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私が選んだハロプロ映画ベスト10

※2016年8月22日のブログ「熊井友理奈主演の『王様ゲーム』を超えるハロプロ映画の傑作はありますか?」を2020年6月15日に加筆したものです。

 1998年8月に公開された記念すべきモーニング娘。の初主演映画で今関あきよし監督の『モーニング刑事。 抱いてHOLD ON ME!』、1999年9月発売のシングル『LOVEマシーン』が初めてミリオンセラーを達成して最初の黄金時代を迎える2000年に公開された第2作の那須博之監督『ピンチランナー』、ハロー!プロジェクト・キッズ時代のBerryz工房と°C-uteのメンバーが映画デビューした澤井信一郎監督『仔犬ダンの物語』、2001年当時の「つんくタウンFILMS」というフジテレビ系の深夜番組の企画から映画化された河谷英夫監督『とっかえっ娘。』と久保田哲史監督『ナマタマゴ』、後藤真希主演で斎藤郁宏監督の『青春ばかちん料理塾』、2003年の石川梨華と藤本美貴のダブル主演作でこれは余談だが小説家でシネフィルでもある阿部和重が2005年に『グランド・フィナーレ』で芥川賞を受賞する少し前に文芸誌の映画評で絶賛していた遠い記憶があるのだが再び澤井信一郎が監督していた『17才 旅立ちのふたり』……等々。某批評誌アラザルが続刊10号を迎えた記念でやるはずの「私が選んだハロプロ映画ベスト10」に向けてだんだんDVDが積み上がってきたのがこれです。

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【追記】その後諸事情によりアラザル10号記念企画は「韓国映画入門ベスト10」に変更になりました。

 で、これ以外に存在するフィルモグラフィーを調べていくと、スマイレージやBerryz工房が出ていたホラー映画、あとTBS系列のドラマ「ケータイ刑事」を映画化したシリーズにモーニング娘。が出演した2011年の安藤尋監督『ケータイ刑事 THE MOVIE3 モーニング娘。救出大作戦!〜パンドラの箱の秘密』を探すのが残っている。

 ……と一旦筆を擱いてから約4年経過したある日。2020年のCOVID19感染予防対策のための外出自粛要請と契約満了後の失業保険の受給期間が何かの因果で重なったタイミングで余儀なくされたステイホーム中の有り余るヒマを利用して改めて自分の部屋に積まれたハロプロ映画史と向き合った結果、ランキングはこうなりました!!

① 鶴田法男監督『王様ゲーム』
② 澤井信一郎監督『仔犬ダンの物語』
③ 那須博之監督『ピンチランナー』
④ 蜷川幸雄監督『青の炎』
⑤ 澤井信一郎監督『17才 旅立ちのふたり』
⑥ 安里麻里監督『ゴメンナサイ』
⑦ 井口昇監督『怪談新耳袋 異形』
⑧ 佐藤源太監督『JKニンジャガールズ』
⑨ 今関あきよし監督『モーニング刑事。 抱いてHOLD ON ME!』
⑩ 村上賢司監督『ゾンビデオ』

 ベスト1の『王様ゲーム』については4年前の記事で長々と書いたので以下ここではベスト2からの解説になってしまうことをご了承いただきたく、2002年の澤井信一郎監督『仔犬ダンの物語』は、今まで観ていなかったのを後悔するほどの隠れた名作だった。
 両親が別居を始めた離婚交渉の渦中で疎開先の祖父の家に預けられている肩身の狭い身なのに学校の帰り道に目が見えない仔犬を拾ってしまった小学生を、ハロー・プロジェクトキッズ時代はほぼ無名だったBerryz工房の嗣永桃子と清水佐紀が熱演。
 「盲導犬は目の見えない人を助けるのに、どうして人間は、目の見えない犬を助けちゃいけないの? 役に立たなかったら殺してしまうの?」と素朴に問う台詞があるのだが、社会派のテーマを訴えかけて理不尽な大人の世界と戦うアッバス・キアロスタミ監督的な子供視点の映画に仕上がっている。
 断固として団地で犬を飼うのに反対する自治会長役で出演している俳優の柄本明が無骨な存在感を発揮しているのも見所。

