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高級羽毛布団の押し売りよりひどい詐欺にあったうちの両親〈介護幸福論 #33〉

「介護幸福論」第33回。高齢者がお金を巻き上げられる事例があとをたたない。かくいうわが母も、2つセットで100万円もする布団を押し売られていた事実が判明。しかし追及する気持ちにはなれなかった。自分自身がなによりひどい詐欺を両親にはたらいていたのだから。

■腹立たしいセールス電話

 在宅介護をしていて腹立たしいのは、しょっちゅう家にかかってくるセールス電話の類だ。これがひとり暮らしなら、留守番電話にしておくなり、対策の方法はいくらでもあるが、要介護の病人を抱えていれば病院や施設からも大事な電話がかかってくる。呼び出し音が鳴ったら、できる限り出なくてはならない。

 しかも、いかがわしいセールス電話は都会よりも地方のほうがずっと多い。人をだまして商売するには、地方の年寄りをターゲットにしたほうが簡単だからだ。オレオレ詐欺の電話なんて、田舎の高齢者家庭には呆れるほど頻繁にかかってくる。

 こういう連中は無礼なアホぞろいだから、こっちが電話を切った5秒後にまた、同じアホが電話をかけてきたりして始末に負えない。まともなセールスだとしても、自分が呼び出し音を鳴らしている向こうに、寝たきりの介護老人がいる光景をたまには思い浮かべてみたらどうか。

 うちの母が悔しそうにしていたのは、羽毛布団だ。

 テレビの通販で羽毛布団を売っているのを見て、急に母がぶつぶつと文句を言い出した。聞いてみると、羽毛布団がたったの2万9800円で売られているのが、どうにも我慢ならないようだった。
「なんでこんなに安いんだろかね。ほんと、いまいましい」
 母は羽毛布団を愛用している。父も使っていたが、それは今、ぼくが使っている。ふわふわ軽くて、暖かくて、それなりに良い品物だった。

■「ひゃ、ひゃくまんえん!?」

 問題は価格である。正確な金額は教えてくれなかったが、掛布団と敷布団のセットを、父と母の2つで100万円ほどしたらしい。

「ひゃ、ひゃくまんえん!?」
「…………」
「掛布団と敷布団で、1式50万円ってこと!?」

 おかあちゃんが腹立たしそうな表情になったので、それ以上の追及はやめた。

 救いは、悪徳詐欺に引っかかったわけではなさそうなことだった。客をセール会場のようなところに集め、集団催眠のごとくハイテンションにした上で、品質の悪い羽毛布団を高額で売りつける悪徳商法は知っている。その手の商品に比べれば品質は悪くないし、メーカーも名前が通っている。

 ちなみに母が買ったのは2000年頃のようで、当時はまだ羽毛布団が高額だった。30万円や40万円は当たり前。価格破壊が起こり、10万円を切る商品が出てきたのはもっと後の話。掛布団と敷布団セットのローンで50万円なら、おそろしく高額というほど法外な値段ではない。

 そんなふうに母をなぐさめて、気を鎮めてあげることにした。

 それでも、思い切って100万円を投じた買い物と似た商品が、テレビショッピングで3万円で売られている事実を突きつけられると、そのたびにモヤモヤした気持ちがこみ上げてくるようだった。

 まったく。田舎のおじいちゃんおばあちゃんを半分だまくらかして、貴重な年金をつぎ込ませる悪徳商売の罪は重い。

■もっとひどい学費詐欺

 そう憤怒の炎に燃えつつ、しかし……と、逆に反省する。もっとずっとひどい詐欺にあってるんだよなあ、うちの両親は。

 息子の学費詐欺である。

 ぼくは東京の私立大学に入学させてもらったが、卒業はしていない。まともに大学に通ったのは1年ちょっと。あとはドロップアウトして中退してしまった。正確には「抹籍」扱いと思われ、何年間、大学に籍があったのかも知らない。

 ひどい詐欺としか言いようがない。

 私立大学の入学金や学費がどのくらい掛かるのか、ざっと計算してみれば、授業料を年間120万円とすると、4年間で500万円近く。小中学校の義務教育や高校時代も入れたら、金額はもっと膨らむ。「ポーランド産の95%ダウン高級羽毛布団」を親戚じゅうに配っても、余るくらいの大金である。 

 なのにバカ息子は大学に通わず、それでいて親に申し訳ないとか、もったいないとか、罪の意識さえ持たなかった。羽毛布団を100万円で売りつけた業者を批判する資格など、おまえにはない。学費を無駄にして遊び呆けていた自分は、大量の羽毛布団を燃やして灰にしたようなもので、羽毛をくれたガチョウにも申し訳ない。いや、そこはガチョウじゃなくて、親に謝るところだ。

 おとうちゃん、おかあちゃん。学費を無駄にしてごめんなさい。

 1式50万円の羽毛布団、父の分は当分、ぼくが使うことにします。使い込んで半分くたびれているけど、毎晩この布団に潜り込むたびに、我が身を反省する気持ちが少しは芽生えるから。

*プロフィール
田端到(たばたいたる)。1962年、新潟県生まれ。大学を中退後、フリーライターに。競馬や野球を中心に著書は50冊以上。競馬の分野では「王様」の愛称で知られる。ほかにテレビドラマや映画のセリフ研究家、アスリートの名言コレクターの肩書きを持つ。両親の介護をするため、40代後半で帰郷。6年間の介護生活を送る。
ツイッターアカウント:https://twitter.com/4jkvvvypj6cdapf

※本連載は毎週木曜日に更新予定です


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