画像1 どうも壁というと「ぶち壊すもの」というイメージがつきまとうのは、人生の壁にぶち当たるのがデフォになっているせいか、、、ピンクフロイドの影響か、、、じんわりとぶち壊そうとする「雑草」に好感をもつ。
画像2 そう、こんな感じもいい。雑草が生える「隙」がある。人生の壁同様、じんわりぶち壊して、すっきりした気持ちになる日を夢見る。
画像3 たださ、壁自身も月日がたつと味がでてくる。こうなると流石に「ぶち壊す」ことに気が引けるな。おそらくは「ぶち壊した」あとには次に新しい壁が立ちはだかるばかりなので、「ぶち壊す」のも考えもの。
画像4 これは好きな壁。近所でみつけた誰も振り返らない壁だけど、しんみりじんわり語りかけてくるような気がする。壊れず壊されずずっと見続けていたい。
画像5 こんな風に壁に寄り添うこともよくある。ほんとぶち壊さなくてよかった、壁に寄りかかりじっと思案することで壁そのものを包み込むこともできるかも。
画像6 壁に影を落とす。壁がなければ影は見えない。
画像7 ときに進入禁止の影だったりするけれど、
画像8 それがなんでもない壁であっても、
画像9 ぶち壊さず、在るままに乗り越えれば、振り返ることもできるというもんだ。 いつでもその壁を確認できる。いつか包み込むことができる。いつか優しさが生まれる。

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