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とある若頭の高校生活⑤


珍しく遅い時間に事務所に顔を出した統


◯◯は事務所に住み込んでいるため、基本的に家では会わない


統が事務所にいる日中は◯◯が学校に行っているため、顔を合わせるのは久しぶりだった



統「学校の調子を聞こうと思って久しぶりに来てみたら、どうしたんだあいつ?」


そこには死んだような顔をしながら、ぶつぶつとうわ言のように呟いている◯◯がいた


岡「ああ…実はな…」


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◯「…なぁ、テストって大事なやつか?」


日「まあ期末テストだからね。これから受験が始まる僕たちにとっては大切なテストだし、成績によっては留年の可能性もあるよ」


◯「留年?」


日「そう、もう一回3年生。簡単に言えば卒業できないってことだよ」


◯「卒業できない!?」


日「まあそれってあまりにも悪かったらの場合だから。普通に勉強してれば大丈夫だと思うよ」


◯(やべえぞ、卒業できないなんて冗談じゃねえ)


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統「なるほどな、テストか。まともに学校に行ってなかった◯◯にとっては厳しい問題だな」


岡「ああ。やっとクラスメイトとも仲良くなって来たみたいだが、こればっかりはな…」


相変わらず授業の内容はさっぱり分からず、家庭学習も小学校高学年レベルにようやく差し掛かったところだった


岡「深川さんに頼んで何とかしてもらうことってできないのか?」


統「無理言って入れてもらったんだ、これ以上迷惑は掛けられない。〇〇が乗り越えるしかないさ」


◯(ちくしょう、こうなったらあれしかねえ)


◯◯は何かを思い付いたようだった


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◯「頼む勇紀!テストの時答え見せてくれ!」


◯◯が思い付いた策とはカンニングであった


しかし、


日「……ごめん。いくら◯◯の頼みでも、それは聞いてあげられないよ」


あっさり断られてしまう


◯「お前確か頭良かっただろ?頼むよ、今回のテストに俺の人生がかかってるんだ」


日「それは僕だって同じだよ。今回のテスト次第で、推薦がもらえるかどうかだって変わってくる。◯◯だけじゃない、みんな必死なんだ」


まだ授業前だというのに、クラスメイトのほとんどが自主的に勉強をしている



日「……申し訳ないけど僕も自分のことで精一杯だし、そんな危ない橋は渡れないよ」


◯「……そうか、悪かったな無理言って」


日「それに◯◯は、◯◯だけは、そんな卑怯な真似しないと思ってたよ。少し幻滅した」


日村はそう言うと、自分の席に着いた



◯(なんなんだよ、確かに無理言った俺が悪かったけど、普通あそこまで言うか?)


自分をいじめから救ってくれたことや、身体を張って生田を助けたことで、いつしか日村にとって◯◯は英雄的存在になっていた


だからこそ余計にショックだったのだろう


それ以来、◯◯と日村は気まずい雰囲気であまり話すことはなかった


最後の望みも打ち砕かれ、テストへの不安とモヤモヤした気持ちを抱えたまま、期末試験当日を迎えてしまった



◯◯は文系クラスなので、試験は文系科目の5教科のみである


初日が古典、政治経済、日本史の3教科


2日目が英語、現代文の2教科である


いつになく真剣なクラスメイトたちの雰囲気を肌で感じながら、回ってきた解答用紙と問題用紙を後ろに回す


試験監督の始めの合図とともに一斉にペンを走らせるクラスメイトたち


◯◯も問題を確認するが、案の定全く分からない


数分ほど呆然としていた◯◯だったが、ようやく正気を取り戻した


◯(……落ち着け。問題は全く分かんねえけど、ラッキーなことに記号から選ぶ問題が多い。この問題は…これだ)


◯◯は問題を無理に解こうとするのではなく、これまで数々の修羅場を潜り抜けて来た自分の勘というものを信じることにした


初日は比較的選択問題が多く、解答欄をかなり埋めることができた



そして2日目


◯(今日も頼むぜ、俺の勘)


意気込んで臨もうとするが、問題用紙を裏返した◯◯は唖然とした


◯(おい、選択問題がねえぞ)


用紙をいくらめくっても選択問題はほとんど見つからない


今日の科目は英語と現代文で、記述中心の出題だった


絶えず聞こえ続けるクラスメイトがペンを走らせる音


いくら眺めても全く解けない問題


何もできず呆然としていると、チャイムが鳴り試験が終わってしまった


試験が終わって盛り上がるクラスメイトたちをよそに、◯◯は完全に憔悴し切っていた



後日、試験が返却された


良い成績に歓喜する者、悪い成績に落ち込む者とさまざまだったが、問題の◯◯は職員室に呼び出された


衛「……ある意味、凄い成績ね。解答欄で埋まっているのは選択問題だけ。それで2教科赤点を回避できたのは奇跡よ」


そう、初日の古典と政治経済は赤点のボーダーである30点を超えていた


衛「でも結果赤点3つ。惜しくも28点だった日本史はともかく、他の2教科はひと桁。これじゃ卒業はさせられないわね」


◯「そんな…」


組長になる夢をこんなところで断たれる訳にはいかない、◯◯は生まれて初めて人に頭を下げた


◯「先生、お願いします。俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。もう一度、チャンスをください」


