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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 88&89

【前回】

●88
 その賭けはどうなったか。
 
 俺たちは、コロラドの小さな田舎町の隅っこにある、小さな墓場そばのでかい岩の後ろに隠れていた。
 ブロンドはハニーがぽつりと洩らしていた生まれ故郷の町の名前をきっちり覚えていた。
「貧乏な町でさ、逃げるように出ていっちまったけど、懐かしく思ったりもするよ」
 という呟きも記憶していた。
「当たり前のことだろう。俺の女だぞ?」とブロンドは男前なんだか気味が悪いんだかわからないことを言った。
 俺には確証があったし、他の5人も口には出さなかったが「あのジョーならそうするだろう」と思っているに違いなかった。だからここに網を張ることに反対する奴はいなかった。
 正しいと思っていることをやる。それがジョーだった。立派だが、この土地ではそんな甘い考えは命取りになる。そう、こういう風に。
 銃を扱える3人と、とりあえずは、といった程度には銃器の使えるトゥコの4人で来て、野宿と待機も今日で2日目だった。
 ダラスはともかく俊敏なウエストも欲しいところだったが、奴はあの日からすっかり暴力から縁遠くなってしまっていた。「仕事」にも何かにつけてあまり参加せず、寂しそうな背中でバーの店内外の掃除ばかりしていた。
 昼過ぎ。乾ききった風がヒューヒュー言うばかりだった。他には何もない土地だ。俺は地面に生えたなけなしの枯れ草をちぎって、その乾いた風に散らした。
 ふと「どっちだか」に行く途中の荒野を思い出した。あの時と似たような思いに囚われた気がしたが、それがどんな思いだったか忘れてしまっていた。
 いっそのこと来なけりゃいい、なぜかふとそんな気持ちがよぎった。
 こっちは15万をあきらめて金を奪う暮らしに戻り、あちらさんはハニーの埋葬をあきらめてこのあたりから離れて──
「来たぜ」トゥコが隣で呟いた。「本当に来やがった。へへ、バカな野郎どもだ」
 岩陰から顔を覗かせて遠くを見れば、ご丁寧なことにジョーと仲間の5人が馬で歩いてきていた。馬に車輪つきの板を引かせているようだった。まだよく見えないがその上には棺桶がくくりつけてあるはずだ。
 タイミングは最悪だった。せっかく俺がこんな気分になっていたというのに。本当にバカな、バカなほど真面目な野郎どもだ。
 来てしまっては見逃す手はない。その選択肢はもはやなくなってしまった。
 15万ドルがあっちからトボトボ歩いてくるのだ。俺に、俺たちにそれを見逃すことはできなかった。



●89
 馬は遠くに繋いである。向こうが俺たちの存在を知っている可能性はゼロだ。あとはいつ、このでかい岩から身を躍らせてジョーの眉間に向けて引き金を引くかの問題でしかなかった。
 この岩陰から墓場までは50歩ないほど。モーティマーの腕ならまず即座に1人は殺せるだろうが、そこからが問題だ。
 俺たちはハニーを狙った日のあの仲間たちを覚えていた。よほど慕われているのか忠実なのか、がっちり組むようにハニーを囲んで守っていたあの6人。あの結束ぶりを今回もジョー相手に見せつけられることは想像に難くなかった。
 あっちもプロだしここはだだっ広い荒野だ。しかもこっちは飛び出してから遮蔽物がない。その点向こうは墓石やら棺桶やらがありそこに身を隠せる。
 機会対環境。まず五分五分の勝負といったあたりだろうか?

 まるで本当の埋葬のようにゆったりと、ジョーたちは墓場へとたどり着いた。
「どうするよ。いつおっぱじめるよ?」とトゥコがソワソワしながら言う。俺が思案しているとモーティマーが短く言葉を切りながら答えた。
「馬から降りて、穴を掘って、棺桶を埋めてから、おそらく全員で祈る。その時だ」
 なるほどその時なら棺桶はなく、馬からは離れていて、そして心は哀悼の念に包まれているだろう。やはりこういう場面での狙撃手は判断が早い。
「ではもうしばらく待つわけだな」ブロンドが呟いてちらりと墓場を見やってから、おいおい、と呆れた声を出した。
「あいつら、墓石まで用意してきたぞ」
 俺も顔を出した。仲間たちが棺桶を丁寧に降ろしている合間に、ジョーがひと抱えに足りないくらいの石板を持ち上げるのが見えた。
 ジョーはひどく悲しそうな顔で石板の表面をしばらく眺めていた。たぶん「ハニー・ウェルチ ××××年~××××年」などとお定まりのことが書いてあるのだろう。あとはせいぜいが「安らかに眠れ」くらいか。パートナーとは言え、ベタベタと墓碑銘を書くような性質だとは思えなかった。
 奴らが全員で穴を掘って、縄でゆっくりと棺桶を下ろし、土をかけて、その上に墓石を乗せるまでを、俺たちは参列者のように見守っていた。

 時折鳴く風の他には、音は聞こえてこなかった。何も。

 ジョーを真ん中に、周りの4人の男どもがかしこまって、墓石の前に立った。帽子をかぶっていた奴が3人それを取り、胸のあたりに持ってきた。
 祈っている。
 ──そう、今こそ、その時だった。

【続く】

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