魔法使い
臭い。
火山の周囲で漂う類の匂いが部屋の中に充満している。
豪奢な樫の木のテーブルトップは酸化鉄の黒がぶちまけられ、見るも無惨なありさまだ。甲虫をすり潰した特一級の顔料も、鼠毛の筆も、家主の血をたっぷり吸って使い物にならない。近づいてランタンで照らしてみるが、この有様では蘇生も無理だ。
腰鞄から魚革装丁の名簿を取り出し、指先の感触だけで目的のページを開く。左手でそこを開いたまま目の前に掲げ、右手で名前をなぞっていく。
「"子さらいの突風"。この有様を答えよ。"晴天の落石"にはじまり、"忌まれた長雨"より引き継がれた任を果たせ」
地域担当精霊の名をほぼ空で読み上げたのち右ポケットを漁る。が、空だ。しまった。供物を使い切っていたんだった。
咄嗟に窓無き薄暗い部屋を見渡す。本棚、薬戸棚、書類棚ばかり。優秀な学者の部屋らしい品物ばかりだ。その中に小さな、蜥蜴木彫のガラス戸棚。中には綺麗に束ねられた乾燥ハーブがあった。家主はこの有様だし、失敬しても問題ないだろう。
卯歩して戸棚の前に駆け寄り、風の螺旋を意識して体を舞わす。その勢いを借りて戸を開き、もう一回転して適当なハーブをつまみあげた。
咳払いを一つ。
「改めて、任を果たせ」
乾燥ラベンダーを揺らして机に突っ伏す死体を指し、ゆっくりと耳元まで持ってくる。
『殺人。魔法使い』
二言分だけハーブが震え、すぐに塵となって部屋の中へ漂いだした。
「それだけ?」
思わず問い返すが、返ってくる言葉なんて無い。風はゆったりと辺りを漂い、ハーブ粉と血の匂いとを一緒くたにしてドアから出て行った。
思わずため息を漏らす。だが仕方ない。なにしろ相手は魔法使い。精霊達も経験なんてないだろう。
冊子をしまい、本棚とテーブルをよけて家主に歩み寄る。椅子に座り、机に伏している家主の頭部は炸裂していた。背後から魔法を食らったらしい。テーブルには家主の頭突きによるひび割れがいく筋も走っていた。
【習作ゆえ続かない】
サポートなど頂いた日には画面の前で五体投地いたします。