Passionは情熱か受難か

こんにちは。古英語の『英国民教会史』Historia Ecclessiasica Gentis Anglorumを読んでいた際にþrōwungという単語に出くわしました。Bosworth & Tollerの古英語辞典ではpassion, strong feelingという訳語だけがついており、「いや、そのpassionってどの意味ですか?」と疑問に思いました。文脈的には、天啓を受けて突如詩作の才能を手にしたCædmonという詩人が、どのような歌を作ったのかが説明される場面で、「はじめに彼は大地の創造について、そして人類の起源について、そして『創世記』のすべての物語(つまりモーセの最初の書)を、そしてイスラエルの民のエジプトからの脱出について、そして約束の地への入国について、そしてその他の諸々の聖典の書の多くの物語について、そしてキリストの受肉について、そして彼の受難について、そしてかれの昇天について…」ときているので、訳としては当然「受難が」適当なのかと思います。ですが、ではなぜpassionという語に「情熱」と「受難」の意味があるのか、またどちらの意味が先なのか、そもそもこれらは同語源なのか、という疑問が生じましたので、少し調べてみました。

Song hē ǣrest be middanġeardes ġesceape ond bi fruman moncynnes ond eal þæt stǣr ġenesis (þæt is sēo ǣreste Moyses booc), ond eft bi ūtgonge Israhēla folces of Ægypta londe ond bi ingonge þæs ġehātlandes, ond bi ōðrum monegum spellum þæs hālgan ġewrites canōnes bōca, ond bi Crīstes menniscnesse ond bi his þrōwunge ond bi his ūpāstīġnesse in heofonas, ond bi þæs Hālgan Gāstes cyme ond þāra apostola lāre, ond eft bi þǣm dæġe þæs tōweardan dōmes ond bi fyrhtu þæs tintreġlican wiites, ond bi swētnesse þæs heofonlecan rīċes hē moniġ lēoð ġeworhte.

こういった場合には、まずOxford English Dictionary(OED)を調べるのが早いでしょう。OEDのpassionの項目を調べると、「受難」と「情熱」の意味両方が記載されており、一つの語として扱われているようであることはわかりました。また、この項目では第一義に「身体的苦痛に関係する感覚」、第二義に「強い感情」が記載されていました。

用例も前者は古英語期から確認できるのに対し、後者は1250年が初出のようで、「身体的苦痛」>「キリストの受難」>「強い感情」>「情熱」となったのではないかと思われます。

語源の欄にもいろいろ書いてありますが、究極的にはラテン語passiōだが、意味の発達には少なからずフランス語の影響があったようです。OEDでは1300年代初頭に「強い感情、愛」という意味がフランス語?で用いられたとあります。

ここでヴァルトブルクの『フランス語語源辞典』Französisches etymologisches Wörterbuch(FEW)でpassionを検索すると、第一にキリストの受難、次に病気、3つ目に精神的高揚とあり、その最初の用例に古プロヴァンス語で用いられた「激しい愛」というものが載っていました。

具体的にどのような経路で英語のpassionに意味的な影響が及んだのかは今回は調べきれませんでしたが、この語の背景はなかなか面白そうだということがわかりました。

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