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『Helck』とその作者の良さを淡々と紹介する

よくマンガや映画についての素人評論を書いている。物語をしっかり解釈できるようになりたいという思いや、文章を書く力を磨きたいという目標があるため、拙いながらも客観的・理論的に書こうとしている。

今回、珍しく特定の作品、特定の作者を”推す”ことを目的に文章を書いてみたい。一時期流行っていた「暑苦しい感じで好きなものを語る文体」などで書ければいいのだが、自分がやると寒々しいものになりそうだ。淡々と良さを紹介する、温度の低い紹介記事があってもいいだろうと開き直って書いてみたい。


『Helck』のあらすじ

ここは魔界。新しい魔王を決めるためのトーナメントが開催されており、腕に覚えのある魔物が集まっていた。そんな大会に一人、異物が混じっていた。レベル99の筋肉モリモリ勇者、「ヘルク」が参加していたのだ。当然、ヘルクは圧倒的な強さで予選を勝ち上がる。インタビューには笑顔で「人間が憎い」「人間滅ぼそう」と力強く答える。

ヘルクの存在に大会は大盛り上がりなのだが、四天王(魔王よりも格上)の一人、赤のヴァミリオは勇者なんかに魔王になられてたまるか、魔界を滅ぼすためのたくらみがあるに違いないと、あの手この手でヘルクを妨害する。

しかし、勝負をトランプタワー対決にしても、料理対決にしてもヘルクは見事に勝ち上がっていく…(※)

そんな序盤のコメディチックなパートの後、ヘルクとヴァミリオは色々あって二人で旅をすることになるのだが…

生きたキャラクターが心を通わせるということ

あらすじを見ると、レベル99の勇者ということで「なろう系」の作品だと思われるかもしれない。しかし、レベル99の勇者が無双する快感というのは、本作においては大して重要な要素ではない。

陳腐な言い方になるが、本作が特に優れているのはキャラクターの魅力だろう。キャラクターの魅力と一言で言っても、七尾ナナキ氏の作品ではちょっと特殊なニュアンスがある。主人公のヘルクとヴァミリオを含め、多くの登場人物が素朴で真面目で優しいのだ。そして、これがツボに入る人にとってはたまらない要素であり、他の作家では代わりにならないと熱心なファンがつく要因なのだと思う。

ヴァミリオは生真面目な性格だ。ヘルクとともに旅をする道中で、ヘルクが魔界にとって脅威となりうるのか、それとも本当に魔界の一員になろうとしているのかを見極めようとする。仲間ではなく、監視役としての同行なのだ。

しかし、気さくで思いやりのあるヘルクと旅をつづけるうちに理解は深まっていき、そしてヘルクが自らの過去を語った時、二人の間には分厚い信頼関係が生まれる。そこから先は、ヘルクの苦しみを理解し支えようとするヴァミリオ、戦闘中にヴァミリオを気に掛けるヘルク、「お前にかばわれるほど弱くない、目的を果たせ」と返すヴァミリオといった、二人の関わりの全てが最高になってくる。この二人の、恋愛感情には一切つながらない、個人と個人としての信頼関係と思いやりが本当にもう最高なのである。

この作品はアプリ「マンガONE」における当時のコメント数の最高記録をたたき出したのだが、それはバトル回ではなく、ヴァミリオがヘルクの心に触れる回だった。

細部まで行き届いた世界観

何しろヘルクと七尾ナナキを推す記事なので、最重要ポイントを指摘して終わるわけにはいかない。ほかの魅力も挙げてみよう。

一つはしっかりとした世界観である。七尾ナナキはブログのタイトルが「基本ファンタジー」であることからもわかるように、ファンタジー世界に強いこだわりを持っている。そして、作品を読んでいるとわかるが、作者の脳内では表に出てくる情報以上に様々なキャラクターに細かい設定がされている。

