「図書館の文庫本貸出中止」で市場は縮小する

図書館での文庫本貸出中止を文藝春秋の松井清人社長が要請することがわかった。貸出数の4分の1が文庫を占める地域もあり、市場縮小の一因であるとの主張だ。

まったく逆だ。図書館の貸出は、市場拡大に大いに貢献している。iPhoneとかのアプリでよくある「最初は無料だけど、ここからは有料で」といった「フリーミアムモデル」と一緒だ。このモデルは、利用者層の拡大に抜群の効果がある。無料だから、利用者は基本的に損はしないからだ。「使ってみる」の障壁が、かなり低い。最初から有料では利用者層は拡大しない。図書館とは、ITが発達する前からフリーミアム戦略を実践した、先人たちの知恵なのだ。

文庫本600円。厚生労働省が発表している東京都の最低賃金は958円。文庫本は約38分の価値となる。図書館へ片道20分かかるなら、文庫本を定価で買った方が取引コストは安い。今はAmazonもあって、1クリックで本が注文出来る。図書館に行くくらいなら、買ったほうが経済合理性が高いことに気づく。「本は買うもの」という読者層へシフトする。これが図書館の存在意義だ。

ぼくが本を読むようになったのは、小学校の図書室の存在が大きい。休み時間に偉人伝や図鑑、児童小説等に触れた。父と一緒に本屋に行った際に、図書館に無かった同じシリーズの本を発見し、買ってもらう。読み終わると、また次が読みたくなる。こうして、興味が広範囲に広がる。今では本屋全体が興味の対象で、月に15万円以上は書籍代に消える。もし学校に図書室がなければ、本との接点が全く無いので読者層にはなりえなかったと思う。

目先の「無料」に目くじらを立てるのはナンセンスだ。世の中には「完全な無料」は存在しない。駅前で配られるティッシュも完全な無料じゃない。通行人にとっては無料だが、広告主から広告料が発生している。トイレットペーパーが無いトイレに入ってしまった人へは1000円でも売れるだろう。

今回の議論は、通行人目線でしかなく、狭い意見だな、と感じてしまう。ましてや、本のプロである文藝春秋の社長の発言だ。政治的要因や、何かしらの背景があって強制的に発言させられたのではと疑うレベルだ。何れにせよ、文庫本の貸出を中止すれば、市場縮小は加速する。自分で自分の首を締める茶番を見ているようで、本好きとしては複雑な心境だ。

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