武装少女とステップ気候

8.ぼくら、二十一世紀の子供たち (1)

 少女は蒼ざめた馬に跨り、照り付ける砂の上をフル・スピードで駈けていました。暗い足跡を残して砂埃は舞い、その向かいから、ぴったりとこちらに向かって駆けてくるひとつの影がありました。
 それは狂った一角獣(ユニコーン)でした。穢れを嫌うその白き毛並みは、大きな翼と一キュビットの長い角を生やして、半ば飛びながら、少女に殺意を向けておりました。
 少女は背中の『リー・エンフィールド』小銃を手に取ると、脚で馬を操りながら、一角獣に向けて、ボルトを握り続けざまに操作して小指で引き金を引く手動の乱射(マッド・ミニット)をし、弾倉の十発を叩き込みました。肉が削がれ、骨が見え。やがて一角獣は死にました。
 どうどう、と言って少女は馬を止めました。空になった小銃の弾倉に五発の挿弾子をふたつ装填しますと、疾風(アエロー)が吹いて、地面に大きな影が映るのを見、はっとして黒い空を見上げました。
 それは死肉を貪りに飛んで来た掠めるモノ(ハルピュイア)の四姉妹でした。彼女たちは人間の頭と胸をし、手は禿鷲の羽根で、脚は鷹の爪をしていました。彼女らは一角獣の苦い肉を啄ばみはじめると、ケラケラと笑いながら、こう会話しはじめました。
「……まったくもう、モノケロースは苦いわね」
「薬みたいなものだもん、あたしも処女(をとめ)が食べたいな」
「良薬口に苦し、ってことですか、御姉様?」
「毒も薬。きれいはきたない、きたないはきれい」
「処女の子宮は甘い味がするのよ。死体を探しに行きましょ」
「――さんせいさんせいっ、だいさんせいっ!」
「私は、御姉様についてゆきます」
「満月の狂人は九日かけて処女の肉をシチューにして食べたそうな」
「ウプウアウトが来ないと良いんだけど、あの狼男」
「おにくっおにくっ、おにくがたべれるぞっ」
少女は日陰に隠れてその会話を聞いていました。空には三つの太陽がありました。その二つは虹色のプリズムの幻日で、それらはやがて月と太陽を追いかける犬、スコルとハティに変わり、少女の匂いを追いかけ始めました。少女は舌打ちしました。足元には自分の尻尾を咥える蛇が、動けずのたうちまわっていました。
 と、振り返ると頭上に、張り付いた笑みを浮かべるハルピュイアが飛んでいました。その猛禽類の眼差しで、長女の疾風(アエロー)は、
「あなたは処女?」
と、聞きました。少女は反射的に小銃の銃剣を突き出しましたが、それは避けられて、そしてアエローが両の翼で突風を吹かせると、少女の体勢を崩し小銃を取り落とさせました。少女は砂の上に転がりながら、三日月型のカランビット・ナイフと自動拳銃『武装した人』を抜いて、祈るように胸元で構え半身になって、そしてアエローを狙い撃ちました。彼女はケタケタと笑いながら、銃弾を避け、爪で銃を弾いて棄てさせました。ややあって、その姉妹も続けて飛来してきました。
「おにくっ、おにくっ、おにくおにクニ肉肉肉肉~」
次女の雨燕(オキュペテ)は、食べることしか考えていないようでした。一気に少女に詰め寄って、鷹の爪で少女の顔を押さえ付けると、少女の左手を一気にもぎ取って、そしてぐちゃぐちゃと汚い音をさせながら咀嚼しました。するとオキュペテは、――ぐえっ、苦っ! 辛っ! と喘いで、そのまま少女の肉片を砂の上に吐き出しました。
 三女の幽暗(ケライノー)が、かわいらしい声で言いました。
「御姉様、こいつ処女じゃありません。殺される前に逃げましょう」
すると四女の駿馬(ポダルゲー)も、冷静な声で言いました。
「一角獣(ユニコーン)は生娘を好み彼女の前ではその獰猛な性格を和らげる」
くるしいよ~、つらいよ~、と、オキュペテはケライノーに慰められながら、半ば泣いていました。長女のアエローが叫びました。
「――スコルと、ハティ!」
遠くから、二匹の犬がこちらに向かってきているのを見えました。次女のオキュペテが言いました。
「犬の肉ってどんな味がするのかなぁ?」
三女のケライノーが言いました。
「犬なんか食べたらお腹を壊しますよ。奴ら肉食ですから」
四女のポダルゲーが言いました。
「フランスやスイス、また東アジアの地域では犬食文化が存在する。いっぽうイスラムでは、犬の唾液は不浄とされ、ハディースにより犬に触れたら七回洗うように定義されている。イングランドでは、犬は馬と並んで人間の友とされ、国教会は、犬食を禁じている」
二匹の犬が迫ってきていました。アエローは呆れながら言いました。
「そんな事はどうでもいいのよ。さっさとずらかるわよ」
「――この女はどうすんのさ?」
「ほうっておきましょうよ、御姉様。辛酸と苦汁みたいな味しか、しないんですもの。それに、人間が空を飛べるとお思いで?」
「――でも、銃を、持ってるよ……」
末っ子のポダルゲーがそう言って、三人はふと顔を見合わせました。それから四人のハルピュイアはニタリと笑って、獣の目で、少女を乱暴にその爪で掴むと、二匹の犬の前に放り投げました。少女は、ぐっ、と唸ると、それから動かなくなりました。ハルピュイアの四姉妹は犬たちに、――それ! あんたたちに、あげるわ! と言って、ケラケラと笑って輪唱しながら、空の闇に消えてゆきました。

