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堀川・さくら夢譚12

店の後継ぎとなる婿は、これより二年前に清須越をしている大店、大野屋の二男である。ふたつの店が手を取り合って名古屋の町を盛り立てていこう、と去年の暮にめでたい話がまとまったのである。白無垢姿の名桜は、以前とは別人のような風情で、しっとりと美しい花嫁になっていた。恥ずかしそうに俯き、ときおり花婿の茂平に視線を向けると艶やかに微笑んでいる。源右衛門が「一世一代の嫁入りをご城下堀川でお見せする。大野屋と御国屋の名を知らしめる祝い舟である」と宣言したこともあって、名桜の気持ちも自ずと高まり、その美しさに磨きをかけてきた。舟上の舞台は名桜の輝きをいっそう盛り立て、行き交う人々を驚嘆させるものとなっていた。名古屋の婚礼道具は派手である、紅白幕をかけたトラックが列をなして運んでいく、などと後世で多くの人に知られた名古屋の嫁入りであるが、慶長遷府のころから源右衛門のようなアイデアマンがいたとしてもなんら不思議はないだろう。  花嫁を乗せた舟を見つめる群衆の中に、佐平次はいた。名桜ももちろん、弥助も気がつかなかったことである。名桜の願掛けが胸に深く刻まれた佐平次は、一年前に船頭をやめ、日置橋のあたりで木工細工の仕事についていた。手先が器用な佐平次は重宝がられ、桜花弁の簪(かんざし)も作っていたとか。 御国屋が碁盤割の一角に店を構えて一月後、その簪をおさめる職人はぷつりと姿を見せなくなった。その年は、葉桜が散るのも早かったという。                               (了)

* この物語は資料等を参考にした創作で、登場人物は架空のものです。

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