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悪い出来事は連鎖する。母はがんのステージ4。父も…〈介護幸福論 #20〉

「介護幸福論」第20回。父は家から近い特養に移り、母へ抗がん剤治療が一段落したが、状況は明るくはならなかった。父の認知症は以前より進、もう母を配偶者として認識できなくなった。そして腰の重さを訴えていて母にはがんの背骨への転移が見つかった。ステージ4だった。悪い出来事はさらに連鎖し……。

■もうあの人は帰ってこない

 毎日顔を会わせ、長い年月を共有した配偶者が、自分を認識してくれなくなる。会話をしようとしても、まともな言葉が返ってこない。その寂しさに人は慣れることができるのだろうか。慣れるべきなのだろうか。

 父は家から近い特養へ移り、母は抗がん剤治療が一段落して、自宅生活。しばらくは落ち着いた時期が続いた。

 ただし、ふたりとも病状は芳しくなく、父の認知症は以前より進んだようだった。せっかく母がお見舞いに行ける場所へ引っ越したのに、母と会ってもあまり反応なし。会話も弾まない。ちょくちょく父と接していたぼくとは違い、何ヶ月も会えなかった母にすれば、症状が一気に進んだという印象を持っても不思議はなかった。

「おとうちゃんのとこに行くけど、一緒に行く?」

 ぼくが誘っても、母は気が乗らない表情をするようになった。その心中は推し量るしかない。

 会っても反応の返ってこない相手と時間を過ごす寂しさは、元気だった頃に共有した時間が長い人ほど大きい。

 認知症と付き合うコツは、認知症と戦うのではなく、受け入れること……。世間にはそんな美しいフレーズが出回っている。

 言葉で言うのは易しいが、受け入れられるようになるまでは段階がある。時間さえあれば慣れるという問題でもない。時間がたつほど受け入れられなくなる人だっているはずだ。

■母の腰が重くなってしまった理由

 母の腰が重くなってしまったのは、身体の調子も理由だった。

 抗がん剤治療の副作用は人それぞれで、母は比較的軽いほうだった。治療中に嘔吐するとか、味覚がおかしくなるといった異変もなく、皮膚がただれたくらいだった。

 それが自宅生活に戻ってしばらくすると、ときどき背中の痛みを訴え始めた。一日の生活を読書やテレビ鑑賞で過ごし、特に身体を動かしているわけではないのに、「背中が痛い、痛い」と、顔をしかめる。

 医者に相談すると、手術で切った箇所が痛んでいるのではないかという。メスを入れた背中から胸にかけてのあたりが痛みを生んでいるようで、ある程度は仕方のない症状として我慢するしかなさそうだった。ぼくも湿布を貼ったり、さすってあげたりして、ごまかしていた。

 しかし、母が顔をしかめる回数は少しずつ増えていく。数ヶ月たつと、ときどきから、たびたびに変わり、ある朝、母が尋常ではない様子で背中の痛みを訴えた。

 ベッドから身体を起こすこともできず、苦痛に顔をゆがめている。ちょっと触っただけで、悲鳴を上げそうなくらいに痛がる。身体を起こせないのだから、車いすにも乗せられない。

 これは一大事だと救急車を呼び、タンカで病院へ連れて行ってもらった。

■背骨へのがん転移が判明

 検査の結果、母の背中の痛みは、背骨へのがんの転移が原因だと判明した。

 いわゆる「背骨」は、首から下へ、頚椎(けいつい)、胸椎(きょうつい)、腰椎(ようつい)、仙椎(せんつい)、尾骨(びこつ)と、いくつもの骨が縦に連結してできている。母の場合は、がんの転移によって胸椎のひとつがモロくなり、つぶれかけているのだという。背中の痛みは手術で切ったからではなく、憎たらしい奴らに背骨がむしばまれていたせいだった。

 救急車に母を乗せた時点で嫌な予感しかなかったが、もうぼくにはどうすることもできない。

 このまま普通に生活していると、骨がつぶれて下半身不随になる恐れもあるから、しばらく入院して寝たきりが続くと説明された。が、ぼくにはそれよりも、骨にがんが転移したという事実のほうがショックだった。

 母の病気については、それなりに書物やネットで調べていたから「骨転移(こつてんい)」が何を意味するのか、がんのステージがいくつなのかといった基礎知識は持っている。ついにこの日が来てしまったかと、先のことが考えられなくなった。

 病状の進行は人それぞれで、必ずしも骨転移イコール末期ではないが、母はこれでステージ4。いわゆる末期だ。

 悪い出来事は連鎖する。
 母を救急車で病院へ運んだ数日後、今度は父の入所する特養から、夜に電話がかかってきた。
「お父さまが倒れました。今、**病院へ救急車で搬送していますので、そちらへ向かってください」
 なんてこったい。ちょうど母の付き添いを終えて、入院先の病院から自宅へ帰ってきたばかりのタイミングだった。
 急いで自転車に飛び乗り、指定された病院へ向かった。

*プロフィール
田端到(たばたいたる)。1962年、新潟県生まれ。大学を中退後、フリーライターに。競馬や野球を中心に著書は50冊以上。競馬の分野では「王様」の愛称で知られる。ほかにテレビドラマや映画のセリフ研究家、アスリートの名言コレクターの肩書きを持つ。両親の介護をするため、40代後半で帰郷。6年間の介護生活を送る。
ツイッターアカウント:https://twitter.com/4jkvvvypj6cdapf

※本連載は毎週木曜日に更新予定です

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