クソブログセメント樽の中の手紙

原作 : 葉山嘉樹 著 : ドクローネ

青空文庫より原文をお借りし、改変したものです。

『今、真面目に働いている作業員ランキング』にも乗っている松戸与三はセメントあけをやっていたそうです。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に覆われていたとのこと。はたして、呼吸は大丈夫なんでしょうか? 彼は鼻の穴に指を突っ込んで、鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせているのです、コンクリートをとりたかったのだが、そうできない衝撃の理由が彼にはあったのです。一分間に十才ずつ、そう、十才。あまり馴染みのない単位ですが、これは分野によっても量の変わる少々変わった単位です。ハッキリと申し上げておきましょう。ここでの『十才』とはなんと! 家庭用のバスタブ一杯分とのことです! だいたい想像がつきましたでしょうか? 家庭用のバスタブ一杯分ほどのコンクリートを一分間に吐き出す、コンクリートミキサーに、間に合わせるためには、とても指を鼻の穴に持って行く間はなかったそうです。もちろん、本人に聞いたわけではありませんが、私だったら絶対に鼻なんか掃除できません。 松戸与三の仕事ぶりについて、よく理解して頂けたでしょうか?
 それでは、彼はどのぐらいの間この仕事をしていたのでしょう? 彼は鼻の穴を気にしながらとうとう十一時間、――その間に昼飯と三時休みと、合計で実に二度だけ休みがあったんだが、昼の時は腹のすいてる為めに、も一つはミキサーを掃除していて暇がなかったため、悲しいことに、とうとう鼻にまで手が届かなかった――の間、鼻を掃除しなかった。そのぐらいの間、鼻を掃除しなかったら、一体彼の鼻はどんな風になっていたのでしょうか? ご想像下さい……はい、彼の鼻は石膏細工の鼻のように硬化したようだったんです。あまりイメージがつかなかったらすみません。
 さて、ここからが本題です。彼がしまい時分に、それはもうヘットヘトになった手で移した、セメントの樽から小さな木の箱が出たんです。ブランドや製造年月日について調べましたが、あまりよく分かりませんでした。
「何だろう?」と彼はちょっと不審に思ったそうなんですが、ヘットヘトのヘトなので、そんなものに構って居られなかったらしいですね。繰り返しますが、彼は十一時間働いているんです。彼はシャヴルで、セメント桝にセメントを量り込んだ。そして桝から舟へセメントを空けると又すぐその樽を空けにかかった。ずっとこの繰り返しだとしたら、松戸さんの集中力を褒めるほかないでしょう。
「だが待てよ。セメント樽から箱が出るって法、なさすぎるな。考えれば考えるほど誰かが入れてて怖いんだが。偶然ってことはねえぞ」
 彼は小箱を拾って、腹かけの丼の中へ投り込んだ。箱は軽かった。どのぐらい軽いかといえば、先ほど松戸さんがそうしたように、丼の中に投り込めるぐらいですね。
「軽い処を見ると、金も入っていねえようで草 ハズレだな」
