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「障がい者歯科」に取り組む歯科医院、安定経営の実現で業界のロールモデルへ

地域の歯科医院にとって、なかなかその参入ハードルが高い「障がい者歯科」。今後の普及へ向けてさまざまな課題がある中、2023年、「障がい者歯科」を専門とする都立の口腔保健センターに20年勤めた関野仁氏が、歯科医院「オーラルヘルスサポート歯科すみだ」を東京都墨田区の東向島に開業。

今回は関野氏に、歯科医院の開業についてや、一般の歯科医院と比べてどのような工夫がなされているかなど、詳しくお話をうかがった。




設備が整っている医院でないと治療が難しい方は、まずは受け入れてもらえるところを探すことから始まります。

患者さんがオーラルヘルスサポート歯科すみだ(以下:すみだ)さんに辿り着くには、医院が「受け入れ可能」と周囲から認識されていることが重要ですが、この周知はどのように取り組んでいく予定ですか?

オーラルヘルスサポート歯科すみだ院長 関野仁氏

障害のある方は、自身やそのご家族のコミュニティなど横のつながりがとても強いので、口コミや何かきっかけがあれば広がっていくと考えています。その最初のきっかけ作りのひとつとして、当院では院内を自由に見学できるようにしています。

私が勤めていた東京都立心身障害者口腔保健センター(以下:都立センター)は、地域の歯科医院では対応が困難なスペシャルニーズのある方に対して診療・指導・訓練を行う、歯科医師会が運営する歯科医療機関です。都立センターは、患者さんが地域の歯科医院に通えることを最終目標に支援をしていますが、勤めていた当時、地域への紹介や各自治体との連携が思うように進まないことを多く経験しました。

これはどこの口腔保健センターでも課題になっていて、患者さんにとっては一度慣れた歯科医院を変更することはなかなか難しく、加えてどこの歯科医院でも十分な受け入れ体制があるわけではないという事情もあります。

保護者の心情としては「近くで診てもらえるならば行ってみたいけど、ちゃんと対応してもらえるのか不安」なのだと思います。私に口腔保健センターでの勤務経験があったとしても、どんな先生なのか、どんな雰囲気の歯科医院なのかは事前に見ていただく機会が必要だと考えました。

医院の窓にも「院内見学可」と書かれている

今も少しずつですが問い合わせが来ていて、実際に見学に来られる保護者の方もいらっしゃいます。

開業当初は何もできていませんでしたが、少しずつ落ち着いてきたので障がい者の福祉・支援関係の事業所などにチラシを置かせてもらうなどもしています。

開業にあたっては何が大変でしたか?

テナント選びと、それに伴い初期費用が高額になってしまったことですね。

テナントの条件として特にこだわったのが「広さ」です。開業エリアは決めていて、そしてこのあたりは近隣の区も含めて障がい者歯科の需要が高いことは知っていたので、その受け皿となる拠点のような医院にしたかった。患者さんが遠くの高次医療機関に行かなくてもいいように、全身麻酔等の設備も必要なので、それなりの広さが欲しかったわけです。

選ぶのに結局1年半くらいかかりました。

さらに他の医院さんでは必須ではない医療機器の導入やバリアフリー設計の内装費、家賃関連と初期費用がかなりかかってしまい…もちろん開業にあたっては融資を受けていますが、長期かつ安定した経営の実現と、その実績を残すことが、地域での障がい者歯科の発展に繋がると思いますので、そのためのロールモデルになりたいと考えています。

銀行側としても実績があれば、次以降が検討しやすくなるということですね。

そうだと思います。障がい者歯科の診療は時間もマンパワーもかかるので、よく「経営は大丈夫か?」と言われるのですが、当院には障がい者歯科における知識・技術と経験が豊富なスタッフがいるので心配はしていません。

もちろん一般開業医での対応が難しい患者さんを診療する場合において、診療報酬の加算やバリアフリー設計などの整備に対する補助金などが充実すると、とても助かるというのはあります。

