や専門性を越えてさまざまな読者に読んでいただいています。

装丁デザイナーと交わした80通のメール

―― タイトルに呼応して装丁もユニークですが、このデザインはどのように生まれたのですか。

今野:デザイナーの三森健太さんと、80通くらいメールを交わしながら徐々に形にしていきました。

 順を追って紹介していくと、最初に出してもらった案が、下記のA~Cです。

 どれもぜんぶ「かっこいい」し、完成度が高いと思ったのですが、原稿と照らし合わせた時、

・この本は「かっこいい本」ではない
・なんか中級者向けの印象がある(実際より難易度が高そう)
・何より最初に目に飛び込んできてほしいのは「お金のむこうに人がいる」である

と気づき、「別の案が見たい」とお願いしました。

ゴールに近づいている…?

今野:その次にいただいた案が、下記のD、Eです。

 E案は「¥」と「人」が裏表になったコインで、コンセプトを高度に抽象化していただいた案です。でも、書店でパッと見た時に、さすがにそこまでたどり着けない。

 D案は、やわらかさとやさしさがあって、ここまでで一番イメージに近いと思ったのですが、いかんせんタイトルがスッと入ってこない読みにくさがありました。

あと、もうひとこえ!

今野:そこで、

・タイトル「お金のむこうに人がいる」の置き方として「これしかない」というものを見せてほしい
・余白を活用してほしい(類書に余白のあるものが少なかったので)

という要望を出し、無理を言ってもう1度だけ考え直してほしいと懇願しました。

 そして次にいただいたのが、下記のFとGです。Gにはいくつかの色のパターンがありましたが、割愛して1パターンだけ掲載します。

 「G」を見て「あ、これかも!」と思いました。

固まってきた。さらに……

 本の中にある「お金は地球上を流れる水のようなもの」という話と水色の相性がよいし、オレンジも人肌を感じられるなと。

 ただ、色がガチャガチャして視線がバラける印象があったので、色合いを整理してもらったのが下記です。

 おお、今度こそ完成か! と思いました。

 ただ、パッとみた時に少しだけ違和感が残って、一瞬だけ、横読みなのか縦読みなのか迷ったんです。

 ……いや、もちろん「おむにがいる」とか「金こい」とかはおかしいので、すぐ「お金のむこうに人がいる」だとわかります。わかるのですが、その一瞬の迷いを消せる可能性はまだありそうでした。

今度こそ最終形か??

今野:そこで、わずかに字間のスペースを調整していただき、完成したのが下記です。

 今回は、作りながらイメージを固め、みんなで共有しながら収斂させていく感じでした。本当に粘り強くこちらの要望を受け止め、その少し先を形にしていただいたデザイナーの三森さんに感謝しています。三森さん、本当に素晴らしいデザイナーなので、みなさんぜひ注目してほしいし、編集者はお仕事お願いしてみてください。

「偉い人」より「市井の人」へ届けたい

―― 「現在は未来の土台である」「社会がよくなるために、一人一人の微力を積み上げるしかない」など、読者の方たちに自分ごととして経済について考えてもらえるきっかけになれば!という著者さんの強い気持ちを感じるフレーズが随所に出てきます。現在までの大きな反響を、著者の田内さんや今野さんはどのように捉えていますか。

今野:先ほどお話しした政治家や役人との出会いのほか、ネットメディアやラジオやテレビへの出演が増えて、田内さんは社会を変える道筋とその難しさを感じているようです。政策を決める「偉い人たち」だけでなく、経済を自分ごとに感じられない一般の一人ひとりに読んでいただきたい、というのが田内さんとわたしに共通する願いです。

 これまで集まった感想でとりわけ嬉しかったのは「家事や子育てばかりやってきて、社会の役に立てていない負い目があった。でもそれが社会のためになっていたんだ、と思えて救われた」という専業主婦の方からのコメントと、「年収や福利厚生面だけでなく、その仕事が世の中にどういう形で役立っているのかという基準で企業を選ぶようになった」という就活中の学生さんからの感想です。

 「お金で測れない一人ひとりの労働が社会を支えていることに気づいてほしい」というのがこの本の大きなメッセージだったので。

経済が苦手でも大丈夫!