衛「……話を最後まで聞きなさい。他の先生方にお願いして、追試を行うことになったわ。1週間後、それまでに勉強して、追試を合格するのよ」


◯「追試……」


衛「確かにあなたは勉強が苦手なのかもしれない。でもこれまでだって不可能だと思われたことを可能にしてきたでしょ?……大丈夫、私は信じてるわ」


◯「先生…」


衛「それに、今度はあなたを助けてくれる味方もいるみたいだしね?」


◯「え?」


衛藤が職員室の扉を開けると、そこには◯◯を心配して盗み聞きする一人の生徒がいた


◯「勇紀…」


日「あの…」


◯「…この前は悪かったな。俺以外だって当然本気なのに、無関心なこと言って」


日「いや、僕の方こそごめん。勝手に◯◯を誤解して酷いことを言った」



日「そのお詫びといってはなんだけど、一緒に追試の勉強でもする?」


◯「良いのか?」


日「うん。僕はもうテスト終わったし、今度は僕が◯◯に恩返ししたい」


◯「…サンキュ、助かるわ」


日「その代わり、厳しくいくけど大丈夫?」


◯「ああ、覚悟はできてる」


この一件があって二人の仲は元通り、いやそれ以上に回復した


そしてこの日から1週間、追試に向けた猛勉強が始まった


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日「追試は英語、日本史、現代文の3科目だね。うーん、とりあえず英語からやろうか」


