見出し画像

【詩】夜の優しさ - リマスター

夜が朝に消されていく。
彼女は悲しさを簡単に手放したりはしない。夜が終わって朝が来ることを、毎朝しっかりと悲しむのだ。彼女は毛布にくるまって、テレビの天気予報を見ている。"今日はお昼頃までは不安定な天候です" なるほど、いま降っていなければ傘を持つ必要はない。彼女はベッドから起きあがり、カーテンと窓をそれぞれ15cmだけ開ける。夜の空気が外に漏れないように。朝日で部屋が埋め尽くされないように。窓から差す風は冷たく、空気はしっとりと濡れている。空は今にも泣きだしそうな灰色だ。 

「降るかな」 

彼女は15cmの隙間から世界を眺めた。家を出るまであと1時間。そろそろ支度を始めなければ。彼女は何かを諦めて、カーテンを勢いよく全て開けた。途端に部屋の中が朝になった。親密だったものが一気に他人のもののようになる。ベッドも、テレビも、本棚も、マグカップも、いつの間にか、朝のそれに変わっている。彼女はパジャマ姿のまま、自分の部屋をしばらく眺めた。ここで泣くこともできる、と彼女は考える。夜の優しさを彼女はよく知っている。彼女は誰よりも上手く夜の匂いを嗅ぐことができる。だから、朝がくる限りいつも誰よりも悲しい。鏡に自分の姿を映してみる。いつもと何も変わりはない。髪を手ぐしで整えながら、彼女も朝になる。夜の彼女は、いまだに部屋を眺めている。夜を集めている。


(2013.12.5 初稿)

#詩


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?