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第2回④ 中村恒星さん

「医師100人カイギ」について

【毎月第2土曜日 20時~開催中!】(一部第3土曜日に開催)
「様々な場所で活動する、医師の『想い』を伝える」をテーマに、医師100人のトーク・ディスカッションを通じ、「これからの医師キャリア」を考える継続イベント。
本連載では登壇者の「想い」「活動」を、医学生などがインタビューし、伝えていきます。是非イベントの参加もお待ちしております!
申込みはこちら:https://100ninkaigi.com/area/doctor

発起人:やまと診療所武蔵小杉 木村一貴
記事編集責任者:産業医/産婦人科医/医療ライター 平野翔大

医学部6年生ありながら、起業し「世界一やさしいチョコレート andew(アンジュ)」をリリースしている中村さん。
もとは富山大学創薬科学科で脊髄損傷の研究をし、慢性期の脊髄損傷治療薬に携わっていた中村さんが、どのような想いで今の立場に至ったのか、について話してくださいました。

中村恒星さん
株式会社SpinLife / 北海道大学医学部医学科6年
株式会社SpinLife代表取締役 北海道大学医学部医学科6年 1995年生まれ。岐阜県出身。 2017年3月 ミャンマーでの国際医療ボランティア活動に参加。 2018年3月 富山大学創薬科学科卒業 2018年4月 北海道大学医学部医学科第2年次学士編入学 2018年8月 表皮水疱症の患者会と出会う。 2020年1月 株式会社SpinLifeを創業。 同年5月 世界一やさしいチョコレートandew(アンジュ)をリリース。

脊髄損傷の研究の中で、「そもそも脊髄損傷の患者さんってどんな人だっけ?」という疑問を持ったのが医学部に進む転機になったといいます。ミャンマーでの国際医療ボランティア活動にも参加し、改めて医療の現場に立ちたいという思いを強くした中村さん。「患者の元へ行く」ということを意識し医学部へ進んだことにより、2年生のとき、生まれつきの皮膚難病である「表皮水疱症」の患者に出会います。
 
脊髄損傷の研究をし、医師を志した中村さんが「チョコレート」を作っている理由にも、患者に向き合い続けたことがありました。
表皮水疱症の患者は、皮膚のタンパク質の異常で異常に皮膚がもろく、簡単な刺激でただれや水ぶくれができてしまいます。これは口の中でも同様であり、刺激となる固いものは避けなければならず、食べれるものも非常に限られます。例えるなら「ポテトチップスを食べると、トゲのついた板を食べているくらい痛い」というくらいの症状で、このために患者は栄養剤などの併用が欠かせません。
 
食が大好きな中村さん、「この楽しみを取られるのは辛い。なんとかできないのか?」と、その後から自分で色々な食材を買い、ミキサーにかけたりする試行錯誤を数ヶ月やってみました。
その中で、「柔らかく、栄養があり、手軽で、美味しい」ものはなんだろうか?と考え、チョコレートにたどり着きます。これを表皮水疱症の患者さんに届けたいと、プロダクト開発を開始しました。
これが完全食チョコレート「andew(アンジュ)」のはじまりです。
 
しかしなぜ、中村さんは完全食にしたのでしょうか。ここには研究者・医療者としての考えが込められています。
チョコレートを作る、となって皮膚科医に意見を聞いた中村さん。「皮膚から栄養が出てしまうので、効率の良いものがあるといい」という皮膚科医の意見をもとに、栄養分も摂れるチョコレートを考えます。実際に表皮水疱症の患者は皮膚からのエネルギー・栄養喪失が多く、身長・体重の伸びが悪く、小柄になってしまいます。現在その補充には液体栄養剤などが使われており、これを飲んでみたもののとても美味しくなく、やはり「柔らかく、栄養があり、手軽で、美味しい」のが重要だと考えました。そうしてチョコレートだけで栄養分を賄える、つまり「完全食」としてのチョコレートに行き着いたのです。
 
そうしてできた「andew(アンジュ)」は乳化剤・保存料不使用で、きなこ・ココナッツなど9種類の素材を用いた完全食チョコレートとして発売されました。
中村さんは製品ができたタイミングですぐ、患者のところへ行き、「チョコ配りおにいさん」になったと言います。そして「子どもたちが進んで食べていて驚きました」という声を医師や保護者からもらい、現在は商品として発売しています。
 
これまでの完全食が「忙しいビジネスマンがササッと食べる」という「プラスからのプラス」という観点で作られていたのに対し、「食べるのが困難な人の栄養摂取」という観点で作られたandew。
現在、ターゲットは表皮水疱症から、がん治療による粘膜障害・高齢者など、様々な困難を抱える人に広がっています。
 
嚥下食や栄養剤を用いる「摂食困難者」に対し、中村さんが思っているのは「社会の溝」。
普段、食事やお菓子はプレゼントやお礼として用いられます。しかし摂食困難者の方にとってはこれは大変難しいことで、ここに「食べれる人と、食べれない人の精神的な溝」が生じていると感じています。
一緒に食べていても違うものを食べている、というその溝を無くしたい。そのためにも「チョコレート」というのは有用です。実際にバレンタインという贈り物文化もあり、このような共通認識が男女・世代問わずある食品はそう多くありません。
「形態や味」に着目してチョコレートから作った中村さんは、今度は「文化や気持ち」に着目し、タブレットチョコレートのみならず、生チョコ、ガトーショコラ・ショコラチーズケーキ・タブレットなど様々な商品を開発・展開しています。
andewは人から人へとつながり、「おじいちゃんと孫が一緒に食べられる」という文化を作る、心の交流のきっかけとなって広がっています。
 
創薬学科時代に「患者は?」という疑問をもち、自ら接することで、見えてくる世界、気付く世界があった中村さん。医学部卒業後は外科医をめざし、まさに臨床・研究・事業の全てに携わろうとしています。
「手を動かす大事さ」を説く中村さんは、現場で得た知見を会社としてはプロダクトに、リサーチャーとしてはリサーチにどう活かすかを常に考え、大学でも既に表皮水疱症患者の食事に関する研究を進めています。
 
最後に、中村さんは自身のVisionとして、「患者と周囲の人々が病気と共存し、理解し合い、手を取り合う世界」を提示しました。
実は自身が「ファロー四徴症」という先天性の心臓病患者である、ということをこのタイミングで述べた中村さん。「産まれた時から病気と付き合うことの意味を、身をもって理解しているのは、『自分に神が何故かもたせた学び』であった」といいます。
そんな中村さんは、「私達だけの商品はいらない。みんなと楽しみたい」と言い、これからも医療・社会を変えていきます。
 
最後に「どのようなことに楽しさや面白さを感じるか?」という質問を中村さんにぶつけてみました。
中村さんは「目の前に面白そうなものがあったらとりあえずやってみる、キャパオーバーになったら考えればいいやと考えている。」と答えました。色々な世界にいるうちに、たまたま知り合い同士がつながり、会社と研究で知り合う人がつながる、そうして新しいことが生まれることも多いといいます。学生のうちからしっかりした想いをもち、行動をしてきた中村さんらしい回答をいただけました。

取材・文:平野翔大(産業医/産婦人科医/医療ライター)



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