◯「よっしゃ」


日「一応聞くけど、さすがにアルファベットは全部言えるよね?」


◯「舐めんな!さすがに言えるわ。A B C D E F G」


日「いいよ、はい続き」


◯「H I J K L M S」


日「◯◯、それじゃポテトのサイズみたいになってるよ…」



日「じゃあこの単語読んでみて」


◯「は!?こんな単語本当にあんの?」


日「あるよ?とりあえず読んでみて」


◯「だってこれ、"ウンコー"だろ?」


日「いや、"アンクル"だから!何その汚らしい単語!」

※uncle 叔父・伯父の意味


終始こんな感じで進みながらも、◯◯は真剣に勉強に取り組んでいた



学校でも休み時間を利用して勉強に励む


日村だけでなく、同じく成績優秀な生田も勉強を教えてくれた


思っていた以上に◯◯はクラスに溶け込んでいたようで、予想外の人物の協力もあった


◯「あーくそ、こんな覚えられねえよ!」


日「どうしても日本史は暗記が多くなるからね、こればっかりは仕方ないよ」


「あの、設楽くん」


そこにいたのはクラスでも随一の秀才、久保史緒里だった


日「久保さん?どうしたの?」


久「これ、良かったら使って?」


それは日本史の流れがまとめてあるノートのコピーで、ユニークな語呂合わせなど、◯◯でも分かりやすいようなものだった


久「役に立つかは分からないけど」


◯「いやめちゃめちゃ分かりやすい!ありがとう、助かるよ」


久「そう?よかった。どうせならクラスみんなで卒業したいし、こんなことしかできないけど、追試頑張ってね」



ありがたいことに、協力者は久保だけではなかった


◯「読解力を付けるためには本を読め、か。そんなこと言われても何から読めばいいのか全然分かんねえ」


図書室に来ていた◯◯は、一人の女子生徒に話し掛けられた


「何か探してるの?」


◯「え?あーえっと…あんたは?」


「齋藤飛鳥。一応クラスメイトなんだけど」


◯「あ、悪い。実は追試があって読解力を付けるために本読めって言われたんだけど、何読めばいいか分かんなくてさ」


飛「…なるほど、事情は分かった。ちょっと待ってて」


そう言うと飛鳥は本棚の方に行って、3冊ほど本を選んできてくれた


飛「これならそんなに長くないし、読むことの練習にもなると思う」


◯「おお、ありがとう。助かったよ齋藤さん」


飛「……でいい」


◯「え?」


飛「呼び方、飛鳥でいい。…追試頑張れ」


飛鳥はそう言って立ち去っていった



◯「なんか、凄え色んな人が協力してくれてるなぁ。衛藤先生、勇紀、絵梨花、そして久保さんに飛鳥か」


クラスメイトたちのサポートの裏には、紛れもなく◯◯がこれまでやってきたことの成果があった


いつの間にか立派な"A組の組長"になっていた


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そしていよいよ追試当日を迎えた


帰り際に日村や生田をはじめとした色々な生徒が声を掛けていってくれた


日「それじゃ僕たちは帰るね、追試ファイト」


白「しっかりね!」


生「◯◯、頑張ってね!」


◯「ありがとう、気をつけて帰れよ」


3人だけでなく、山下や梅澤、久保も声を掛けてくれた


飛鳥も直接声を掛けることはしなかったが、目を合わせコクンと頷いてくれた



クラスメイトもみんな帰り、教室には◯◯と衛藤の二人だけになった


衛「1週間あっという間だったわね。どう?自信の程は」


◯「正直自信とかは分かんないっす、たった1週間勉強しただけだし。でもこれはもう俺一人の問題じゃない。こんな俺に付き合ってくれたみんなのためにも頑張りたい」


衛「うん、良い顔してる。それじゃあ、試験やりましょうか」


◯「…はい、よろしくお願いします」


衛「英語、日本史、現代文の3科目で、1科目50分で行います。それでは…はじめ」


◯◯はこの1週間の成果をフルに発揮した


前回のように選択問題だけでなく、記述問題もある程度書くことができた


もちろん分からないところもあったが、なんとか解答欄を埋めようと努力した



そして、


◯「終わった…」


衛「お疲れさま。採点して、結果は明日伝えることになるわ。今日はゆっくり休んで、また明日学校でね」


◯「はい、ありがとうございました」



◯(正直解答欄を埋めることに必死で、答えが合ってるかどうかなんて分からねえ。でも今、なんか少しだけ清々しい気分だ)


そんなことを思いながら学校から帰っている◯◯の前に、一人の男が現れる



「よう設楽、久し振りだな」


◯「…藤森か」


藤「随分お疲れのようだな。っていうか何だその格好は?」


◯「見りゃ分かんだろ、制服だよ。17が高校行ってて何かおかしいか?」


藤「いや、おかし…くはねえか」


◯「だろ?そんで、今日は何の用だ?」


藤「たまたま通りかかっただけだ。せっかく会ったことだし、そろそろ決着でもつけとくか?」



ついに二人の因縁に終止符が打たれる、かと思われたが…


◯「悪いな、今日は止めとくわ」


藤「は?らしくねえな、あの喧嘩だけが取り柄だったお前が乗ってこねえなんてよ」


◯「さっきまでとんでもない強敵と戦っててな、今日のところは勘弁してくれ」


藤「…お前、なんか雰囲気変わったか?」


◯「…かもな。色んなことがありすぎて、毎日必死だよ」


力だけが正義、喧嘩しか脳のないまさに狂獣といって差し支えなかった◯◯の変化に、藤森は驚きを隠せなかった



藤「…そんじゃ俺は行くぜ。せいぜい他の誰かに首取られねえように、気をつけるこったな」


◯「ああ、お前もな」


前回会った時は一触即発だった二人だが、今回は割と良好そうな雰囲気に見えた


しかし、◯◯と藤森の決着はそう遠くないうちにつけられることになる


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次の日、追試の結果を聞くため◯◯は職員室に来ていた


衛「来たわね。それじゃ、答案を返却するわ」


◯◯は衛藤から手渡された答案を、緊張しながら受け取った


衛「よく頑張ったわね、設楽くん」


確認すると、3教科全てが赤点のボーダーラインである30点を超えていた


◯「っしゃあ!」


本試験の時とは異なり、ちゃんと問題を解くことで得た結果に◯◯は喜びを感じていた



衛「ふふ、教室に戻って報告してあげなさい。みんな待ってるわよ」


◯「あ、そうだった!それじゃ先生、失礼します!」


◯◯は慌ただしく職員室を後にした


衛「こら!廊下を走らないの!…まったくもう。でも、お疲れさま」



教室に戻って勇紀たちに報告すると、みんな自分のことのように喜んでくれた


◯◯は今回の一件で知ることの楽しさを知った


追試に向けた勉強の成果か、授業がほんの少しだけ理解できるようになり、あれだけ嫌いだった授業もどこか楽しく感じるようになった


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それから時が過ぎ、あっという間に夏休み前最後の登校日を迎えた


衛「えー明日から夏休みです。受験生だからといって、とにかく勉強しろだなんて言いません。高校生活最後の夏休み、恋に遊びに勉強に悔いがないように過ごしてください」


「はーい!」


◯「恋、ねえ…」


衛藤の話を聞いて◯◯は無意識に生田に目を向けるが、不意に目が合って逸らしてしまう


◯「…まさか、な」


まだ自分の心の中にある感情の正体に気付いていない◯◯だった





突如現れた◯◯の秘密を知る人物


長きに渡った因縁、宿敵との決着


そして鈍感野郎の恋の行方


全てがこの夏休みに凝縮されているなど、今は誰も知る由も無かった



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