 彼は、考える間もなく次の樽を空け、次の桝を量らねばならなかったとのこと。考える間もないって相当じゃん! と思うかも知れませんが、私も人ずてに聞いただけなので詳しいところはよく分かっていません。
 ミキサーはやがて空廻りを始めました。コンクリがすんで終業時間になった。コンクリがすめば終業、続けば業務というのがいかにもですね。こんな職場で仕事を続ける松戸与三さん、なかなかの努力家かも?
 彼は、ミキサーに引いてあるゴムホースの水で、一先ず顔や手を洗ったので、さっき話していた鼻についても、もう大丈夫そうですね。そして弁当箱を首に巻きつけて、一杯飲んで食うことを専門に考えながら、彼の長屋へ帰って行った。弁当箱とは? 長屋とは? 調べてみました! 首に弁当箱を巻いているので、恐らく奥さんがいるのではないかと噂になっています。しかし、ツーショットなどがあるわけではないので、信ぴょう性は微妙なところですね。長屋についても出来る限り調べましたが、家族構成などについてはあまりよく分かりませんでした。外観の写真などから考えるに、流石の松戸与三さんもあまり裕福ではなさそうですね。松戸さんが取り掛かっている発電所は八分通り出来上っていた。完成が楽しみですね! 夕暗にそびえる恵那山は真っ白に雪を被っていた。春が楽しみですね! 汗ばんだ体は、急に凍えるように冷たさを感じ始めた。長屋が楽しみですね! 彼の通る足下では木曾川の水が白く泡を噛んで、吠えていた。少し抽象的ですが、それほど寒いということです。ちなみに、木曽川は長野県から岐阜県、愛知県、三重県を経て伊勢湾に注ぐ一級河川なんだそうな。何も隠そう、先ほどの恵那山も木曽山脈に位置するんだとか……
「チェッ! やり切れねえ感がすごいなあ、かかあは又腹を膨らかしやがったし、まじでどうにかしてくれ~……」彼はウヨウヨしている子供のことや、又此寒さを目がけて産うまれる子供のことや、滅茶苦茶に産むかかあの事を考えると、全くがっかりしてしまったという噂が流れています。なんにせよ、奥さんと子供の存在が明らかになりましたね! とはいえ、確定した情報ではないので、まだまだ油断はできません!
「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、べらぼうめ! どうして飲めるんだい!? 調べてみたがよく分からなかったよ!」
 が、フト彼は丼の中にある小箱の事を思い出した。先ほど丼の中に投り込んだ、あの小箱です! 彼は箱についてるセメントを、ズボンの尻でこすった。
 箱には何にも書いてなかった。私の方でも画像から確認できる限りしてみましたが、どうやら文字などは書いていないようです。そのくせ、頑丈に釘づけしてあったとのこと。画像越しでは分かりませんが、釘づけしてあるとのことなのでかなり頑丈そうですね。
「思わせ振りしやがらあ、釘づけなんぞにしやがって」 ※ツイートより抜粋
 彼は石の上へ箱をぶっ付けた。かなり力強いです! ……ですが、残念ながら壊われなかったので、此の世の中でも踏みつぶす気になって、やけに踏みつけたと言われています。このことは新聞でも報じられていますね。
 彼が拾った小箱の中からは、なんとボロに包んだ紙切れが出ました。それにはこう書いてあったそうです。ゴクリ……

