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太陽は夢の背中を押す


中学3年生のある夏の日


この日は学校説明会のため、志望校の一つである乃木坂高校へとやってきていた。


説明会を終え、なんとなくグラウンドを眺めていた俺は、1人の女子生徒に目を奪われた。



照り付ける太陽の下、汗だくになりながらも献身的に部員にドリンクを配っていたその人の笑顔は、



太陽よりも眩しかった。



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あれから2年の月日が経ち、俺は高校2年生になっていた。


結局、俺は乃木坂高校に入学した。


家から一番近かったということもあるが、あの日見た女子生徒のことが目に焼き付いて離れなかったのが正直な理由だ。


「はい、◯◯くん。今日も頑張ってるね」


そう言ってドリンクを手渡してくれたのは、俺があの日見た憧れの人。


陸上部のマネージャーである一つ上の先輩、山下美月さんだ。


「あ、美月さん、あざっす!」


「調子良さそうだね!これはインターハイ予選も期待できそうかな?」


「はい、美月さんのおかげで頑張れてますから!」



俺は高校入学後、陸上部に入部した。


中学時代はサッカー部でベンチを温めていたが、元々走るのは部内で一番早かったので、こっちの方が性に合っている気がした。


そして、俺はあの日からというものの、この美月さんに恋をしていた。


元々一目惚れではあったが、一緒に過ごしていくうちにその想いはどんどん強くなっていくのだった。



「あはは、相変わらず口が上手いね君は。この後も頑張るんだぞ?」


「はい!」



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今日も美月さんのおかげで練習に気合が入った俺は、その勢いのまま部活を終え、帰路についていた。


もうすぐインターハイ予選がある。


3年生の先輩方にとっては最後の大会になる。


そう、つまり、美月さんもこの大会を最後にマネージャーを引退する。


別れの刻はもうすぐそこまで迫っていた。



美月さんとの日々は全て昨日のことのように思い出せる。


入部したばかりで分からないことばかりだった頃、気さくに声を掛けてくれたこと。


全体練習終了後も残って自主練をしていた俺を、終わるまで待ってストレッチに付き合ってくれたこと。


新人戦で関東大会への出場を決めた時、自分のことのように喜んでくれたこと。



俺は決意していた。



美月さんを必ずインターハイに連れて行こう。


そして、インターハイ出場を手土産に、美月さんに告白しようと。



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あっという間に月日は過ぎていき、インターハイに繋がる南関東大会の日を迎えた。


「◯◯くん、頑張ってね!みんなも応援してるから!」


そう言って俺の背中を押すのは、美月さんだ。


うちの陸上部は特段強いというわけではなく、決勝に進めたのは100m走で出場している俺だけ。


他の部員はスタンドから応援の声を飛ばしてくれている。


「ありがとうございます!」


俺は、美月さんに見送られながら入場した。



「「「ワアァァァァァ…!!」」」


さすがに決勝ともなると会場のボルテージが上がり、声援もケタ違いだ。



(くそ……緊張してきたな)


決勝の空気に吞まれそうになるが、何とか気合を入れ直す。


(こんな俺の面倒を見てくれた先輩方のため、そして美月さんのため……絶対インターハイに行くんだ……!)



On your marks…


(集中しろ……)


Set……


(誰よりも速く!)


パァン!!!



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大会終了後、俺は会場の外のベンチで1人佇んでいた。


「……こんな所にいたんだ。もうみんな帰っちゃったよ?」


「……」


その声で美月さんだと分かったが、顔を上げられなかった。



なぜなら、俺は泣いていたから。



「……カッコ悪いですよね。インターハイに出るなんて言っておきながら、フライングで失格だなんて」


そう、俺はスタートでフライングをしてしまい、失格となっていた。


決勝の空気の中、とにかく速く走ろうと気持ちが前のめりになり過ぎた結果だった。



「カッコ悪くなんかないよ」


美月さんは俺の横に座り、優しく声を掛けてくれた。


「勝つ為にギリギリを攻めた結果でしょ?3年生もみんな言ってたよ、俺たちの分まで背負ってくれて嬉しかったって」


(違うんです……俺はただ……)


「みんなの思いを背負ってくれてありがとう。君には来年があるでしょ?」


そういうと、美月さんは俺の頭を優しく撫でてくれた。


(ああ……やっぱり好きだなあ)


美月さんの優しさを感じながら、俺はそう思った。



「……違うんです」


俺がそう言うと、美月さんは俺から離れた。


「来年じゃダメだったんです。来年じゃもう、美月さんはいないから。どうしても約束通り、美月さんをインターハイに連れて行きたかったんです」


「約束って……」


美月はある日の会話を思い出していた。



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「私ね、当初は茶道部に入ろうと思ってたんだ」


「え、そうなんですか?どうしてマネージャーに?」


「たまたま部活見学の時に見たマネージャーの先輩が凄く輝いて見えたの。その時思ったんだ、少しでも私のサポートが力になって全国に行けたら、漫画みたいで素敵じゃない?」


「確かに……。でもうちの陸上部で全国に行ける人なんて……」


「だから君には期待してるの!大丈夫、私、見る目はあるんだから!」


「ははっ、あざっす!じゃあ俺、美月さんのこと全国に連れて行きますね」


「ありがと、約束ね?」



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「あんな約束……覚えててくれたんだ」


「……本当は俺、インターハイに出られたら、美月さんに告白しようと思ってました。でも、約束を守れなかった」


「……」



「1年間待たせることになっちゃうけど……来年のインターハイに出場できたら、その時は俺と付き合ってくれませんか?」



(言ってしまった……!どうだ……?)


俺がおそるおそる顔を上げると、美月さんは静かに涙を流していた。



「本当にずるいね君は……伝えるだけ伝えて先延ばしにするなんて」


「……すみません」



「私、結構モテるんだよ?」


「……分かってます」



「でも、1年だけ待ってあげる。約束を守ろうと頑張ってくれたから、特別だよ?」


「先輩、それって……」


俺がそう言うと、美月さんは優しく微笑んだ。


「うん、待ってるね」


「はい……!」



夕焼けが照らす二つの影は、ゆっくりと一つに重なった。



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あれから1年後、俺はあの日と同じように、決勝のフィールドに向かう。


1つだけ違うのは、声を掛けて俺の背中を押してくれたあの人はここにはいない。


だがきっと、スタンドで見守ってくれている、そんな気がする。



俺がスタートラインに立ったタイミングで、スタンドから「頑張れ!」という大きな声が聞こえた。


何度も聞いた、安心感のある声だ。


あの日とは違うが、あの日と同じように熱くなる心を抑えながら準備をしていく。



(美月さん、後ほんの少しだけ待っててください)


心の中でそう呟く。



On your marks…


Set……


パァン!!!





スタートの合図から十数秒後、スタンドに向かって拳を突き上げた先には、やはりあの日と変わらない、太陽のような笑顔があった。



太陽は夢の背中を押す -完-

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