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第2回① 稲葉可奈子先生

「医師100人カイギ」について

【毎月第2土曜日 20時~開催中!】(一部第3土曜日に開催)
「様々な場所で活動する、医師の『想い』を伝える」をテーマに、医師100人のトーク・ディスカッションを通じ、「これからの医師キャリア」を考える継続イベント。
本連載では登壇者の「想い」「活動」を、医学生などがインタビューし、伝えていきます。是非イベントの参加もお待ちしております!
申込みはこちら:https://100ninkaigi.com/area/doctor

発起人:やまと診療所武蔵小杉 木村一貴
記事編集責任者:産業医/産婦人科医/医療ライター 平野翔大

稲葉可奈子先生
みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト
京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得、現在は関東中央病院産婦人科医長、双子含む四児の母。老若男女問わず生き生きと活躍できる日本を目指して、病気の予防や性教育など生きていく上で必要な知識や正確な医療情報とリテラシー、育児情報などを、SNS、メディア、企業研修などを通して効果的に発信することに努めている。

「日本の医師のほとんどが、悔しいと感じていることがあります。このままでは、救えるはずのがん患者が、日本でだけ死に続けることになってしまう。この状況を私たちは変えたい。」
ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの普及活動をされている稲葉先生は、最初のスライドにこの言葉を選ばれました。この言葉こそが、ずっと普及活動を続けてきた、原点の「想い」です。
 
子宮頸がんは、20代後半から40代という若い女性に多く、日本では1日8人が亡くなるがんです。若い、これから妊娠する女性が子宮を取らざるを得なくなる事態にもなることがあり、亡くならなくても早産リスクの上昇など、様々な問題を生じます。
しかし、同時に子宮頸がんは数少ない予防可能ながんです。ほとんどの子宮頸がんはHPV感染が原因であり、感染を予防すれば、子宮頸がんも約9割の確率で予防が可能です。ただHPVには様々な型があり、この全ての感染は予防できないため、子宮頸がん検診で早期発見し、がんになる前に治療する、という二段構えの予防が重要です。
 
そしてこのHPVの感染を予防するのがHPVワクチン。2013年4月に定期接種の対象となったものの、副反応と疑われた諸症状のため、6月には積極的勧奨が差し控えられ、接種率は1%未満まで低下してしまいました。これらの症状はHPVワクチンが原因とは考えにくいものであり、さまざまな学術団体の声明や、世界・日本からの研究で安全性を確認したものの、なかなか勧奨の再開には至りませんでした。
 
そんな中、「1人の産婦人科医として、黙って見過ごすことだけはできない!少しでも上げる為に何かできないか?」という想いで稲葉先生たち、有志で始めたのが「みんパピ!」になります。
みんパピ!では、産婦人科医や小児科医のみならず、行動科学や疫学の専門家が集まり、さまざまな角度からの効果的な情報発信を進めました。最初はクラウドファンディングで資金集めを行い、メディアへの勉強会やリーフレット作成など、地道な活動を展開し、少しずつ世論が変わるのを実感していったといいます。
そうして2021年11月、8年以上の年月を経て、国の積極的勧奨再開に繋がりました。
みんパピ!の調べたところでは、2021年8月時点で14.1%まで接種率は上昇しており、地道な活動が少しずつ功を奏しているのが伺えます。
 
HPVワクチンの有効性・安全性についてはしっかりしたデータがみんパピ!のホームページに載っているため、こちらでは割愛しますが、「本当に安全なのか?」と思う人に向けて、稲葉先生は幾つかの話を提示しました。
(なお、みんパピのコンテンツはフリーなので、是非ご利用くださいとのこと!)
https://minpapi.jp/
 
まず取り上げられた「副反応と考えられた症状」については、「機能性身体症状」や「接種ストレス関連反応(ISRR)」と言われています。このあたりの周知も重要です。
しかし稲葉先生が危機感を持っているのは、「恐怖心」より「無関心」。「若いから怖いし今しなくて大丈夫」という考え方です。まさに子宮頸がんは最初に出てきたように、20代から40代に多い病気。若い人こそ、ワクチン接種や検診が大事になります。そしてその中でも1997年から2005年生まれの女性は、積極的勧奨の中止により情報提供を受ける機会も乏しく、接種率も低い世代になります。
今回の積極的勧奨再開においても、この世代は特例接種が可能になりましたが、時間制限もあります。また「子宮頸がんワクチン」と言われると、男性は関係ない様に聞こえますが、男性の中咽頭がんや陰茎がんの原因にもなるため、男性にも決して無関係な話ではありません。男女関わらず、多くの人に認知し、知ってもらうのが今の課題です。
 
数年前までは「触れがたい話題」だったHPVワクチン。2022年4月9日の「子宮の日」には、渋谷・原宿に巨大ポスターを出すことができ、稲葉先生たちは社会の変化を感じているといいます。実は数年前、海外で同様のキャンペーンをやっているという話を聞き、「いつか日本でもできたらいいな」と思っていたという稲葉先生。「渋谷なんて妄想だと思っていた」と言いますが、これが実現しています。
 
しかし同時に、まだ正念場は続くともいいます。積極的勧奨の再開は「リスタート」であり、ゴールではありません。ここから、多くの人が接種でき、当たり前に日本で子宮頸がんが予防できる、それが当たり前の時代を作るために、地道な活動を続けていくと意気込みます。
 
そんな稲葉先生の最後のメッセージは、
「社会全体で、女性を子宮頸がんから守りたい」でした。
そして参加者に対しても、「口コミは偉大な力を持っているので、周りの色々な人に広めてほしい」と訴えます。
「歯科や耳鼻科など、割と若い世代でも行くことが多い科の医師、そして医療者以外にも是非活動して欲しいです。パンフレット1枚渡すだけでも行動は変わります。是非ご協力して頂きたいです!」と呼びかけて終わりました。
 
終了後、「今でこそ有名になったが、最初は大変地道な活動で、批判もされやすかったと思う。その中でなぜ続けられたのか?」という質問を伺ってみました。
これに対し稲葉先生は、「科学的エビデンスという、間違いのない事実が医師としての拠り所だった。」と答えられました。情報が正しいからこそ、正確に理解されていないという課題、日本の女性が恩恵を受けられていない、という強い思いを持ち続けられたといいます。「科学的正しさ」と「日々現場で診ている事実」、その2つが、地道でおそるおそるな活動を支え、今こうして大きなうねりを生み出しているのです。

取材・文:平野翔大(産業医/産婦人科医/医療ライター)


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