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『あかり。』#23 川島雄三がお好き?・相米慎二監督の思い出譚

春だった。

キャストが、奥田瑛二さんと賀来千香子さんに変わった。ちょっと大人のカップル(当時)というイメージだろうか。なんとなく夜10時の恋愛ドラマの夫婦っぽい組み合わせだ。
色男の夫、彼にベタ惚れの妻…という都合のいい男目線の設定の二人であったが、それがまた奥田さんにはよく似合っていた。

場所はガーデンタイプの披露宴。
なかなか伴侶に恵まれなかった親友の晴れ舞台に、テンションが上がりまくる夫。招待客を巻き込み、明らかに迷惑な酔っ払い風だ。それを妻が(なぜか)微笑ましく見守っている。
クルマのCMに酔った人が出てるというのも今考えるとなかなかすごい。
(もちろん運転シーンはありません)

カメラマンは、それまでの方々の都合がつかずグラフィック出身のKさんになった。Kさんは物静かな人であるが、相当頑固な人でもある。以前、僕が仕事した時に「もう少し、寄ってもらえますか?」とお願いしたら、カメラが前に15センチだけ動いた。見た目には何も変わらない。(きっと彼の中ではすごく寄ったのだろう)たとえば、そんな人だった。
相米監督と馬が合うだろうか…。
それが心配の種だったが、合うも合わないも、お互い勝手に自分のやることをやるから、案外大丈夫だった。

奥田さんが新郎新婦を煽りまくり、招待客のテンションを上げるべくはしゃぐ様を長いレンズで延々撮っていく。そのうち、奥さん(賀来千香子さん)が「クルマ買っちゃえ」と言い、奥田さんが奥さんにキスをする。そんな内容だった。

ロケ地は滅多に借りることののできない財閥系のお屋敷の広大な庭である。ロケセット。時間制限あり。そこにかなりの人数のエキストラがいる。
とはいえウエイター以外は、着席だから少し楽である。披露宴を再現するのは割に大変だったように思うが、あまり記憶にない。

それより、覚えているのは監督が突然言い出したアイデアだ。
「奥田さん、雨が突然降り出すの。それで、周りの招待客は逃げ出すの。それでさ、二人はそこに残って悠然とワインを飲むのな」

奥田さんはニヤニヤしながら「はいはい」と聞いている。

え…完全に初耳なんですけど。しかも、雨って…。
横で聞いていて、瞬間的に反応する。(できませんはない)

「はい、テストいくよ。よーい、どん!」

まず、エキストラたちに、僕が「雨だ!」と合図したら、空を見上げて、立ち上がって、指示する方角に逃げてくださいと頼む。(突然の雨は後処理でCGにすることを監督に納得してもらう)エキストラさんたちも、急な変更にもかかわらず、とりあえず対応してくれる。

それをまず、正面のいい感じのサイズで抑える。Kさんは長いレンズを使うから、背景や手前をぼかしているので、そのパニック状況があまりリアルに映らない。こっちを夫婦のツーショットにして、状況のロングショットをどこで撮るか…。後ろには豪邸があった。
それで、後ろにそびえる豪邸のベランダからカメラを突き出して、ワイド目でおさえることを提案する。
「いいんじゃない」と監督に言ってもらえたので、Kさんに「カメラ上からお願いします」と告げて、アングルを至急切ってもらう。もうみんなアタフタする。
セッティングしてから、一回だけテストをさせてもらった。

俯瞰から見ると、全員が上を向いて、慌てて逃げ出す様は滑稽で面白かった。監督も頷いている。

なんとなくうまくいきそうなので、ものすごくホッとして
「監督って、川島雄三お好きなんですか?」と聞いた。
「まあな」と、監督はニヤリとした。

なんだか、その時は、そのアイデアが川島雄三的に思えた。みんながこうだろう…と油断していると、逆のことを言い出す川島雄三監督。職人肌でトリッキーなことも厭わない監督であり、抜群の都会的センスでいくつもの喜劇を軽々と撮った偉大な監督だ。
Kさんは、監督にめちゃくちゃに振り回されていたが、なんだか楽しそうであった。監督はスタイルを崩さないKさんのことも含め、遊んでいたのだろう。

仕上げで、そのテイクを使った編集も作ったのだけれど、結局、クライアントには採用されなかった。でも無駄撃ちだった…とはまったく思わなかった。
むしろやっていて、ものすごく面白かった。

CM撮影では、その場で演出コンテそのものを変えることが少ない。
監督の思いつきは、コンテから逸脱していたけど、範疇ではあったように思う。
この辺りならギリギリいいだろう? こっちの方が面白くないか?
そう、みんなに問いかけていた。

今、そういう問いかけをする人は多くない。なんのジャンルであっても。

みんな、予定していることをちゃんとこなすことに精一杯だ。
でも、本当の豊かさとは、予定通りにやりつつも、こんなものもやってみようじゃないかと常に可能性を探る姿勢だと思う。

その時の撮影は、考える前に動いてみる。動いてから(あるいは動きながら)考える。
そういうことを教えてもらった。

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