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疾駆天救 雷鳥騎士団

 トナカイが陽光を蹴って降りていく。光は頭上に広がる大地のひび割れから無数に差し込んでくるが、広大な地下世界を照らすにはまるで足りない。虚無と黒雲と、遠くから聞こえてくる波音が全ての生き物の心を苛む。
 
 乗騎の背で男は目を凝らした。その目にはそびえ立つ世界亀の足が映っている。どんな大木も比較にならない巨大な足。そのにび色の岩肌に生気は無い。だがその色を背景にひらひらと舞う白い花びらがあった。

 世界亀の死臭と瘴気が雲をなして男の視界を狭めている。男は手にした長物で空を切った。そよ風が起こり、花弁の姿が一瞬だけ露になる。それは植物ではなく、泥や煤に汚れた前掛けをまとった少女だった。少女は虚ろな目を開いたまま、世界の底へと頭から落ちていく。

 男は満面の笑顔を浮かべた。

「やっぱり人じゃった! よぉ見つけたぞアレナミ!」

 乗騎の背をがしがしと撫でる。トナカイはそれに短く鳴き返して速度を上げた。

 男は得物を高く掲げる。地表から届く細い光が触れ、火花が散る。火花は静かに迸る雷電となり、その明滅は布地と化して地の底の瘴気を押し返す。それは一流の軍旗だった。稲光と共に飛ぶ鳥を描いた旗。その光がトナカイの行く先を照らし出す。

 男は、吠えた。

「雷鳥騎士団が一番矢! アレナミ号、推参ッ!」

 微かな雷光の中に少女の姿が浮かび上がり、騎兵の前途が晴れ渡る。トナカイは鋭くいなないて大角を振るい、瞬きの間に少女を追い越した。
 同時に男は乗騎の背で立上り、雷電の軍旗を伸ばして小さな体を絡めとる。アレナミ号は陽光の上で飛沫を散らして踏ん張りながら転進、鼻先を頭上の大地へと向けた。

 少女が男の腕の中に納まる。その目は焦点を失い見開かれたまま。野良着越しに感じる少女の冷たさに男は顔をしかめた。アレナミも小さく身を震わせる。

 一騎と二人が飛んでいく。黒雲と闇と、地の底の波音がその後を追う。男は必死で軍旗を振り、地下世界の圧迫から乗騎を守った。

【続く】

#逆噴射小説大賞2023

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