 ほ。ほ。ほたるこい
  あっちの水は にがいぞ
  こっちの水は あまいぞ
 ほ。ほ。ほたるこい
 ほ。ほ。山道こい
――ほたるのお父さん金持ちだ!
――どうりでおしりがピカピカだ!
 ほ。ほ。ほたるこい 山道こい
――ひるまは草葉のつゆの陰!
――夜はぽんぽんたかぢょうちん!
(天竺あがりしたれば燕(つんばくろ)に攫われべ)
 ほ。ほ。ほたるこい
  あっちの水は にがいぞ
 ほ。ほ。ほたるこい
  こっちの水は あまいぞ
 ほ。ほ。ほたるこい 山道こい
  行燈のひかりをちょっとみてこい
 ほ。ほ。ほたるこい
 ほ。ほ。山道こい
 ほ。ほ。ほ。ほ。ほ。ほ。ほ。
 ほ。

棄てられた少女は黙って、先のなくなった左手首を眺めていました。そこには「幸福は才能である」とかかれていました。地面からは、スコルとハティの二匹の犬が駆けてくる振動が伝わってきました。
 少女は、ゆっくりと、左腰の散弾拳銃『狼のための(ルパラ)』に手を伸ばしかけていました。その装弾数は二発。犬は遠くで孔雀の死体を食べていました。散弾銃を片手で構えました。そもそも両手で構えようがないのですが。
 霞む視界の先に、照準を合わせました。引き金を絞りました。がちん、と撃鉄の落ちる音がして、それは不発でした。犬たちがこちらを見ました。少女は、ああ、とだけ思いました。それから、私はここで死ぬんだ、とも、思いました。犬が、牙を剥き出しにしてこちらに迫ってきました。少女は諦めて目を閉じました。身体がもう動かないからです。無くなった左手の薬指がなんだか痛みました。それは幻肢痛(ファントムペイン)でした。
(――我死なば焼くな埋むな野に捨てて飢えたる犬の腹をこやせよ)
 ふと、死なないのを疑問に思いました。目を開けました。眩しい光が脳を焼くようでした。――そこでは、月の犬マーナガルムが、スコルとハティを殺して、喰っているのでした。
〈……カマル?〉
と少女は呟きました。マーナガルムは彼女の左手首を舐めてやりました。すると彼はけむりになって消え、代わりに彼女の傷は癒やされました。具体的に言うと左手がそこにはあるのでした。
 少女は失くした利き腕を取り戻すと、左腕を地面に着いて、立ち上がりました。それから呼吸をしました。それから涙が流れました。顔を両の手で覆いました。ぼとぼとと乾いた砂に雨粒が落ちて、気付くと空も泣いていました。ああ、とだけ少女は思いました。そして右腿から、回転式拳銃『ピースメイカー』を抜いて、地面に転がっていた三日月型のカランビット・ナイフを一緒に構えました。
 言語以前の呻き声をあげながら、影から生ける屍(ゾンビ)たちが出でてきました。少女は拳銃を構え、一発、また一発と、彼ら彼女らの脳天に銃弾を叩き込んでやりました。六発の弾倉を撃ち切って、再装填すると今度は、散弾拳銃『ルパラ』を取り出して、不発弾を抜いて散弾を装填し、みんなで固まって何もしないゾンビたちを、まとめてただの肉塊にしてやりました。血は流れて砂に吸われました。
(わたしのこころは、かわいたさばく)
ゾンビに後ろから抱き着かれると、少女は肘打ちを喰らわせて、そのままナイフで首を掻っ切りました。その死体を――もとから死んでいるのですが――ゾンビたちにぶつけて、体勢を崩してやると、そのまま散弾銃で撃ち抜きました。
(それでもいきなくてはならない、わたしじしんがいきるために)
少女は再び目を閉じました。それから深く息を吸って、吐きました。今度は、涙は流れませんでした。
(……いきろ、いきろ、いきろ……)
自分自身に言い聞かせながら、心臓が高鳴るのを抑えながら少女は、あてどなく、そうやってとぼとぼと彷徨うのでした。
 空では三日月が笑っていました。

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