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I'm going to like me①

美人な彼女と、それと不釣り合いな彼氏のカップルを、世間では"美女と野獣"などと揶揄することがある。


そんな美女と野獣カップルを見ると、どんなブサメンでも美女と付き合うことができる…などと淡い幻想を抱きがちだが、実際はプロスポーツ選手だったり、企業の御曹司だったり、売れてる芸人だったりと、何かしらの付加価値がないと美女とは付き合えないものである。


その点、勉強もスポーツも並、顔はいいとこ中の下。


漫画やアニメで言えば友人Cくらいが精々な俺には、美女とのロマンスの機会なんて一生ないと思っていた。


そう、思っていたんだ。


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3月末日、夜22時頃。


下り方面の東西線の車内には、死んだ目をした仕事終わりのサラリーマンたちが散見され、いずれ自分もこうなるのか…と憂鬱な気分にさせられる。


そんな彼の名前は池田◯◯、先日高校を卒業したばかりであり、明日から大学生として新たな一歩を踏み出す予定の若者である。


そんな彼だが、今現在電車に揺られながら物思いに耽っていた。



(はあ…結局一度も彼女ができないまま大学生になっちゃったなぁ)


そう、◯◯はこれまでの人生で一度も彼女ができたことがなかった。


顔が特別悪いわけではないのだが、彼は卑屈な上にとにかく女性への免疫がなく、免疫がないから女性と話せない、女性と話せないから免疫が付かないという、負のループに陥っていた。


異性との会話すらままならなかった彼に彼女などできるはずもなく、気付けば彼女いない歴=年齢もネタにならないところまできてしまった。


(サークルとか入ったら少しは変わるのかな。…まあ、考えてても仕方ないけど。せめて来世はもう少しマシな顔と運を持って生まれたいものだなぁ)


そんな事を考えていると、何やら話し声が聞こえてくる。



「お嬢ちゃん、可愛いなぁ。ちょっとお喋りしようよ、な?」


「やめてください…」


見ると、酔っ払った中年のサラリーマン風の男が、大学生くらいの若い女の子に絡むという、絵に描いたようなナンパ現場が展開されていた。


(うわぁ、勘弁してくれよ…)


◯◯は心の中でため息をついた。


大事になって電車が止まろうものなら帰るのが遅くなるし、何より巻き込まれたくないという思いから、なるべくそちらを見ないようにしてやり過ごすことにした。



だが、男の行動は次第にエスカレートしていく。


酔っ払い「お喋りしようって言ってるだけで、お触りしてるわけじゃないだろ?ほら、こんな風にさ」


男は嫌がる女の子の腕や太ももを撫で回し始めた。


「やっ…やめっ…!」


女の子は必死で声を絞り出し、助けを求めるように周囲を見回すが、周囲の乗客は見て見ぬ振りをしていて助けに入る様子はない。


(うう、何なんだよこの状況…)