衝撃の手紙の内容! まさかの全文公開!?

 ――こんにちは! 私はNセメント会社の、セメント袋を縫う女工と、ライターをやらせて頂いてます。肝心な恋人の有無についてですが、私の恋人はクラッシャーへ石を入れることを仕事にしていました。そして十月の七日の朝、大きな石を入れる時に、その石と一緒に、クラッシャーの中へ嵌まりました。この電撃ニュースは瞬く間に私の元へと届きました。そこで、事件当日の様子を詳しくお届けしたいと思います!
 仲間の人たちは、助け出そうとしました。中には、あの『今、真面目に働いている作業員ランキング』のノミネート者も居たほどです。これだけで私の恋人の人望が伝わってきそうですね! けれど、水の中へ溺れるように、石の下へ私の恋人は沈んで行きました。思わず鳥肌が立ちました! そして、石と恋人の体とは砕け合って、赤い細い石になって、ベルトの上へ落ちました。ベルトとは? そのベルトはどこへ行くの? と皆さんが気になっている点ですが、なんとベルトは粉砕筒へ入って行きました。そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、細く細く、はげしい音に呪いの声を叫びながら、砕かれました。ここまでの流れをまとめると、私の恋人はクラッシャーの中に嵌まり、粉砕され、そうして一度はメディアへの露出を減らしたかと思われましたが、焼かれて、立派にセメントとなりました。
 骨も、肉も、魂も、粉々になりました。じゃあ服は?結婚はしてるの? 私なりに調査してみましたが、恐らく服も粉々になっていると思われます。また、最低でも私と恋人関係にあったようですね。このことは私も恋人も否定はしていませんでしたので、確実なんじゃないでしょうか。私の恋人の一切はセメントになってしまいました。残ったものはこの仕事着のボロばかりです。他にも何か残っているかも知れませんが、現段階ではこれのみですね。私の恋人=セメントということは、先ほど自己紹介にあった「セメント袋を縫う仕事」というのは訂正が必要ですね。私は恋人を入れる袋を縫っています。
 私の恋人はセメントになりました。恋人はそれ以前には作業員をしていたので、職業履歴をまとめると作業員→セメントということになります。私はその次の日、この手紙を書いて此樽の中へ、そうと仕舞い込みました。もし参考になりましたら幸いです。
 あなたは労働者ですか、それとも……? 調べてみましたが、残念ながらハッキリとした答えは得られませんでした……。もしも、あなたが労働者だったら、私を可哀相だと思って、お返事下さい。また、この手紙の高評価、シェアについても、どうぞよろしくお願いしますね!
 此樽の中のセメントは何に使われましたでしょうか、私はそれが知りとう御座います。残念ながらこれだ! という情報には出会えていないので、皆さんのコメントが頼りです。
 私の恋人は幾樽のセメントになったでしょうか、そしてどんなに方々へ使われるのでしょうか。調べてみましたが分かりませんでした! あなたは左官屋さんですか、それとも建築屋さんですか。調べてみませんでした!
 私は私の恋人が、劇場の廊下になったり、大きな邸宅の塀へいになったりするのを見るに忍びません。じゃあ何なら良いのか? という話ですが、考えても答えは中々出ないですね。ですけれどそれをどうして私に止めることができましょう! あなたが、もし労働者だったら、このセメントを、そんな処に使わないで下さい。労働者ではない場合、コメントして頂けると幸いです。
 いいえ、ようございます、どんな処にでも使って下さい。私の恋人は、どんな処に埋められても、その処々によってきっといい事をします。構いませんわ、あの人は気象のしっかりした人ですから、きっとそれ相当な働きをしますわ。少し主観が入ってしまいましたが、私の恋人の活躍は有名なので、きっと皆さんも同じ気持ちなんじゃないでしょうか?
 あの人は優しい、いい人でしたわ。そしてしっかりした男らしい人でしたわ。同じ仕事場で働く方々も、そのように答えているようです。まだ若うございました。二十六になったばかりでした。同じ二十六歳の有名人としては、あの「こじるり」こと小島瑠璃子さんなどが該当します。あの人はどんなに私を可愛がってくれたか知れませんでした。思い出してみましたが、かなり可愛がってくれていたようですね。それだのに、私はあの人に経帷布(きょうかたびら)を着せる代りに、セメント袋を着せているのですわ! 経帷布というのは、死者に着せる服のことですわ! あの人は棺に入らないで回転窯の中へ入ってしまいましたわ。回転窯というのは回転する窯のことですわ。
 私はどうして、あの人を送って行きましょう。あの人は西へも東へも、遠くにも近くにも葬られているのですもの。かなり時間を掛けて調べましたが、セメント一つ一つの所在までは明らかになりませんでした。参考までに、別ページに現在判明している所在をまとめました。是非そちらもご覧ください。
 あなたが、もし労働者だったら、私にお返事下さいね。そうじゃなくても、コメントはいつでも大歓迎です! その代り、私の恋人の着ていた仕事着のきれを、先着一名、つまりあなたに上げます。この手紙を包んであるのがそうなのですよ。(画像はこちらです※別タブで開きます)この裂には石の粉と、あの人の汗とがしみ込んでいるのですよ。当時どれだけ汗をかいていたかにもよりますが、かなりかいていたんじゃないでしょうか? あの人が、この裂の仕事着で、どんなに固く私を抱いてくれたことでしょう。当時は一部雑誌で熱愛が報道されていたので、そのアプローチもかなり積極的なものだったんじゃないでしょうか?
 読者の皆様に再度のお願いですからね。此セメントを使った月日と、それからくわしい所書と、どんな場所へ使ったかと、それにあなたのお名前も、御迷惑でなかったら、是非々々お知らせ下さいね。私の方でも、また何か判明したことがあれば新たに記事をアップロードしますので、リマインド登録の方もよろしくお願いします。いかがでしたか? あなたも御用心なさいませ。さようなら。 ライター:恋人を入れる袋を縫っている女工

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