 続いてベスト3が那須博之監督『ピンチランナー』。
 部員が1人しかいない廃部寸前の陸上部が駅伝大会に出場できるようになるまで、を描いた王道の青春部活動映画ながら、斬新なカメラワークで風光明媚な茨城県ひたちなか市の海辺を舞台にした女子高(朝比奈学園)のロケーションを異化しているのと、90年代には森高千里のライブバンドを率いていた作・編曲家でもある前嶋康明によるやたらとおしゃれなクラブミュージックを聴かせるサウンドトラックの組み合わせ、そしてそれぞれ複雑な家庭で育った登場人物たちが抱える親の離婚、シングルマザー、家庭内暴力、部活のマネージャー役の保田圭が心臓を患っている難病の設定、フェミニスト教頭役の光浦靖子など詰め込み過ぎの脚本が見たことのないバランス感でぶつかり合って相乗効果を醸し出している。
 ベテラン女優の松坂慶子が聾唖者の役を演じる、手話でしか会話ができない母親との関係に悩む安倍なつみが主演だが、隣の男子高校に通うサーファー役で登場する押尾学の幼なじみを演じる矢口真里、バスケットボール部の主将だったのに後輩部員に謀反を企てられてしまいレギュラーから外されたのを苦にリストカット自殺未遂を起こす飯田香織、そして父親(斉藤洋介)に家庭内暴力を受ける薄幸の部員・市井沙耶香の3人が特に目を引く出演メンバーだったので助演女優賞に値すると思う。グループに加入して1年目の新メンバーだった後藤真希が天真爛漫な天然キャラの1年生役を与えられていた時代。

 第4位の蜷川幸雄監督『青の炎』。
 日本全国で少年犯罪事件が連続して起きたり街中でバタフライナイフを持ち歩く物騒な流行が社会問題として取り上げられ、「キレる17才」というフレーズがメディアを騒がせていた2000年頃の世相に反応して、当時10代だった嵐の二宮和也(1983年生まれ)と松浦亜弥(1986年生まれ)が当時の青少年たちが感じる“息苦しさ”の代弁者の役割を担わされている。
 ここまで観ていて気がついたことだが、モーニング娘。の所属事務所であるアップフロントグループの会長こと山崎直樹が企画製作に関わった映画作品は、なぜかどれも親の離婚・家庭内暴力・児童虐待といった家族に関する重いテーマが扱われることが多い。
 インターネット上の別人格を駆使した新種の少年犯罪を物語に取り入れた貴志祐介による原作小説のテイストに加えて、血のつながらない異母妹(鈴木杏)を酒乱の義父から救うためのエディプス・コンプレックス(父殺し)の衝動、を詩的な映像に見立てる演出家・蜷川幸雄特有のドラマツルギーでさらに濃厚に味付けした青春イヤミス風味に仕上がっている。
 ところで後から振り返ってみて特筆すべき点は、この映画での「何でも自分が一番よくわかってて、周りはみんな馬鹿ばっかって面して見下している」(劇中の台詞より)優越感たっぷりの態度が気に食わないと言われる二宮和也の脱社会的なキャラクターは、図らずも同じ年の2003年12月に「少年ジャンプ」誌で連載が開始した『デスノート』で夜神月が宣言する「僕は新世界の神になる」とシンクロしているように思えてならないということだ。反社会性と脱社会性の違いは某社会学者が少年犯罪を分析して言っていた概念。
 しかも余談だが、その後2006年に金子修介監督の実写映画版『デスノート』に主演した藤原竜也は2000年の『バトル・ロワイヤル』で映画界に進出する以前に元々俳優デビューしていたのが蜷川幸雄演出の舞台オーディション『身毒丸』だったという経歴上の接点があるのだった。
 話を戻すと、同じクラスで同じ美術部にもいる主人公の正体を神秘的な聡明さで推理する孤高の女子高校生探偵役を演じた松浦亜弥はこの作品で高崎映画祭新人女優賞を受賞している。この時の松浦亜弥といえばハロー!プロジェクトで唯一ソロデビューした後、2002年のシングル『♡桃色片想い♡』『Yeah! めっちゃホリディ』が連続してゴールドディスクに認定されていてこれが映画の初出演作。
 あと余談の余談だがロケ地が湘南の鵠沼海岸〜鎌倉の由比ヶ浜なので鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』で写っていたのと同じ岩の切り通しのトンネルが高校の通学路になっている。

