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口腔保健センター退職後に開業、地域の一般歯科でも「障がい者歯科」の提供へ

地域の歯科医院にとって、なかなかその参入ハードルが高い「障がい者歯科」。今後の普及へ向けてさまざまな課題がある中、2023年、「障がい者歯科」を専門とする都立の口腔保健センターに20年勤めた関野仁氏が、歯科医院「オーラルヘルスサポート歯科すみだ」を東京都墨田区の東向島に開業。

今回は関野氏に、古巣である口腔保健センターについてや、「障がい者歯科」分野における歴史や現状について、詳しくお話をうかがった。




「障がい者歯科」という分野には、どのようにして出会ったのですか?

私は、大学卒業後に大学の歯周病学講座に4年間在籍し、最初は歯を残すための治療を主にやっていました。そして大学を出てすぐに勤務した東京都立心身障害者口腔保健センターで、初めて「障がい者歯科」の存在を知りました。

歯科には意外と多くの専門分野があって、例えば「口腔外科」「小児歯科」「矯正歯科」などは聞いたことがあると思いますが、「歯周病」「歯内治療(根の治療)」「補綴ほてつ(入れ歯や被せ物)」「歯科麻酔」など、各大学で呼び名は違えど15~20くらいの分野があります。

その中に「障がい者歯科」もあるわけですが、私がやり始めた時は、私の大学には「障がい者歯科」はありませんでした。

オーラルヘルスサポート歯科すみだ院長 関野仁氏

ほとんどの専門分野は学術的な活動の場として学会が存在しています。

「障害者歯科学会」は学会の前身からですと50年ほどの歴史がありますが、本格的に学生教育が広まったのは20年ほど前からではないでしょうか。それまでは学校でも教育がなかったんです。現在は大学でも専門講座や教室も増えてきて、歯学部生も歯科衛生士も「障がい者歯科」の教育を受けています。

歯科医や歯科衛生士の「障がい者歯科」の資格制度が始まったのも同様ですか?

それも割と最近です。15年か20年くらい前からだと思います(*1)。

資格にもいろいろ段階があって、主に学会が認めている「認定医」や国から承認された「専門医」という資格があります。学会によって認定医のみ、専門医も両方あるなど様々です。

ご存知の範囲で、大学病院や口腔保健センターを除き、都内に障がい者を受け入れられる歯科医院はいくつくらいありますか?

患者さんの障害の程度にもよりますが、一切受け入れないという歯科医院は少ないと思います。

障がい者の全身麻酔ができるような医院に絞るとどうでしょう?

もっとあるかもしれませんが、私の知っている限りでは一般開業医だと2ヵ所です。障害のある患者さんが全身麻酔をするには、大学病院や口腔保健センターという選択肢になるのが基本なんです。

一般的な歯科医院に全身麻酔の設備を入れるのは、やはりハードルが高いのですか?

高いです。そもそも設備投資や維持費が高額になりますし、それに見合った患者さんの数を確保しなくてはならない。でも「障がい者歯科」を専門的にやるとなると、どうしても必要な設備になってきます。

口腔保健センターとはどういう医療機関なんですか?

障害・スペシャルニーズのある方を専門に診るための、公共団体や歯科医師会が運営している歯科医療機関、基本的にはそう考えて良いと思います。

私がいたのは飯田橋にある「東京都立心身障害者口腔保健センター」で、日本最大規模の口腔保健センターになります。東京都にはその他に18の口腔保健センターがあり、それぞれの自治体管轄で地区口腔保健センターとも呼ばれています。

都立と地区のセンターの違いは何ですか?

都立のセンターは診療台とスタッフの数が桁違いに多いので、全身麻酔や静脈内鎮静法を毎日行える体制が整っています。一方で、すべてに当てはまるわけではないですが、地区センターは診療日や時間が限られていることが多く、診療は歯科医師会の先生方が協力しあいながら交代で行っているところが多いと思います。

地区センターは原則的に、その地域に在住の方のみが診療を受けられますが、都立のセンターでは東京都外の方でも診療を受けられるという違いもあります。

障害のある方が歯科を受診しようと思ったら、口腔保健センターがまず最初に検討されるんですか?

保健所などに相談をした場合、各自治体によって対応が違うのだと思いますが、私もそのあたりは十分に把握できていません。都立のセンターに来院する患者さんの居住エリアについて言うと、地区センターのない自治体に住んでいる方の数が多い傾向にあります。

また最近では、ネット検索で歯科医院を探す方も多いと思います。ちなみに障がい者を診てくれる歯医者さんを、私の診療所のある墨田区でネット検索すると、上位に表示されやすいのは地元の歯科医院ではなく、都立のセンターです。

都立のセンターに勤務していたときは、ホームページをよりよくすることが必要と思い取り組んでいましたが、一般開業医となった今の立場からすると広告力では敵いません。

私としては、障害のある方が最初から口腔保健センターや大学病院などの高次医療機関に受診するのではなく、まずは地域の開業医さんに受診する流れがいいと考えています。そうすることで、本当は地域で受診可能な方はそのエリアで、難しい方についても口腔保健センターなどと連携が取りやすくなる。私の医院はそのような振り分けの場になることも目標のひとつにしています。

患者さんに、地域でも診てもらえる医院があると認知されることもなかなか難しいのですね。

そうですね。ネット検索から当院に辿り着くのは、ごく近隣の方だけかもしれませんが、この場所は台東区、荒川区、足立区、葛飾区とも近接しているエリアなので、ぜひ広く知っていただきたいです。今は自分たちの足を使って、各地区の支援施設などに医院のチラシを配る広告活動もしています。

障害の種類や程度は人それぞれだと思いますが、口腔保健センターに来院するのはどのような方が多いのでしょうか?