―― 経済は苦手…という方にも、ここはおススメ!という章や項目があれば、是非教えてください。

今野:全11章、すべて予備知識なしで答えられる「3択クイズ」から始まっています。まず、そのクイズにチャレンジしてみてください。ページをめくるとすぐ答えが書いてあります。「答えが間違っていた章」からじっくり読んでいただくと、自分の常識と本のギャップを感じて、おもしろく読めると思います。

いま話題になっている書籍を企画した担当編集者に、企画化の背景や本づくりで苦心した点、
その本について届くお客様の声や反響などについて聞いていくインタビュー連載。
著者さんや評論家の方たちとはまた違った視点で、その本の魅力をお届けします。
連載の詳細・記事一覧はこちら

【今回の話題書】
 お金のむこうに人がいる
 田内学 著

経済とは「誰が、誰を幸せにしているか?」を考えること。お金を取っ払って「人」を見れば、とたんに経済はシンプルになる。一度に数千億円を動かしてきた元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが「経済の原点」から徹底的に考えた、予備知識のいらない経済新入門。

「お金のむこうに人がいる」ことを考えた理由

経済について考えるとき、「社会とお金の関係」にスポットライトが当たります。しかし、経済成長を求めてGDPを増やすことだけを考えていても、労働環境や生活環境は改善されません。お金を中心に社会を考えることには限界があります。

自分自身の幸せを考える上でも、社会全体の幸せを考える上でも、お金のことを知る必要があります。お金とは何かを改めて考え、経済を「社会と人との関係」として捉え直すことから、『お金のむこうに人がいる』という本は始まりました。

本書の内容

この本では、お金の歴史などにも触れながら、お金にまつわる11個の「謎」を解いていきます。初めは自分の財布の中のお金について考え、徐々に財布を大きくしていきます。財布を社会全体まで広げたときに、新たな「謎」に気づきます。この謎こそが、今の私たちが解かないといけない謎です。

【第1部】「社会」は、あなたの財布の外にある。
第1話 なぜ、紙幣をコピーしてはいけないのか?
第2話 なぜ、家の外ではお金を使うのか?
第3話 価格があるのに、価値がないものは何か?
第4話 お金が偉いのか、働く人が偉いのか?

【第2部】「社会の財布」には外側がない。
第5話 預金が多い国がお金持ちとは言えないのはなぜか?
第6話 投資とギャンブルは何が違うのか?
第7話 経済が成長しないと生活は苦しくなるのか?

【第3部】社会全体の問題はお金で解決できない。
第8話 貿易黒字でも、生活が豊かにならないのはなぜか?
第9話 お金を印刷し過ぎるから、モノの価格が上がるのだろうか?
第10話 なぜ、大量に借金しても潰れない国があるのか?
最終話 未来のために、お金を増やす意味はあるのか?
おわりに 「僕たちの輪」はどうすれば広がるのか?

田内学(たうち・まなぶ)
1978年生まれ。東京大学入学後、プログラミングにはまり、国際大学対抗プログラミングコンテストアジア大会入賞。同大学院情報理工学系研究科修士課程修了。
2003年ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。以後16年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日銀による金利指標改革にも携わる。2019年退職。現在は子育てのかたわら、中高生への金融教育に関する活動を行っている。
本書が初の著書。
Twitter:@mnbtauchi
note:note.com/mnbtauchi/
instsgram:tauchimnb

『お金のむこうに人がいる 
元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた予備知識のいらない経済新入門』

田内学・著(税込1650円)

資本主義ど真ん中の会社で働いてみて僕は確信した。
経済は、お金ではなく人を中心に考えないといけない。

純粋に経済を突き詰めて考えたときに見えてきたのは、
お金ではなく「人」だった。

誰が働いて、誰が幸せになるのか?

専門用語も計算式も出てこない、
誰でも最後まで読み通せる
「やさしい経済の入門書」です。

「メディアで“エコノミスト”の言ってることが
ワケわからない、と思ったことはありませんか。
僕はいつもそうです。
そういう人が、自分で経済を考えられる本です。」
―― 小島武仁(経済学者・東京大学教授)

「新しい資本主義を考えるヒントがここにある。
―― 川邊健太郎(Zホールディングス株式会社代表取締役社長・Co-CEO)

※この記事は、ダイヤモンド書籍オンライン(2022年8月11日)にて公開された記事の転載です。