 第5位の澤井信一郎監督『17才 旅立ちのふたり』。
 女手ひとつで小料理屋を開いている母(高橋ひとみ)に育てられた理沙=藤本美貴と、京浜東北線の線路沿い(蒲田のすぐ隣)の地域で鉄工場を営みつつ里親制度に登録して育児放棄された子供たちを育てている徳の篤い夫婦(塩見三省と渡辺えり子)のもとで暮らしている真衣子=石川梨華の共演作。
 口先だけの男に貢いでは逃げられる母親に幻滅してヤンキーの道を歩みつつある不登校児役のミキティと、生き別れた父親を探しながら絵本作家を目指している夢見がちな女子高校生の友情が描かれるのだが、同い年だが対照的な性格の二人が出会うのが、尾崎夫婦の家に引き取られたがまだ馴染めない問題児の少年・耕太を探して迷い込んだ多摩川河口付近の工場地帯を流れる寂れた運河のロケーション。まさに黒沢清が“二一世紀の才能ある監督は、世界のどこの国であっても、どうも河、あるいは河べりという場所にひかれている。そしてこの場所で、ほのかに見え隠れしたり、ときにはずばりと露呈したりする、外の世界とそこに満ちている暴力について、思いをはせている。/河は、何かが流れてくる、向こう側に渡る、水面を漂う、潜る、など、何かこちらとあちらの関係、不意にあらわになる外側、どこか向こう側に向かって動き出す、といったことと結びつきやすいのかもしれません。”(『21世紀の映画を語る』)と言っているところの、無責任で自分勝手な大人ばかりの社会から見放されかけた孤児たちが直面する殺伐とした風景が記録されている。
  しかもその報われない境遇に立ち向かおうとする二人のラストシーンが、ラップグループのBAD HOPが「希望も工場の煙に消える/いつまでも 見えない何かに囚われてる/いつの日か 抜け出すその時を夢に見る」(Braku)と歌っているのと同じ工場の煙突がそびえ立つ映像で終わる『川崎』の映画だった。

 Jホラーに分類される⑥ 安里麻里監督『ゴメンナサイ』と⑦ 井口昇監督『怪談新耳袋 異形』については同様に下の方で書きました。

 第8位の佐藤源太監督『JKニンジャガールズ』。
 東映戦隊もののフォーマットを律儀に守っている画面作りは安定しているのに出演メンバーのやらされ感が半端ないのだが、メインの登場人物である忍者チームよりもむしろ「酒好きで下品なオヤジ忍者(温水洋一他)に乗り移られた女子高校生」という難しい設定の半おじさん役を体を張って好演し切った脇役メンバーのうち、4人中3人が数ヶ月後に脱退する運命を辿る、呪われた映画だった。 
 その途中でJK忍者チーム=浜浦彩乃と、オヤジ忍者チーム=井上玲音が接近する場面があって敵対する陣営同士のカップリングによる親友ドラマに入れ替わるのだが、低予算アクションの灰汁を煮詰めたような展開でそのまま主題歌のミュージカル場面に丸投げされる。なぜか「週刊文春」にスクープされた不倫報道で一時期世間に騒がれた後、ほとぼりが冷めた頃のベッキーの芸能界復帰作でもある。

 第9位の今関あきよし監督『モーニング刑事。 抱いてHOLD ON ME!』。
 タイトルに反して「刑事」要素がゼロで皆無なのがびっくりしたのだが、テレビ東京の番組「ASAYAN」のオーディション企画でデビューしたばかりの平家みちよとモーニング娘。が女子高校生向けのギャル雑誌の人気読者モデルという設定で渋谷にある編集部に日々溜まっているのだが、脅迫の手紙を送りつけてきたストーカーの変質者を退治するためにストリートファイトで立ち向かうというあらすじのそこはかとなく大林宣彦っぽい作風のアヴァンギャルドファンタジー自主制作映画だった。モーニング娘。が格闘アクションの修行をする「ストロング道場」の師範役でダチョウ倶楽部の上島竜平がゲスト出演。

 そして栄えあるハロプロ映画ベスト10ランキングの最下位に選ばれたのは、℃-uteのリーダー主演/村上賢司監督の『ゾンビデオ』。

 オフビートなメタゾンビ映画として見るならまた評価が変わってくるが、何が悲しくて世が世なら東映アクション映画とかの主演でもおかしくない矢島舞美(鍛え上げられた筋力と精神力で知られる)がコネで渋々雇われたバイトの役で血糊としょうもないゾンビマニアのうんちくに塗れてB級ゾンビを倒さねばならぬのかという不憫さが全開の鉄拳が炸裂。ある日突然街に溢れてきた反乱ゾンビ軍を率いる役で鳥居みゆきが出演している。その姉妹の役で℃-uteの中島早貴がコメディエンヌの才能の片鱗を見せている。