どちらにせよ、今は多くの患者さんに来院してもらうことが経営安定に必要なので、障害のあるなしに関係なく一人ひとりに丁寧な診療を心がけてやっていきたいです。

すみださんは受付階も含めると4フロア。仰る通りかなり広い印象を受けます。

複数フロアあるので、歯科医院には珍しい昇降機がある

広さがあれば1フロアでもいいのですが、広さもなく、診療台の数も少ない環境で「障がい者歯科」をやるのはちょっと想像ができませんでした。車いすで来られる患者さんもいますし、1名の患者さんに複数のスタッフで対応することもある。

加えて当院は、障害のある方と健常な方との間に壁のない「共生の場」にしようというコンセプトを持っています。そのため予約日や予約時間も分けていません。

しかし実際には配慮が必要になる場面もあると思っていて、例えば各フロアに待合室を設置し、周りが気になる方などにも対応できるようにしています。そういった共生という観点からも、ある程度の広さがないと難しいと考えました。

エレベーター、多目的トイレ、スロープもあってバリアフリー完備。受付も広いですね。

エレベーターから受付へのスロープ

意識しないとあまり着目しない部分ではありますが、一般的な歯科医院の多くは入り口付近に段差があります。診療台に必要な水や空気のための配管が床下を通っているのですが、それを通すには相当の高さが必要で床が一段上がるからなんです。なので、歯科医院は天井が低いテナントだと厳しいという事情があります。

もし当院で床を上げようとすると、車いすの方のためのスロープが必須ですからそれが結構な長さになってしまう。当初はそういう設計案だったんですが、それよりは受付を広くしてどなたでも入りやすくなった方が良いだろうと思い、今の形に変えました。

結局、配管はどこに行ったかというと、脇に寄せて奥の床を上げ、その下を通しました。そうすることで入口に段差を作らずに、車いすの方も入りやすい設計になっています。

受付から診察室への入り口
奥の床が一段上がっているのが分かる
受付フロア

当院では特に受付を広々と使っていただきたかったので、このフロアはこういう方法を使いましたが、ほかの階は長めのスロープにして床を上げています。

内装にまで反映されているのは面白いですね。診察台を選ぶにあたって何か考慮した点はありますか?

多くの医院では、治療器具を置くワークテーブルは診療台とくっついてる状態のものです。その方が場所を取らないので。しかし当院では、一部をのぞいて全てこのセパレートしている診察台を採用しています。

このお陰で患者さんの車いすでの出入りと、車いすから診療台への移動が楽になっています。

オペをやるような歯科医院にはこのセパレートタイプがあったりしますが、普通の医院さんではあまりこれを選ばないと思います。

セパレートタイプのワークテーブル

もし患者さんが動いてしまったら、型取りも大変そうです。そこに何か工夫はありますか?

型取りは一般的なものと変わりません。2,3分はじっとしていただく必要がありますが、特別なものを使わなくても問題なく型を取れています。

ここからソフトクリームのように型取りの素材が出てくる

実はこの型取りもどんどんデジタル化が進んでいて、今はまだ保険適用外ですが、保険がきくようになれば広がっていく可能性が高いです。

今のやり方だと、型取り中に動くとずれてしまったり、型を取った後に石膏を流し込む過程で微妙にずれてしまったり、詰め物などが完成するまでにエラーが発生するステップが意外と少なくないんです。詰め物を歯にぴったり合わせるためには、口内の再現性が高くないといけない。

この機械を使うと、誰でも精度の高い型取りができるんです。デジタルであれば、画像データなので狂いがほとんどありません。

データだと蓄積も可能ですね。

そうなんです。データが増えていくほど、精度もどんどん上がっていくんです。

モニターの右下にあるシルバーのカメラを口内に入れて撮影
撮影した実際の写真

患者さんとして、お子さまも多くいらっしゃいますか?

