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近未来建築診断士 播磨 第4話 Part6-2

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.6『劣化機能の更新業務』 -2

【前話】 


 車は首都高のトンネルに入るとスピードを上げた。春日居は車にルートをインプットして自動操縦に切り替えると、後部座席の作事刑事を睨む。刑事はその視線を気にせず、ホログラフの報告書を車内に展開していった。

「言っとくけど播磨もウチも、なにもやらないからね」
「助手はこう言ってるが、先生はどうする?」

 彼女の釘差しを刑事はさらりと受け流す。春日居はため息をつき、ぼくの肩を掴んできた。

「播磨、こいつの口に乗っちゃダメだ。完全に違法なんだから」

 わかっている。作治刑事はぼくに法を犯せと言っている。だがそれをやればあっという間に手が後ろに回る。その手を縛りあげるのは、目の前のこの刑事かもしれない。

「作治さん。穏当な解決策が見当たらないのは認めます。でもぼくは法を犯せません」
「俺の前では、だろ?」

 構内通信配線図を並べ終えた作事刑事は腕を組んでその全体を見渡した。

「目の前で住居侵入するやつがいたら、そりゃ捕まえるさ。オンだろうとオフだろうと。けど今回は事情が違うんだ。もう使える手は少ないんだ。ある程度は目をつぶる」
「事情ねぇ。山田太郎のこと?」
「違う。詳しくは言えないが、こっちはこっちであのマンションを管理下に置かなきゃならないんだ」

 刑事は腕を解き、膝に手をついて頭を下げた。

「だから播磨、お前の手を貸してくれ。かわりに俺も手伝う」

 背骨に柱でも入っているかのような、ブレのない所作だった。それを見て春日居は何も言わずに首をふった。

 彼女の言いたいことはわかる気がする。マンションのシステムをどうにかしたいなら、警察だけでやればいい。作事刑事は紳士的だし、提案は魅力的だ。だがなぜそこまで協力してくれるのかがはっきりしない。

 しかし、彼の言う通り手段は限られている。アメンテリジェンスマンションの問題は正攻法で解決できるものじゃない。事実、ぼくらの調査方法だって真っ黒だ。そうでもしなければここまでわからなかったのだ。
 だったら、毒をくらわば皿まで。依頼者のため、居住者のため、建物のため。あらゆる手を尽くす。ぼくにはもう尻込みする理由がない。

 けど春日居は違う。彼女は捕まってないとはいえ前科がある。逮捕されれば余罪を掘り返されるかもしれない。ぼくのように開き直るのは難しい。

 だがそれも、やり方次第か。

「まず目的と、そのための手段を確認させて下さい」

 作治刑事は顔を上げ、笑顔で手のひらを合わせた。一方春日居は眉を寄せてこちらを見ていた。

「ぼくの目的はマンションを管理システムから切り離すことです。それができれば問題はなくなる。悪意のある居住者がいるにせよ、管理システムが建物全体を統括できなくなれば、その人は何もできなくなるわけですから」

 浮かぶ図面データを手にとり、11階を拡大する。南側の管理サーバー室へ向かって建物中の通信線が集中している。線はそこで一つにまとまり、躯体内を通って1階まで降りた後、外に向かって伸びていた。

「管理サーバー室へ忍び込んで通信集合盤に細工するんです」

 11階にまとまる線を軽くつつく。『網』にしろ管理システムにしろ、全体を構成しているのはマンションの設備でしかない。事故や水害を避けるためにマンションの中間階に設けられている管理サーバー室だが、この部屋のための予備室等は無い。悪意のある侵入者に対してそこまで防御を固めているわけではないのだ。

 作事刑事は軽く頷いた。しかし春日居は首を振る。

「それじゃ不十分じゃないか?増設したサーバーの場所がわからないんだぞ。システムの機能をメインからそっちに移してるかもしれない。だとしたら11階をどうしようと意味ないんじゃないのか?」
「いや、問題ないと思う。建物の通信はまず11階の管理サーバー室を中継する。それから各階、各部屋に配線されてる。あの部屋をどうにかできれば建物機能への干渉も、ローカルエリアの通信も制限できるはずだ」
「無線LANを使われてるかもしれないよ」
「廊下の無線LAN中継器はぜんぶ図面通りだったから、そこをいじってるとは考えにくい。住戸の間はコンクリ壁だから通信環境も悪い。『網』の維持には有線を使うと思うな」

 中継器を映した調査写真をいくつか並べてみせると、春日居はかすかに顔をしかめながらも頷いてくれた。
刑事も改めて頷き、吹き抜け部分を指さす。

「保険はかけるべきかもな。吹き抜けで無線LANを妨害しとくか。いくら『網』ができてると言っても『目』や『耳』は家庭用だろ?」
「ええ。旧式のインターフォンや監視カメラです」
「なら妨害用の機材は俺が用意する。作業を始める前に何か所か仕掛ける」
「で」

 てきぱきと3Dを指す刑事の指を春日居が抑え込んだ。

「管理サーバー室を回線から切り離した後は?ジャミング使うにしても電源は建物からとれない。てことは電池式の一時的な妨害ってことでしょ。電池切れた、そのあとは?」
「それは、まだ考えてない」
「ダメじゃん」

 まず頭脳を切り離す。システムの影響から居住者を開放する。それしか考えられなかった。だがこれだけでは以後の建物管理に支障が出る。システムを壊すのが目的じゃない。修繕の方法を考えなければならない。

「けど、あてはある。うろ覚えなんだけど、使えそうな手があったと思う。これから調べて準備しておく」
「調べが済んだら俺に連絡くれ。内容を確認したい」
「先に、ウチに。な?」
「ああ」

 作治刑事はシートの背にもたれて一息ついた。

「目的と手段はわかった。あとは、誰が何をやるかだな」
「室内での作業はぼくが。11階までの道のりは、作治刑事に手伝っていただきたいです」
「ちょっと、ウチは?!」
「いざという時のために待機」
「それがいいだろうな。相手はなにしてくるかわからん。外からのサポートがいたほうがいい」

 春日居が肩をつかんでくる。何かを言おうとしたが、すぐに口をつぐんで俯いた。刑事の言うことはもっともだ。だがぼくにとっては別の点で重要な保険になる。

 警官が民間人をそそのかして、共に不法侵入を働いた。ぼくが捕まった場合の証人として彼女がそう証言すれば、多少はぼくらに有利に働くはず。刑事を信じ切って突っ走るよりはずっとましだ。

 車内は少しの間、かすかなモーター駆動音で満ちた。

「ま、しょうがないか」

 春日居がそこまで考えてくれたかはわからない。だが彼女は眉間にしわを作ったまま頷いた。ぼくだけに見えるようウィンクして見せつつ。

【続く】

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