 政府の陰謀で40年前から隠蔽されてきた「ゾンビ学入門」を倉庫に所蔵している映像制作会社を舞台にして、登場人物がそこのビルから外に出ないように密室劇に仕立ててある超低予算の脚本や美術セットはB級以下だけど、かろうじてアクション場面がちゃんとしているのが救い。

 しかも2011年に完成したのに公開が1年後の2012年12月まで延期になったためにこのままお蔵入りなのでは?と噂が囁かれるほどだったという色々いわくつきなカルト作である。

 たぶん2006年の松浦亜弥主演の『スケバン刑事』(欣二の息子の深作健太監督)がコケた辺りからハロプロ映画の苦難が始まっているのではないか。アイドル界のモータウン・サウンドと称されるからには映画に進出しようとすると失敗する運命なのか……?

 ワーストじゃなくてベストの方に入る秀作なのがBuono!(鈴木愛理・夏焼雅・嗣永桃子)主演で監督が映画美学校出身で『バイロケーション』も撮っている安里麻里の『ゴメンナサイ』(2011年)。

 教室内で孤立していた女子高校生が文化祭でやる演劇のためだからという口実でイジメられている一環で繰り返しノートに書かされていたのが呪いの脚本だったという、書かれたら死ぬんじゃなくて読んだら呪われる「デスノート」のパラフィクション版みたいなあらすじのケータイ小説が原作だけど、貞子(リング)とか『呪怨』とか『回路』とかのJホラーの正統な流れに乗っかると見せかけてウィリアム・キャッスルとかジョー・ダンテを彷彿とさせる映画史の幼年期に儚く消えたお化け屋敷的な方向に原点回帰した仕上がり。

 地味で暗い怨念の塊に豹変した夏焼雅(ハロプロ内では派手な西海岸系茶髪キャラ)と、どう小説を書いて行けばいいのか方向性が伸び悩んでいる文芸部員の脇役に徹した鈴木愛理(が自分の小説を書き上げる動機が物語の肝になる)とクラスのいじめリーダー役の嗣永ももち先輩のそれぞれ三者三様なミスマッチの効果が出ているキャスティング。

 原作者と主人公が同じ名前で語り手なのだが、呪いの脚本が書かれたノートを処分したはずなのに呪いのメールに進化して永遠に生き続けるという展開になってから以降の、電子メール時代に適合したケータイ小説は何で一時期中高生のあいだで異常に流行ったのか?がわかるメディア論的仕掛けに一工夫ある。

 続いて熊井ちゃんこと熊井友理奈主演のBerryz工房と℃-uteとアップアップガールズ(仮)が高校の一クラスに犇めく光景が見所の青春ホラー映画『王様ゲーム』(鶴田法男監督)をDVDで観たんだけど、一番最初に抹消される犠牲者がなぜかアップアップガールズ(仮)の森咲樹っていう……。ももち(嗣永桃子)が目立たない脇役に徹しているのと、事件の真相を調査するクールビューティな同級生を演じる鈴木愛理のやけに耳に残るアカペラ歌唱がフィーチャーされている。

 立って歩くだけで遠近法を狂わせる熊井ちゃん、狭い室内空間だとフレームに頭が収まらない熊井ちゃん、こと熊井友理奈(公称181cm)の本人も無自覚な孤高の神秘性をこれ以上ないほどの解釈で虚構の映画内存在へとサスペンスフルな構図で映像化して、生徒達が潜在的に抱えていた嗜虐的な支配欲と恋愛絡みの嫉妬につけ込んで次々と連鎖する「王様ゲーム」(元はケータイ小説の怖い話が原作)の終わらせ方を闇に葬られた廃校の悲しいゴーストの呪縛にまつわる物語に回収する傑作だった。ネタバレになるのでこれ以上は言えないけどアイドル/キャラクター/ゴースト(心霊写真)論を貫通するクリティカルな驚きが……矢島舞美の登場シーンでカメラが横移動する精密な伏線も見事。今の所ハロプロ映画ベスト1にランクイン。