今はまだそれほど多くないのですが、私はもともと小児の治療経験が多かったので、自分もやりやすいように小児用の診療台を置いています。また当院のウリのひとつでもあるのですが、歯磨きの発達支援も行っています。

これはお子さん一人ひとりの発達を評価し、それに合わせた歯磨き練習を行って自立を目指すものです。学童期に獲得した歯磨きの習慣や技術は、大人になっても役立つものと考えているため、とても力を入れて取り組んでいるところです。

またどの診察室にも保護者の方が同席できるイスを入れていて、お子さまが来院した際は、診療をそばで見てていただくのを基本としています。

保護者の方には、どんな治療や指導をしているのかを見ていただくことで、お子さんのお口の健康についてご家庭でもフィードバックがしやすくなると思います。最初は拒否が強く治療ができなかったお子さんが、回数を重ねると色々なことができるようになっていく…そんな成長を間近で感じてもらうことも大切だと考えています。

小さなことかもしれませんが、歯医者さんにちゃんと行けたことで生活に自信が持てたり、「歯医者さんだってできたんだから、ほかのこともきっとできる」と色んなことへの挑戦につながってくれるといいなと思います。

確かに歯医者って誰にとってもハードルが低いものではないので…克服したら自信になりますね。

大人でも歯医者が苦手な方は多いですからね。当院では初診時のアンケートに「歯医者さんで苦手なことはありますか?」という項目を設けていて、例えば、痛みに敏感、麻酔が苦手、口を開けるのが辛いなどの項目って、健常な方でも意外とチェックが入っているんです。事前にこういった情報を把握して、治療にあたっての配慮ができるようにしています。

「障がい者歯科」はどうしても治療に時間がかかってしまうと聞きます。すみださんでもその状況は同じですか?

当院では治療時間をなるべく短くするようにしています。私を含め、当院の歯科衛生士も口腔保健センター出身者が多く、慣れてるからこそというのもあります。

「この患者さんだったら、こんな感じで対応するのがいいな」とか「これくらいの練習をすれば、治療に進んでも大丈夫だな」というのは経験則になってしまうんですが、そういう見立てができるからこそ、時間をかけずに進めることが可能になっていると思います。

実際の診療は、口を開ける開口器という器具やラバーダム防湿を使用したり、人員を増やしたりと通常診療よりコストがかかります。なのでその分、短時間で行うことが望ましいです。

冒頭おっしゃってた安定経営との両立を考えても、その方が良さそうです。

地域で開業してみてあらためて分かったのは、多くの方がなるべく近くの歯科医院で診てもらいたい気持ちがベースにあるということ。患者さんたちからそういう話を聞き、ありがたいことに開業したことへの感謝の言葉をいただくこともあり、自身の地域医療への挑戦も意味があるのだなと気が引き締まります。

都立センターに勤務していたときは、いつも患者さんが地域の歯科に通えるようにするためにはどうしたらいいのかを考えていました。障がい者歯科医療の理想形は「普段は地域の歯科医院に通い、難しいときには高次医療機関と連携する」だと思います。

しかしこれまでの経験から分かったのは、多くの患者さんは高次医療機関に一度慣れてしまうと、地域の歯科医院への通院につながりにくくなってしまうということです。本当に対応が困難な方であれば、高次医療機関で継続することもやむを得ないですが、都立センターでも実際は、地域でも治療が可能で定期管理もできるであろう患者さんが長年通院していることも少なくありません。

本当に治療困難な場合に高次医療機関と連携するような振るい分けの流れを、私の医院で作れればいいなと思っています。


(写真:若槇由紀)


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おわりに

今回のオーラルヘルスサポート歯科すみださんへのご縁は、以前取材した兵庫県の西宮北口歯科口腔外科の歯科衛生士、三木貴子さんよりご紹介いただいたものです。こちらも「障がい者歯科」に積極的に取り組まれている地域の歯科医院。今回の記事に興味を持たれた方は、ぜひ下記の記事もあわせてお読みください。

▼オーラルヘルスサポート歯科すみだ

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