おそらく、脳内で空想しているうちに世界観がどんどん広がり、キャラクターが勝手に動いて面白いことがいろいろ起きてしまうのだろう。だけど全てをダラダラ見せるわけにもいかないから焦点をしぼってネームを書いている。そんなタイプの作家なのだと思う。

なにしろ、連載はきれいに終わったものの、四天王は2名しか登場していないのだ。作者の脳内ではきっと細かくキャラクターも設定も決まっていたことだろう。でもヴァミリオとヘルクの物語に追加するには蛇足だったのだ。

高い画力

サムネイル画像を見ればわかる通り、画力も高い。とにかくヴァミリオがかわいいのである。作者はやや古典的なファンタジーの絵柄を好んでいるが、現代的な要素も取り入れて自分のものにしているのだろう。

独特のギャグセンス

また、ギャグセンスも独特である。セリフや無言コマなどを巧みにつかったシュールな笑いをちょくちょく織り交ぜてくる。特にピウイという謎の生物のシュールな言動は作品に彩りを添えることとなり、その人気からピウイを主人公としたスピンオフ漫画が連載されることになったほどだ。

惜しいポイントも

一方で、ヘルクは完全無欠の傑作というわけではない。惜しいと思うポイントがあったことも事実である。

一つは、悪役の方に十分な魅力がなかったことだ。なんというか、ヘルクやヴァミリオを描いてしまうのだから、七尾ナナキは本当にいい人なのだろう。だからこそ、魅力ある悪役を書くことが難しかったのかもしれない。

もう一つは、終盤の展開が詰め込みすぎになってしまったことだ。展開としては逆転に次ぐ逆転という形になるのだが、後出し感のある要素で展開が動いてしまうことも少なくなかった。おそらく、それらも後出しではなく、作者の脳内にある作品世界で実際に起きていたことなのだろう。

失礼を承知でいうが、七尾ナナキはまだ発展途上のマンガ家だと思っている。逆に言うと、今後大成してさらに名をあげる可能性は十分にある。

新連載の話

さて、淡々とした分析的な文章しか書けない自分が、なぜ特定の作品、作者を”推す”文章を書いているかというと、七尾ナナキ氏の新連載『異剣戦記ヴェルンディオ』が始まり、もうすぐ単行本1巻が出るからだ。

そう、被フォロー4の雑魚アカウントで、必死に応援しようとしているのである。

思えば、裏サンデー投稿トーナメントの時から、「登場人物がみんな素朴ないい人」というポイントに惹かれ、ずっと応援してきた。トーナメント2回戦で落選しそうになったときなんて、もう必死に投票した(12時間に1回の投票が可能だった)。

ヴェルンディオの連載の方は、物語が本格的に駆動するところまで進んでいない。現時点ではまだ「凄い作品だから買え」とは言いづらいのが現状である。

それに、悪役を魅力的に書けるのかという問題や、終盤を上手に構成できるのかという問題が解決されているのかも気がかりである。

それでも、作者が七尾ナナキである以上、生きたキャラクターたちが本物の信頼関係を築き、優しく心を通わせながら冒険していくことだけは間違いないのだ。そして、それだけで応援する価値があることはもう確定しているのである。

少しでも興味を持ってくれた読者がいれば、裏サンデーで無料公開中のヘルク序盤や、アマチュア時代の作品であるティアディウムなどに手をつけてもらえれば幸いである。

あるいは、七尾ナナキ作品の登場人物レベルに素朴で優しい人がいれば、何も言わず私を信じて単行本を買ってもらえれば幸いだ。

この連載が軌道にのり、作者の持ち味が発揮され、作品がイキイキとしてくるところを幸せに眺められますように。





※ ちなみに本記事のサムネイルはヴァミリオが料理対決の審査員に紛れ込んで酷評しようと試みたところ、本当に美味しかったため「んまい」と評価してしった名シーンがフリー画像としてリライトされて配布されたものである。

※※ ラストバトルの構成には難があったと思っているが、それでも最終回は本当に最高だったことを記しておく。

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