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創作小説 散歩する妊婦

 大学進学で上京したから、こんなに長く名古屋の実家で過ごすのは十四年ぶりになる。その間に名駅の銀のぐるぐるモニュメントはなくなり、久屋大通公園におしゃれな商業施設が出来て、市役所駅は名古屋城駅になった。高校生の頃に通っていた本屋が数件閉店していたことも、私の中では大事件だった。なくなっていくもの、新しくうまれるもの、最近のこの街は変化が著しい。
「ハルちゃん、少しは運動したら?明日から、臨月でしょ?体重十キロ以上増えているって祐一さんから聞いたわよ」
 初めての出産、心配性な夫の勧めで予定日二か月前から名古屋に里帰りしている。一ヶ月の間実家で寝てばかりいる私に母が今朝言ったのだ。そこで私は自宅から歩いて十分の名城公園に散歩に来た。母親から金シャチ横町のことは聞いていたのだけど、いざ訪れるのは初めてだった。運動しに来ているから、もちろん立ち寄るわけにはいかないけれど、美味しそうな飲食店ばかりだった。大きなお腹で散歩するのは一苦労で息が上がってしまったので、ベンチに座り紅葉した木々を眺める。秋の晴天、平日の公園は母親と子供で賑わっている。もうすぐ私もそちら側になるなんて考えられない。
「はい」
突然、三歳くらいの女の子に落ち葉を差し出された。驚きつつも、微笑みながらそれを受け取った。母親らしき人が慌てて近づいてきて私に会釈をし、女の子の手を握った。
「お姉ちゃんにバイバイって」
 私より若いかもしれない母親がそう言うと、女の子は
「赤ちゃんと赤ちゃんのママ、バイバイ」
と言った。
「ごめんなさい。最近私の妹が出産して妊婦さんが気になるみたいで」
 
 二人が去った後、私は自分の膨らんだお腹に手を当てる。
「お姉ちゃんが、バイバイって。私のことを赤ちゃんのママだって」
 自分でも驚くほどその声は優しかった。私は立ち上がる。変わっていく街や自分に寂しさと不安もあるけれど、楽しみながら進んでいく。


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