 最後にスマイレージ主演の井口昇監督『怪談新耳袋 異形』(2011年)は全4話のオムニバス短編ホラーで、「和人形編」と「赤いひと編」のDVDになっている。夜中に曰くつきの三面鏡に写ったこの世ならざる者を目撃した、母親役のいしのようこに甘やかされた一人っ子役の福田花音の白目を剥いて倒れる名演技の他に、髪型がデコ出し期の田村芽実の一緒にアイドルのオーディションを受けたのに1人だけ抜け駆けて合格した幼馴染のしおり(和田彩花)への妬みからよからぬ祟りを実行してしまう脇役としての達者さが光る。さすが歌唱力があると呪いの和人形に追いかけられる後半で絶叫する場面が続くのに段階的なアクセントを付けて叫ぶだけでも上手い(笑)

 そして新人マネージャーに連れられて山奥に写真集の撮影に来たという設定で、滝を背景にした白いワンピース&麦わら帽子という黒髪の王道新人アイドル役に徹する和田彩花の「最高の笑顔」が心霊写真になるのが似合いすぎる。

 あとただでさえ顔が丸いという評判の竹内朱莉はクローズアップのし甲斐があるのか、赤いひとが訪ねてくるマンションの玄関ドアの丸い魚眼レンズとのモンタージュが多い(キッチンでお菓子を作っている場面での、イチゴのジャムを潰している導入の次に目が潰れた赤い怪物がドロドロして襲ってくるのもルイス・ブニュエル+サルバドール・ダリの『アンダルシアの犬』的な効果)。これだけ寄りのショットがフィーチャーされていると刃物を持った真顔のタケちゃんこと竹内朱莉(現アンジュルムのサブリーダー)の横顔のまつ毛が意外に綺麗だと思わず……。

 ここまでやるんだったらスマイレージからアンジュルムへとリニューアルしてから入ったメンバーの室田瑞希(ゾンビ映画好きで知られる)主演で続編を撮ってほしい!!BS-TBSのプロデューサーの多聞アンドリューに請願すればいいのか!?丹羽多聞アンドリウ氏は初代が宮崎あおい主演で後継が堀北真希、黒川芽以……(以下略)に続いて映画化もされた『ケータイ刑事』シリーズもやってたのか。宮崎あおいとハロプロの接点が多聞アンドリウだったとはー!

 そういえばそろそろ白石晃士監督の『貞子vs伽倻子』を観ようかと思ってJホラー史のプレイバックシリーズで観た『リング0 バースデイ』が、アクロバティックに計算されつくしたワンカットの中での焦点移動と緊迫した斜め構図で人物を動かすカメラワークがキレキレだった……よって舞台の道を夢見ていた時代の同じ劇団員の麻生久美子が嫉妬するほどの美貌を持ちながらも生まれつき授かっていた呪いの力のせいで迫害される山村貞子=仲間由紀恵がひたすらかわいそうなのも倍増。鶴田法男監督は外さないな~。

 あと仲間由紀恵が現世に恨みを残して怨霊化する以前の貞子の物語を演じる『リング0 バースデイ』でも気になったのは、〈アイドルや若手女優の登竜門的なジャンルでもあるホラー映画に出てくる架空の演劇人はなぜか全員新人女優に手を出すセクハラ演出家の法則〉が。たぶん薬師丸ひろ子が主演で1980年代に大ヒットした角川映画の『Wの悲劇』のせいではないか。意外な薬師丸効果?

 それにしてもハロプロ映画を2作も監督している澤井信一郎が80年代に撮った『Wの悲劇』は全部『女優に憧れてた馬鹿な女の子』(劇中の薬師丸ひろ子の台詞)の妄想だったんじゃないかというレベルで演劇の世界が思いっきり戯画化されていて、数十年後のネット世界の都市伝説にまで偏見を植えつけている気がするので現代演劇人は怒っていいと思う。何しろベテラン舞台女優役の三田佳子の決め台詞が「あたしが今この舞台に立てるのも、楽屋が花で一杯になるのも、あたしを抱いてくれた男達のおかげかもしれない」!

