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長年私の服を選んできた人が妻になった

長かった巣ごもり生活が終わろうとしている。
娘たちの学校がオンライン授業となり、私の仕事が 100% WFH(在宅勤務)となり、妻も外出しなくなってから、私・妻・娘 2人の 4人家族はここ香港で一歩も外に出ない生活を強いられていた。
 
この家庭崩壊リスクを私たちはどう回避したのか。
ひとことで言えば、家族がなるべく同じ部屋にいないようにした。
10歳の長女は、自分の部屋にこもってオンライン授業を受けていた。
私も自室にこもり、仕事するフリをして note の記事を書いていた。
問題は次女だった。5歳児が一人でおとなしくオンライン授業を受けていられるわけがなく、妻が傍らについている必要があった。幸い、5歳の授業は午前中だけだったので、午後は次女を昼寝させ、妻も自室で一人の時間を過ごすことができた。
 
巣ごもり中も、家族 4人が顔を合わせるのは夕食のときだけだった。
さらに私は工夫を加えた。夕食後の 19:30 頃に一人で寝ることにした。深夜過ぎに起き出して、妻女たちが寝静まっているなか、一人でゆっくり飲む。
そうまでして、家族との共有時間を短くしようとした。
 
その昔、映画俳優のポール・ニューマンが記者の取材を受けたときのこと。
彼はハリウッドスターにしては珍しく、一人の妻と 50年添い遂げたことでも称賛されている。
記者の「夫婦円満の秘訣は何でしょうか?」との質問に彼はこう答えた。

「簡単なことさ。妻と過ごす時間を “minimize” することだ」

ポール・ニューマン

これは至言だと思った。バツ 4 の私が言っても説得力に欠けるだろうけど。


イースター明けのタイミングで、娘たちの学校がキャンパスでの授業を再開した。スクールバスも元どおり運行している。
かたや、私は依然として WFH を継続中だ。
一人の時間を満喫し放題!と期待した妻は、私が WFH を続けると聞いて、「え~!会社行けよ~!」と叫んでいる。
 
こうして、日中は家で二人きりという、めったにない状況下に私と妻はいる。私たちは、デリバリーのピザや点心を食べたりして、お昼をぎこちなく過ごしていた。
最近、香港政府が外食規制等を緩和し始め、香港の街に活気が戻ってきつつある。
デリバリーのローテーションに飽きていた私も妻も同じことを考えた。
(そろそろ、外に出てみようか)
 
子供たち抜きで妻と外出する、というシチュエーションもかなりレアだ。
せっかくなので、子連れでは入りにくいお店に行きたい、と思った。


香港の繁華街 Causeway Bay に来た。
Fashion Walk というエリアの Food Street にスペインバルを見つけた。

スモーカー同士である私たちは、迷わずテラス席に腰掛ける。
バルを選んでいる時点で、ガッツリお昼 “ごはん” を食べる気などはない。
私は赤葡萄酒とハモン・イベリコ、妻は白葡萄酒とムール貝という、往年のラインナップになる。
 
妻は、娘たちがスクールバスで帰ってくる午後 4時まで自由の身だ。
私はいちおう勤務中だが、まあ細かいことを気にするのはやめよう。
 
「こういうの久しぶりじゃね?」と妻が言った。
 
「てゆーか・・・俺たちほとんどデートしたことなかったよな」
 
妻とはかれこれ 20年近く前に mixi で知り合った。
そのうちの 10年はただの友人だった。
当初、私は既婚でルクセンブルクに住んでいたし、彼女は日本に住んでいてカレシがいた。
日本に帰国してから初めて会った。
そのときは私も彼女も独身であったが、そういう関係になりそうな予感は、カケラもなかった。9歳も離れていてそういう気が起こらなかったし、そもそもお互いに異性としての興味はゼロだった。
 
「あの頃会ってたのはデートじゃなかったかぁ」と妻が笑った。
「朝まで飲んでてなーんもなかったしな」
 
あるブランドのお店が目に入った。

私「あの頃はよく服を選んでもらってたなぁ」
 
当時の彼女は、都内のアパレルショップで働いていた。
いちど彼女が働くお店で待ち合わせたときに「俺の服も選んでもらおかな」と冗談のつもりで言った。
それ以来、ビジネス用のスーツを買うときは、彼女に付き合ってもらうのが恒例になった。
 
妻「新宿に行ってたね」
私「そうそう。南口の・・・」
妻「タカマシヤな」
 
世の男たちは服屋の接客が苦手だと思う。
彼女は、店員さんを味方につけるのがうまかった。職業柄だろうか。
店員さんと自然に会話し、友達のような空気をつくってしまう。探している服のイメージを大まかに伝え、何着か持ってこさせる。「これは違うな~」「これは悪くないよね」「これはどう思う?」とか店員さんと話しながら、候補を絞っていく。店員さんもノッてきて、「こんなのも面白いのでは?」と、一周まわってありかも、と思えるものまで出してくる。
彼女にスーツ選びをリードさせると、納得の買い物ができた。
しかも楽しかった。買い物嫌いの私が。
 
妻「スーツを見立ててあげて、お酒をおごってもらってたんだよね(笑)」
私「おかげで、あの頃は会社でモテたなー」
妻「アハハ。それはありえねーな」
 
当時、彼女とはつかず離れずの関係を維持したまま、私は 2度の結婚と離婚を積み重ねた。その間もずっと、彼女は私の服を選んできた。ただそれだけの関わりだった。
 
つくづく、おかしなヤツや、と思う。
私が誰かと結婚しても別れても全く関知せず、唯一関係が変わらなかった女。そんな女が私の妻に今なっている。
どうしてこんな女と・・・
いやそれよりも。
コイツはどうしてこんな男と?
 
「おまえ、なんで俺なんかと一緒になろうと思ったん?」
 
妻はセブンスターに火をつけ、遠くを見るような目で言ったものだ。
「このまま服屋の店員やってても先がないし、30 過ぎたし、どうしよっかなって思ってたときに、ちょうど拾ってくれそうな人がいたわ、って(笑)
で、まあありかな、って思ったんだろうね」
 
見事な打算だ。
そうだったな。
コイツのそういうアケスケなところにだんだん私は魅かれていったんだった。
 
なんか今さらわかってきた気がする。
いろいろあったけれど、最後につかまえた女が一番私に合ってたんだな。
いつも私の戦闘服を選んでくれてた女が。


妻はタパスのメニューを見て酒のアテを選んでいる。
この人、次は私の何になるんだろう。

マイミク ⇒ 飲み友 ⇒ コーディネイター ⇒ 妻(今ココ) ⇒ ?
 
そんな想いに浸りながら二人で飲むのも悪くない。
ウェイターが通りかかったので、白と赤をおかわりした。
私の人生もいい味になってきた。

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