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『あかり。』 (第2部)#54 サイパンでダイブ・相米慎二監督の思い出譚

相米慎二監督を知っている人が聞いたらどう思うかわからないが、監督はサイパンでゴルフをした。

北海道でもしていたのだから、別にどうということはないが、なんかサイパンで・・・というところに多少の引っ掛かりは感じる向きもあろうかと思う。

冬場に夏向けのCMを撮る場合、南に行く。

しかしながら、ハワイロケだのグアム・サイパンだのと書くと、本当に浮ついた感じがする。

でもまあ、その時はサイパンに行ったのだった。

サイパン島の海岸をロケハンしてみると、いくつもビーチがある。
企画に合わせて、観光客のいない場所を探すのは案外と大変だった。

つまり、ある程度限られてくる。

あるビーチには、朽ち果てた戦車がそのままあった。
第二次世界大戦の名残りである。誰も片付けないでそのまま錆びていた。
美術部が見物に近寄る。なぜかその時、寒気がしたのを思い出す。
サイパンの歴史に詳しいわけではないが、日本の負の遺産があるくらいは知っていた。

そういう島で、我々は呑気にCMを撮るのだ。
それがいいのか悪いのか、一概には言えないけど、一瞬でもそのことを考えるのは大切である。

我々が選んだビーチは、こじんまりとした静かな場所だった。
ただ、イメージする南の島のビーチには要らないものがあった。
大量の小石や砂利や昆布である。

コンテにある小屋は作れるとしても、抜けのビーチはある程度きれいにしなくてはならない。

僕たちはスタッフ総出で、ビーチの掃除に取り掛かることになった。
これがまあなんとも大変な肉体労働で終わりがない。
映画の中の囚人がやる作業みたいだった。

でかい昆布(ワカメかもしれないが)は、波打ち際に汚らしく漂い、やたらと打ち寄せてくるし、目立つ石や砂利もいくら片付けてもキリがない。
そんなことを美術部・制作部とやっている間に、監督はサイパンでゴルフしていたのだ。

これは非難ではない。
ただの事実である。

それこそ、監督にずっと見ていられても困る。
きれいになったところだけ、見て欲しい。スタッフもそう思っている。

「おお、よくきれいにしたなあ」
そう言ってもらいたいだけである。

フレーム内だけはなんとか片付けたが、結局、翌日行ってみると、昆布はまた大量に打ち寄せられていた。
仕方なく片付けたけど・・・。

タレントは、吉川ひなの・鳥羽潤の両氏が続投している。
スタッフもカメラマンのMさん以下、同じメンバーだ。

俳優部二人とも当時はとても忙しかったので、なんだか開放的な気分になっていたと思う。
だからなのか、とてもスムーズに撮影が進んだ。
珍しいことだった。
監督もちょっと開放的だったのかもしれない。

その夜、撮影が終わったので、宿泊していたホテルのプールサイドで打ち上げがあった。
スタッフが寛いでいると、吉川ひなのさんが現れ、来るなり、監督を捕まえそのまま一緒にプールにダイブした。
不意を突かれた監督は、なんだか嬉しそうに溺れたふりをしていた。
代理店・スタッフは大喜びであった。
誰かにそそのかされたのかもしれないし、彼女のユーモラスな復讐だったのかもしれないし、それはどちらでもいい。
いずれにしても、そんな感じでサイパンの夜は更けるのだった。

監督と海外に出かけたのはチベット以来だった。
今回は仕事なのだが、あまり緊張感がなかった。
それも南の島だったからだろう。

なぜか水中撮影のカットがあって、それが少し緊張の材料であったが、青い海はとても綺麗で、素っ裸の鳥羽くんはとてもリラックスして波間に浮かんでいた。

準備・撮影スケジュール的には強行軍だったけど、撮影が無事に終わって、たまにはこういうのもいいものだなと夜風に吹かれたのも、今となって妙に懐かしい。これがイレギュラーの作品だったからなのかもしれない。
それとも、最近ずっと寒さが厳しいからか。








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