◯◯も正直関わりたくはなかったが、今にも泣き出しそうな女の子の顔を見ていてもたってもいられなくなり、つい反射的に声をあげてしまった。



◯◯「あの、やめましょうよ…!」


一瞬にして男の視線が◯◯の方に向く。


酔っ払い「は?何だお前?」


◯◯「いや、その…嫌がってるじゃないですか…」


酔っ払い「いやいや、お姉ちゃんだって喜んでるじゃねえか。な?」


そう言って太ももを撫で続けるが、女の子は泣きそうな表情で首をぶんぶんと横に振った。


◯◯「これ以上は駅員さん呼びますよ…」


酔っ払い「ちっ、うるせえなぁ…」



さすがにこれで引き下がるだろうと思ったが、男は予想外の反応を見せた。


酔っ払い「引っ込んでろ…よ!」


男は急に立ち上がると、叫びながら◯◯の襟元を掴みそのまま突き飛ばした。


背中から思い切り座席にぶつかり、鈍い痛みが走る。


◯◯「痛ってえ…」


酔っ払い「若造のくせに、何様のつもりだよ!?あ!?」


男は大声で怒鳴り散らすが、◯◯は痛む背中を擦りながら体を起こした。


◯◯「人に迷惑掛けといて何様もないでしょ…」


酔っ払い「何だと…!」



激昂した男が拳を振りかざしたその時、


一人の若い男が酔っ払いの腕を掴み、鋭い眼光で睨みつけた。


「おいおっさん、やり過ぎだ」


酔っ払い「ああ?関係ねえだろ!ガキが!」


若い男「こんだけ騒いどいて関係ねえはねえだろ。これ以上暴れると本当に人生終わるぞ?」


そう言って若い男は酔っ払いの腕を捻り上げると、その場に組み伏せた。


酔っ払い「がっ…!痛てて…!クソ!放せ!」


男は腕を捻られた痛みで顔を歪めながら喚き散らす。


次の駅に着くと、騒ぎを聞き付けた駅員や警察がやってきて酔っ払いを拘束し、駅員室へ連行していく。



「話が聞きたいから、君たちも同行してもらってもいいかな?」


警察がそう言うと、若い男が口を開いた。


若い男「あー…すいません、俺はちょっと人待たせてるんで、話ならそっちの彼に聞いてください」


そう言って、若い男は◯◯を指差した。


「ん?でも君からも…」


若い男「いや、急いでるんで。それじゃ!」


◯◯の方を見て手を合わせて謝るような素振りを見せながらも、若い男はその場をそそくさと去っていった。


◯◯(まじかよ…助けてくれたのはありがたかったけど、人に任せて逃げやがった…)


◯◯は仕方なく駅員室に向かい、事情聴取を受けることにした。





若い男「悪いな、待たせちまって」


若い女「ううん、平気だよ。やっぱり全然衰えてないね」


若い男「まあ…酔っ払ったおっさん相手だしな」


若い女「格好よかった♡あの時私のことを助けに来てくれた時のこと思い出しちゃった」


若い男「ん…そ、そうか…」


若い女「あれー?もしかして照れてる?」


若い男「…うっせえよ」


若い女「ふふっ、相変わらず素直じゃないんだから…」


二人の若い男女は、軽口を叩き合いながら帰路に就くのだった。


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◯◯「はぁ、疲れた…」


長い事情聴取を終え、解放された頃には0時を回っていた。


少し痛む背中を擦りながら駅員室を出ると、突然声を掛けられた。


「あの…」


声がした方を見ると、先程被害に遭っていた女の子が立っていた。


◯◯「あ…さっきの」


「はい…あの、本当にありがとうございました」


お礼を言う彼女は先程と比べると顔色も良く、すっかり落ち着きを取り戻したように見える。


◯◯「いえいえ、僕は何も。結局突き飛ばされてコケちゃいましたし…」


「それでも、一番最初に助けてくれましたから。私本当に怖くて…ありがとうございました」


◯◯「無事でよかったです。それじゃ…僕は終電があるので」


「あ…」


女の子が何かを言いかけていたが、◯◯は会釈をしてその場を後にした。





◯◯(はあ…今日は本当に災難だったな…)


◯◯は終電に揺られながら、今日の出来事を振り返っていた。


◯◯(もう疲れたし、家に帰ったらすぐに寝よう。明日は入学式だし…)



入学初日から遅刻するわけにはいかないので、◯◯は帰るや否や寝支度を整えてベッドに潜り込んだ。


微睡みの中、先程の女の子のことを思い出す。


◯◯(可愛い子だったな…)


控えめに言っても、彼女の容姿は目を引くものがあった。


長い睫毛に大きな瞳、ゆるくウェーブのかかった艶やかな黒髪が特徴的で、酔っ払った男が絡んでしまうのも分からなくなかった。


◯◯(でもあの子、どこかで見たことあるような気がするんだよなぁ…)


既視感を覚えながらも、睡魔がそれを搔き消していく。


◯◯(まあ、気のせいか…寝よう)


そして、ゆっくりと意識を手放していくのだった。




第1話 -完-

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