 言うなれば、薬師丸ひろ子主演の角川映画で日活ロマンポルノ出身の荒井晴彦がアイドル~芸能界のスキャンダリズムを昇華するような脚本を書いたらジャンルのかけ違えの悲劇が起きてインターネット時代にまで蔓延る「劇団は性が乱れてる」というデマと偏見を流布する(少なくとも増幅する)元凶になった説。『Wの悲劇』は実際は劇団研究生の主人公が「女を使った」「枕営業」で役を得ようとして失敗する話であるにも関わらず、三田佳子の強烈なキャラクターのせいでネタ(ロマンポルノの名残りのようなジャンルの形式的な要請による脚本上のご都合主義)がベタなネットの都市伝説にすり替わってしまった事例なのでは。要するに荒井晴彦とか高橋洋とかの脚本家のせいなのか??ホラー映画に出てくる演劇人のイメージ。


 ところで話が脱線するけど最近アメリカン・ラップドリームと日本語ラップドリームは実際の所どれぐらい距離があるのか(ズレているのか)を考えざるをえなくなったので、小林雅明さんの『誰がラッパーを殺したのか?』とLibraレーベルのブラック企業ぶりを告発した漢 a.k.a GAMI『ヒップホップ・ドリーム』を読み返している。

 なぜなら観葉植物の輸入を代行するストリートビジネスじゃない方の、日本のメディアの表舞台でリアルにサクセスしているのはアイドルやお笑い芸人だからという説……(統計的に調べたわけじゃないけど)。文芸批評家兼DJの矢野利裕氏が主張するように、海外のブラックミュージック~クラブミュージックを「邦楽=J-POP」に翻訳する際のジャニーズ事務所系列のコンサート/音源の影響力を考えても、あとライターの磯部涼さんは「カルチャーブロス」での九龍ジョーとの対談で「アメリカでは野心がある若者はラッパーになるけど、日本では芸人になるからね」って言ってますね。

 具体的な偏差としては、BABYMETALや元モーニング娘。の鞘師里保のように、アクターズスクールやダンススクールで教えられている方のヒップホップで頭角を現したボーイズ&ガールズダンサーがアイドルにスカウトされるという文化産業/リクルートの仕組みができている。
(※これをメモに書いていたのは2016年4月頃だが、数ヶ月後にはラップバトルブームの余波でラッパーが次々続々とCMに起用され始めたのでメディア上の景気の変動は何が起こるかわからない)

 この辺の事情は韓国のアイドル界とヒップホップ(ブレイクダンス)界の重なりとも似ているはずなんだけど『ヒップホップ・コリア』をまだ読んでいないので何とも言えなかった。

 ちなみにAKBやSKEの振り付けを担当している牧野アンナ(元々安室奈美恵と一緒にスーパーモンキーズをやっていた)は沖縄アクターズスクールの校長のマキノ正幸の娘で『次郎長三国志』シリーズや『鴛鴦歌合戦』を撮ったマキノ雅弘の孫である。映画界でいうと俳優の津川雅彦も「秋津温泉」の長門裕之も「女が階段を上る時」の加東大介もその一族、というアイドル映画史の補助線になるマキノ一族。

『明らかに違法であることを知りながら、クーリオも、ノーティ・バイ・ネーチャーも、クイーン・ラティファも、なぜ拳銃を所持していたのだろうか? 法を犯してまで、武装し、護身しなければならないほど、彼らは常日頃から危険と背中合わせだったのだろうか?』

 2PACとノートリアスB.I.G、2人のラッパーの殺害事件をめぐって、アフリカ系で肌が黒いというだけで街を歩いていただけの若者がいわれのない暴力の標的になって1992年にロス暴動が起きるアメリカ社会の変動を叙述する小林雅明『誰がラッパーを殺したのか?』はギャングの資金源のドラッグが絡んだ未だに犯人がはっきりしていないヒップホップ版ミステリー/サスペンスとして超面白いです。17年前に書かれていた『ストレイト・アウタ・コンプトン』の副読本。

 ついでに思い出したので混ぜておくと、動機が不明の少年犯罪が世を賑わせていた(主人公が突発的にキレる『パンチドランク・ラブ』と同時期の)約15年前に黒沢清が撮った『アカルイミライ』を観直していたら、1960年代に路上で徒党を組んでいた全共闘世代が30年後にネオリベラリズム経営者になって不安定な自由をフラフラ漂うフリーター相手に若づくりで接触を試みるも部屋で飼われていた毒クラゲに刺される、ってこんなドロドロした日本社会の縮図の話だったっけ?と唖然としているのは公開されたのが高校生ぐらいの時で気がつけば劇中の浅野忠信&オダギリジョーの人物設定(20代後半)を追い越しているのでそりゃあ見方が逆転するな。若者のデモ活動をめぐって「音楽に政治を持ち込むな」等々全世代がいがみ合っている世の中で観直すと黒沢清監督の予言者性が染み渡る。……などと言っていたら満を持して開いたラッパー漢の自伝『ヒップホップ・ドリーム』にこんな一節が!

