真実
目が覚めてからもうずいぶん時間が経つのに、わたしはまだベッドで白い天井を見上げている。視力がよわいので、天井に付いている火災報知器がただの黒い点のように見える。でも、あれは火災報知器なのだ。
それは真実だ。もしあなたが疑うのならば、枕元にあるメガネをかけて確かめてもいい。もしあなたがそれを望むのならば。
“真実”
彼女の顔には、パーツがひとつとして付いていなかった。
目も、鼻も、口もなかった。(なぜか耳はあった。いつもの黒いちいさなパールのピアスが見えた)髪型や少しだけ張っている頬のえらの形から、それが彼女であることはわかるのだけど、顔はマネキンのようにつるんとしていて、口がないので当然ながら言葉を発することはなかった。
わたしたちはジェスチャーで会話をする。
「困ったね」とわたしが言うと、肩をすくめて両手を頬にやる。「息はできるの?」と訊くと、右手でグーサインを作る。「どうやって?」重ねて訊くと、“さぁ”といった具合に首を傾げる。
「目は見えるの?」と訊くと、右手でグーサインを作る。
どうやって、とはもう訊かない。
両手を頭に置いて“困ったなぁ”というジェスチャーをする彼女。
ここ数年はずっとマッシュルームカットで、前髪はまゆげがちょうど隠れる長さにつねに切り揃えられていたが、今ではそのまゆげがない。これから彼女は何を基準に前髪を切ればいいのだろうか。
おもむろに彼女がわたしの手を掴んだ。どうしたのかと顔を見るけれど、もちろん表情はわからない。耳と小さなピアスだけが立体的で、わたしは思わず目を逸らしてしまう。
彼女はわたしの手のひらに指で文字を書く。ゆっくりと、一文字ずつ。
最初は『か』次に『が』次に『み』。
そこまで書くと彼女はわたしから手を離す。
鏡?「鏡がどうした?」
彼女はわたしの顔を指さす。顔?「顔を見ればいいの?」訊くと、右手でグーサインを作る。どうしてわたしが顔を、と思いつつ、彼女から渡された手鏡で自分の顔を見て、わたしは愕然とする。
わたしの顔には、目が4つあった。
わたしの目と、彼女の目だ。
見慣れた切れ長の目が、自分の目の下に並ぶように存在している。彼女の目はわたしの意思とは無関係にごく自然にあたりを見廻し、まばたきをする。同じように、鼻が2つあり、口が2つある。彼女の高い鼻が、わたしの低い鼻の右側に並んでいる。口は上下に並んでいて、こちらもわたしの意思とは関係なく唇が動いている。
あまりの衝撃にわたしはその場で激しく嘔吐した。もちろん自分の口から。そして、自分の目から涙が出る。胃の中のものをすべて出し切ってしまうまで彼女はなにも言わずにやさしく背中をさすってくれた。
嘔吐しながら妙に冷静になりわたしは真実を理解した。
おそらく吸収してしまったのだ。彼女のやさしさと、目と鼻と口を。
「気分はどう」彼女は言った。
声はわたしから聴こえるが、まぎれもなく彼女の声だった。
なにも答えずにただ黙っていたら、そこで夢から醒めた。
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