都立のセンターですと、実は患者さんの7〜8割ぐらいが知的能力障害、自閉スペクトラム症、Down症候群など知的障害のある方です。

身体障害のある方はというと、重度の方はそもそも移動が困難で遠方への通院が厳しく、軽度の方や視覚障害・聴覚障害の方は、近所の歯科医院でも対応できているのだと思います。

実際にすみださんに来られた患者さんからは、どのようなお声を聞きますか?

よく聞くのは、やはり通い慣れた歯科医院を変えるのはハードルが高かったということ。その点は、私が都立のセンターに勤務していたということを安心要素にしていただいたようです。

健常者の方が同じ時間に受診することを気にされる方もいます。口腔保健センターは障害のある方しか受診できないので、大きな声を出してしまったり、走ったり、落ち着きがなくても、周囲が理解してくれるのであまり気兼ねがない。でも当院では、健常者の方もいるので気を遣ってしまう。

そういうお話を聞くと、「病気や障害のあるなし関係なく、どんな方でも受け入れる」を医院の方針としていますが、患者さん一人ひとりにあった対応ができるように柔軟に対応していくことも必要だとあらためて感じます。

診察エリアは広々としていて車いすでも入りやすい

逆に健常者の人たちに対しては、どういう働きかけをしていくのが良いでしょうか?最初のステップは、まず「知ってもらう」ことかと思いますが…

スタートはそこだと私も思います。知らないから、分からない。言い換えれば知らないだけでもあるので、例えばこういう記事を通じて、障がいのある方が歯科通院で困っていることを知ってもらえればいいなと思っています。

私も都立のセンターに長くいたものですから、その目線でしか考えられていない部分があると思います。地域で開業してみて、患者さんの悩みを目の当たりにして気付かされることも多いです。

患者さんが増えてきたら、当院の取り組みをもっと外に伝えていきたいと思っています。

すみださんはこれから患者さんが増えていく段階だと思いますが、増えてきた時に、どのように受け入れ体制を拡充していくかという想定はありますか?

障がいのある方を受け入れるということは、それなりの人員が必要です。そういった事情もあり、当院ではもともと人員を確保した状態でスタートしています。かつ現在のスタッフはほとんどが「障がい者歯科」経験者のため、スムーズに診療が行えていると思います。

加えて現在、診療や研修のマニュアル化を進めているところです。患者さんが増えてきたときのために、新しいスタッフが障がい者歯科の知識や技術を、効率的に習得できるようにしたいです。

人材育成にも注力しているんですね。

障がい者歯科は、歯科医師の患者さんへの考え方・接し方などによって診療所の方向性が大きく変わります。それは一般歯科でも同じかもしれませんが、一緒に働く者同士があまりに違う方向を見ていてはうまくいかない。

そのため、私が実現したい診療所の理念を、スタッフにもしっかり理解してもらうことが重要です。専門知識を身に着けることは、本人の向上心さえあれば難しいことではありません。そこはキャリアのあるスタッフにも任せられますし、システム化して運用すればいいと思います。

医院の発展はもちろんですが、私としては将来この分野を担うような人材を育てられたら嬉しいです。

同業者さんとの交流はあるんですか?

長年都立のセンターにいた私や、学会でも活躍しているような歯科衛生士が在籍していることで、ありがたいことに歯科医師や歯科衛生士さんが見学にきてくれることがあります。こういった人との繋がりは今後も大切にしていきたいです。

治療だけではなく、歯のみがき方とか予防方法についても教えることはありますか?

もちろんです。身体障害のある方には、機能を補うための姿勢や歯ブラシの工夫、知的障害のある方には、発達に合わせた歯磨き支援を行います。

当院では歯周病の治療や管理にも力を入れているので、歯磨き指導に時間をかけることがあります。健常者の方も同様ですが、若いうちから正しい歯磨き方法や習慣を身につけて、定期的に歯科医院でメンテナンスを続けることで、歯周病は予防が可能です。

当院には「歯周病学会」と「障害者歯科学会」の認定を取得した歯科衛生士が在籍しているため、特に歯周病治療と予防は、質の高いものを提供できると思います。

こういった様々な点から、私は患者さんの口腔の健康支援に対して強い使命感を持って開業しています。

大学では歯周病学を専攻し、歯を健康に残す技術を身につけました。そしてそれが、障害のあるなしに関係なく、少しの工夫と自分の技術の研鑽で通用するということを知りました。そうして自分の培ってきたものをどんな方にも分け隔てなく提供し、多くの方の口腔の健康に寄与していきたいと思っています。


(*1)日本障害者歯科学会が、認定医制度を立ち上げたのが平成15年、認定歯科衛生士制度は平成20年、専門医制度は平成29年。

日本障害者歯科学会「学会紹介」より

(写真:若槇由紀)


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おわりに

今回のオーラルヘルスサポート歯科すみださんへのご縁は、以前取材した兵庫県の西宮北口歯科口腔外科の歯科衛生士、三木貴子さんよりご紹介いただいたものです。こちらも「障がい者歯科」に積極的に取り組まれている地域の歯科医院。今回の記事に興味を持たれた方は、ぜひ下記の記事もあわせてお読みください。

▼オーラルヘルスサポート歯科すみだ

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