『それだけではない。二〇〇〇年初頭は若者にとってだいぶ病んだ時代だった。俺らみたいなヒップホップの連中や不良系のみならず、オタク系やインナー系の人間でも社会のレールに乗れない若者がたくさんいた。俺はそういうヤツら全部をひっくるめて、腐敗し切った若者の心の闇について歌ってやろうと考えていた。当時のMS CRUは社会的な負け組やスポットライトが当たっていない連中の側に共通するポイントやその原因についていろんな角度から歌っていた。だから俺らはオタク系やインナー系やいじめられっ子みたいな子たちにもウケた。『帝都崩壊』を出したあとのライヴでは、根暗っぽいやつとかオタクっぽい地味なヤツが活き活きしたり、ぶっ飛んだりするような光景を何度も見ている。俺らのリリックや歌に自分の核心を突かれたというヤツ、過激なラップをする俺らを見てやろうと試しに来たヤツ、俺らをディスる気持ちで来たヤツ、反応はさまざまだったのはたしかだ。だけど、もし俺らが単なるオラオラ系の不良で過激さしか表現せずにいたらそういう連中から支持されることはなかったはずだ。過激な雰囲気を出すのが半分で、もう半分にはMS CRUなりの明確な理屈があった。それによっていろんな人間に響いて、さまざまな解釈をされたのだと思う。』(漢 a.k.a GAMI「ヒップホップ・ドリーム」)

 悲惨なダークサイドのトラブルも多々経験しているのにめげないどころか時に超現実的な落とし所に着地させてしまう、漢a.k.aGAMIの痛快アクションな突破力とユーモアで一気に読ませる『ヒップホップ・ドリーム』はTOKYO TRIBEより名作なのは間違いないけど日本映画界の手に負えるのかという、日活ロマンポルノを復活させている場合じゃない!「これはビーフだ、ガッツリ食うぜ」。ミーン・マシーン!(ロバート・アルドリッチ監督『ロンゲスト・ヤード』より)

『高校時代はアメフトとラップの三年間だった。言うまでもなく勉強はしなかったからそれについて語ることはない。無趣味な俺が自分から始め、ハマっていったこの二つには特別なものを感じる。もちろん好きになってもそれについての知識をつけようとはしない性分だから、アメフトだっていまだによくわからないルールやフォーメーションがある。NFLのファンでもないし、好きなチームや選手がいるわけでもない。これはラップに関しても同じで、ヒップホップの歴史は知らないことだらけだし、憧れのラッパーもいない。アメフトとラップに対する俺の考えは「俺に向いているアイテムを教えてくれてありがとう」の一言に尽きる。ルールなしのマイク・バトルのように、アメフトにもスリリングで危険と紙一重なバトル・エンターテイメントとしての魅力があった。』(同書)

 そんなMC漢 a.k.a.GAMIもラッパー同士の揉め事を意味するスラング=“ビーフ”好きというネタで松坂名物の黒毛和牛モー太郎弁当をラップでアピールしてくださいというノベルティ動画に出演するようになっている2016年。

【追記】MC漢 a.k.a.GAMI氏はその後2020年5月2日に大麻取締法違反で逮捕され、尿検査で覚醒剤の陽性反応が出たことから覚醒剤取締法違反の容疑もかかっているニュースが報じられた。
 2020年6月5日にYouTubeの公式チャンネルで公開された本人によるコメント動画『今回の逮捕に関しまして』では、「日頃から活動を頑張っているHIP HOPアーティストの皆様へ、HIP HOPのイメージダウン、必要のないストレスを与えてしまったこと」及び「HIP HOPファンの皆様へ、このような形で期待を裏切ってしまったこと」を深く謝罪するとともに、「株式会社9SARI GROUPがHIP HOP文化に今後も寄与できる企業として継続できるようにするため」にこれまで務めていた同社の代表取締役を辞任する意向を示している。
 とはいえ動画の中ではそれに続けて「MC漢からラップを取ったら何も残りません。ラッパーを目指した頃の初心に帰り、1人のアーティストとしてやり直しをさせていただきたく考えております。」「ひたすら曲作りとレコーディングを繰り返し、少しずつでも信用を取り戻せる努力を積み重ねて参りたいと思います。」と表明しているので、復帰作を楽しみに待ちたい。

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