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「くれない」に染まったこの俺はもう一人で歩けない

ファーストペンギンの孤独

集団で行動するペンギンの群れ。そしてその群れから飛び出し、新天地へと向かう「ファーストペンギン」。やがて群れはファーストペンギンを追いかけてゆくーー。

人間の世界にもファーストペンギンは居る。組織の引力を振り切り、新しい取り組みを始める人。自分がうまくいった体験をもとに周囲へ薦める人。乗り気になった周囲がうまくいくことを助ける人。こうして組織は変革してゆく。

けれども。

実際、そううまくいくことは多くない。

変革を進めたいファーストペンギンから相談を受けることがある。
なかなか変革が進まない、どうしたらいいか。反発こそされないが、受容もされない。どのように変革を進めたらいいだろうか、と。そう、ファーストペンギン、変革者はいつも孤独なのだ。

「くれない」

孤独なファーストペンギンたちは言う。

「〇〇してあげたのに XX して "くれない"」
「自ら学習して "くれない"」
「自分以外誰も動いて"くれない"」

・・・


「くれない」だァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

そう、彼らは他者が何かをして「くれない」ことを嘆いている。自分が献身的に努力しているというのに、のれんに腕押しなのだ。糠に釘なのだ。なんでわかってくれないんだ。と、クァーーーッ!!と嘆いてしまうのだ。

返報性の原理の誤謬

「せっかく○○してあげたのに…!!」この感情が沸き立つ気持ちはよくわかる。ビジネスパーソンの間に流布している「返報性の原理」によれば、何かよい行いをされた人はお返しをしなければならない気持ちになるらしい。それなのに、よい方法論を教えた自分へのリターンがない。それも自分が求めているリターンは自分へのものではなく、その方法論を広めるという利他的なものなのだ。それがなぜわからんのだ!

しかし、ちょっと考えてみてほしい。その「よい方法論」は、相手にとってよいものなのだろうか。よしんばいいものだったとして、相手は「よいもの」だと思っているのだろうか。

頼まれてもいない啓蒙活動を行い、それが受け入れられない。それが「くれない」族の嘆きを呼び起こす。

もうひとりで歩けない

周囲が動いてくれないあなたは、それでも前に進むことを止めないだろう。それはそうするべきだ。自分がやるべきだと思うことを推し進める。そうすることでスキルが付くし、実績も伴ってくる。

しかし、ここで先行者特有の悩みがあなたを襲う。

「〇〇さん だからできるんだよ」
「〇〇さん よりうまくできないから任せます」

なんということだ。頑張れば頑張るほど周囲との間に距離が開き、ある種の神格化がなされ例外扱いされる。普及させるために成果を出すことに腐心し、普及させるために発信してきたというのに、ことここに至って「あなただからできるんだよ」とは。

そもそも、あなたがやろうとしている変革は、一人でできるものではない。たった一人の人間でチームや組織を変えていけるわけがない。なぜか?それはあなたが坊やだからではない。変化の主体はチームであり、組織だからだ。

それなのに孤軍奮闘を強いられていると、いつしか「もう一人で歩けない…」と心が折れてしまいかねない。

「くれない」族を抜け出すには

人間、自分がよかれとおもってやったことにリアクションがないと「せっかくしてあげたのに・・・」と思ってしまうのは仕方のないことだ。筋肉少女帯も歌っていた、「良かれと思ってしたことが誤解を招いてそりゃないぜ」と。

けれども、ダメダメ、すねてちゃ駄目ですよ。あなたがやるべきは「善意に応えてもらう」ことではない。なすべき変革をなすことだ。そのためには「くれない」族から抜け出さなくてはならない。

なぜ、私は貢献したというのにお返しをして「くれない」のだろう。
なぜ、自ら学習して「くれない」のだろう。
なぜ、自分以外誰も動いて「くれない」のだろう。

みもふたもないことをいうと、そんなことわからない。わかりっこない。他人なのだから。我々にできることは観測に基づいた推測だけだ。確かにそこには「○○してくれない」という事実は観測できる。けれどもそこからあなたが推測した「興味がないんだ」「やる気がないんだ」は推測でしかない。事実ではない。だから、「くれない」の理由を探ったところで詮無いことなのだ。

ここでひとつ、自己啓発本などでもよく言われているようなことをいう。

「他人を変えるより、自分を変える方がずっと簡単だ」

胡散臭く感じるかもしれないが、これは真理だ。だって自分は自分にとってアンダーコントロール。他人はそうではない。相手の考え方や価値観を揺すぶるよりこちらの戦術を変えるほうがずっとたやすい。

相手が「なぜそれをやるといいのかわかっていない」なら、わかってもらうように説明する。わかりやすい資料をつくる。
相手が「学習してくれない」のなら、学習の仕方を教える。学習を楽しくする仕掛けをつくる。そう、案外みんな「どう学習していいかわからな」かったりするのだ。

こんなふうに、自分の行動にフォーカスすると活路は見いだせるものだ。

ゆうて自分を変えるのも大変だよね

いうはやすし。自分を変えることだって実は難しい。状況に合わせて自分を変えられる人もいるが、そんなのは超人だ。そういう人には静かに嫉妬してしまう。

自分の変え方というのは千差万別だ。やってみないとわからない。そして、先人の知恵もできれば活用したい。となったときに、先人たちがあつまるエンジニアコミュニティというのは大変有用な場になる。

というわけで、「くれない族」についての話の深堀りと、そこを脱出するためのワークショップをDevLOVEで「はちさん」と一緒に開催する。URLはこちら。

この記事を読んで「そういえば自分も『くれないだァ-----------!』ってなったわ」という方は、ぜひこちらのイベントにも参加いただきたい。

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