見出し画像

23世紀どうぶつコールセンター#1 フレディからの電話

ショートストーリー コールセンターシリーズ vol.1

舞台: パイナップル社の23世紀どうぶつコールセンター

登場人物・動物
フレディ:パスワードを忘れたホモサピエンス、パイナップル社のユーザー

オペレーターチーム
ビリー:サバンナ育ちのタフなライオン。23世紀どうぶつコールセンターのオペレーター達を束ねるベテラン。
ペンジー:楽天的なペンギン。TVゲーム『けっきょく南極大冒険』のモデルは自分だと信じている。
パセリ:ひねくれ気味のカメ。いつも一言多い。
キャロット:おしゃべりなウサギ。人の話を聞かないタイプ。
フリーダム:ちょっと弱気なゾウ。長い鼻を使って遠くの電話もとれる。


【シーン1】舞台は23世紀、AIが対応するコールセンターの時代は終わり、オペレーターとして動物が活躍する時代が到来していた。パイナップル社のユーザーサポートを担うのは23世紀どうぶつコールセンター。ベテランのビリーのほか、ペンジー、パセリ、キャロット、フリーダムらがデスクに座り、顧客からの電話が鳴る。

ビリー(ライオン): (落ち着いた様子で)やあ、23世紀どうぶつコールセンターのビリーだ。どうした?

フレディ(人間): こんにちは。フレディと言います。実は、パスワードを忘れてしまって、アカウントにアクセスできなくなってしまったんです。

ペンジー(ペンギン): (うれしそうに)フレディ、大変だね!でも大丈夫、どうぶつオペレーターチームが助けてあげるよ!

パセリ(カメ): 近頃そういう人間が増えてるわね。大丈夫、サイアクの場合、アカウント削除すればいいんだし。

キャロット(うさぎ):(話に割り込みながら)ちょっとフレディ奇遇よ、 私がキャロテリアで働いていた頃、隣に住んでいたキャシーっていうヤギ友達のいとこが同じ問題を抱えてたわ!キャシーについては面白い話があるの。ここだけの話、ネズミ講にはまっていたらしいの…(略)。

フリーダム(ゾウ):やあ、フレディ、それはちょっと厄介ですね。うちのコールセンターで解決できるかどうか…。ダメもとってことでもいいですか?正直自信ないです。

(動物たちは一斉にフレディのアカウント情報を検索し始める。)

ビリー: まずはセキュリティチェックだ。フレディ、お気に入りの動物は何だい?

フレディ: お気に入りの動物ですか?うーーん、それは...やっぱり犬かな!

ペンジー: (楽しそうに)ワオ!奇遇だね!ぼくも犬が大好き!南極にも犬がいたよ!タロとジロっていうの。他にもいたけどたまに追いかけてきて海に落ちたりしてた。

パセリ:子どもの頃飼っていたミドリガメのことは忘れたの?

キャロット: (話に割り込みながら)わかるー!犬ってかわいいわよね!私の隣の庭にも犬がいるのよ。かわいいけど、ちょっとやっかいな隣人ね。彼らは昔ダックスフントって言われていたらしいんだけど、ヘルニアになりやすいから百年かけて足の長さをもとに戻したらしいの。ヘルニアといえば私達うさぎもこんな姿勢で飛ぶでしょ。最近ちょっと腰が痛くて、オランウータンのサトウ先生がやってる気功整体を受けに行ったんだけどそしたら近所の奥さんと鉢合わせしちゃったもんだから話がはずんじゃって…(略)。

フリーダム: わたしも犬が好きだったんです。あの日までは・・・。

ビリー: ま、俺はネコ科だけどな。好きな動物は、D-O-G、と。

(動物オペレーターがそれぞれの端末に「D-O-G」と入力するまで待つ)

全員で:よし、セキュリティチェッククリア!

ビリー:ありがとうフレディ、次の質問だ。はじめての旅行先はどこだい?

フレディ: はじめての旅行ですか?ハワイだったかな…。うーん、あまり思い出したくないな。

ペンジー:じゃあ、その質問はナシ!小学校のときの好きな先生の名前は?

フレディ:え?マリア先生かな。

キャロット:ブブー!ところで好きな野菜は何?やっぱりニンジン?

フレディ:え?ニンジン?ニンジンはあんまり・・・野菜よりお肉が好きなんです。

ビリー:わかるぜ。人間は焼いた肉が好きなんだろ?ミディアム?レア?好きな肉の焼き方を教えてくれ。

パセリ:カメの肉はやめてちょうだい。寿命が縮むわよ。

ペンジー:ハワイに行ったんならパスワードはHAMEHAMEHAじゃない?それともクリスチャン・ラッセン?あの人の絵は好き?イルカびいきが過ぎるよね!イルカって、意地悪なのに。

キャロット:そうよね!わたしもちょっとイタズラしただけなのにボコボコにされたことあるわ。人間にはあの作り笑顔が見抜けないのかしら?ところでフレディ、ジュール・ルナールの『にんじん』は読んだ?

フリーダム:フレディ、最初に住んでいた町の名前でもいいんです。もしそれを思い出すことがつらくないなら…

フレディ:あのー、一体誰に答えればいいんですか?

ビリー:おい、みんな静かにしてくれ!フレディが混乱してるじゃないか。これじゃパスワードなんて永遠に思い出せない。ここはひとつ、昔の思い出にワープしよう。フレディ、タイムマシンの免責事項は読んだか?初回は無料だ。個人情報が大量に漏れる恐れはあるが、パスワードを思い出したければ「OK」を押してくれ。

フレディ:わ、わかりました。ポチっと。

【シーン2】パスワードを忘れた顧客フレディと動物オペレーター達がタイムマシンで30年前にワープ。そこでは少年時代のフレディが自転車に乗る練習をしていた。もう一人の少年が後ろから自転車を押し、少し離れたところで大人の男性が見守っている。

ビリー:さあ、フレディ。何か思い出さないか?

フレディ:こ、これは、私が最初に自転車に乗れるようになった日です!!思い出しました、私のパスワードを!!

ペンジー:まさか、もう?本当に思い出したの?!

パセリ:何度も間違えるとまたロックがかかってしまうわ。適当な答えはやめてちょうだい!

キャロット:ねえフリーダム、フレディ少年の服を見て!ゾウの絵が描いてあるわ!ゾウのセーターよ!きっとパスワードはE-L-E-P-H-A-N-Tじゃない??

フリーダム:そうなの?ありがとうフレディ…(フリーダム、あふれる涙を鼻で掴んだハンカチで拭く)

ビリー:本人に訊こう。フレディ、それで、パスワードは!?

フレディ:たぶん、dumbo0101 だと思います。10歳のときクリスマスプレゼントに赤い自転車をもらって、雪が降る中練習を重ねて、1月1日に乗れるようになったんです。母が編んでくれたダンボのセーターを着て…。あそこにいるのは父と弟のウィリアムです。お父さん、なんて若いんだ。ビリーもあんなかわいい頃があったなんて!

ビリー:奇遇だな、あんたの弟もビリーとは。

キャロット:お母さんは?キャロットケーキを焼いていたのかしら。わたしはシナモンをきかせてクリームチーズをコテコテに塗ったやつが好きだったけど最近はシンプルに回帰してるわ。やっぱりニンジンの味が肝心なのよ。

ペンジー:おうちでテレビゲームでもしていたんじゃない?けっきょく南極大冒険っていう名作が流行っていた頃だよ!

パセリ:何世紀前の話?

フレディ:あの頃、母は化粧品のお店で働いていました。父は去年病気で亡くなって、兄は家族がいたけど数年前に離婚して、遠くに引っ越してしまいました。母はいま80歳ですが元気です。しかし、パスワードを忘れたおかげで、まさか父と弟に会えるなんて…母にも会わせてあげたかったです(フレディ、震えながら涙を拭く)

【シーン3】舞台は23世紀どうぶつコールセンターに戻る。動物オペレーター達がクリック音を立てながらコンピュータを操作し、フレディが今しがた思い出したパスワードを入力する。

全員で:よし!パスワードクリア!凍結解除!!


ビリー: フレディ、これが新しい暗証番号だ。これでもう一度アカウントにアクセスできるはずだ。

フレディ: 本当ですか?ありがとうございます、みなさん!

ビリー:その後で新しいパスワードを設定してくれ。ダンボ以外にしてくれよ。

ペンジー: (興奮気味に)やった!問題解決だよ!!

パセリ: もう凍結はカンベンしてね!南極じゃないんだから。次はTURTLEをおすすめするわ。あと、ディズニーがらみのパスワードは他の人とかぶるから禁止よ!

キャロット:  フレディ、新しいパスワードは絶対に忘れないでね!紙に書いて、冷蔵庫に貼っておくといいわ。そんな場所に貼ってあるって誰も思わないじゃない?わたしがよく行くカフェでもWi-Fiのパスワードを窓に貼ってあるのよ!?訊かれるのが面倒なんだって!カフェといえばね…(略)

フリーダム:  パスワードは紙に書いてはいけませんよ。ヤギが食べてしまいますから。

【エンディング】
フレディと動物オペレーターたちは笑顔で電話を切り、舞台は幕を閉じる。その後、フレディは古いパスワードを思い出として紙に書き出し、冷蔵庫にマグネットで留めた。それからしばらく会っていない弟と母に電話をかけることにした。23世紀どうぶつコールセンターは今日も迷える顧客にソリューションを提供するため、24時間体制で電話を待っている。


ライオンのビリー

Illustration: natsu&co