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否定派

※この作品はフィクションです。

  よく色んな漫画とかゲーム、動画を観ても、『◯◯をちぎっては投げ、ちぎっては投げ』
なんて例えを持ち出す人って出る時がある。
二◯二三年になってそんな話を聞くことはないし、見ることもないけど、ないならないで寂しくなるのかもしれない。

こういうのを無い物ねだりって言うんだよな。

「くそっ!また負けた!」

隣でサンドバッグを殴ってる彼の名は

泉堪亜 撮直いたりあ ていく

  試合で負けたのでイラついているのではなく、カードゲームで見知らぬギークに負けたのでストレス発散をしているという状況だ。

「初大会だったから準備に準備を重ねてデッキ組んで、色々と恥ずかしかったのに負けるとは!
ガチデッキだったのにぃ!」

  そういえば趣味に恵まれている友の前に自己紹介が遅れた。

  俺は「餓鬼貰 大三がきつき たいさん
リングネームじゃない。
家庭の事情だ。
いっそのことリングネームのように全ての名前を変えたいといつも願ってるよ。

  撮直と俺は一つの習い事から仕事として食っていける力を培ってきた。
だが正直に言ってそれだけじゃつまらない。

  趣味が俺たちには無かった。
しかも金がかかるものが趣味には多すぎる。

  撮直はカードゲーム大会を恥ずかしかったとは言わず、また通いつめて勝利する気満々だ。
他の趣味がないからこそ出来る楽しみ方なのだろう。

「撮直。
お前の試合はいつも素晴らしい。」

  フォローが仇になったのか撮直はサンドバッグに蹴りを入れる時に衝撃が音として響いた。

「他のカードゲーマーと練習したのに対戦相手はまるで俺の全てのうちが読めたように笑いながら二ターンもかからず倒された。
初めての相手に本気を出してくれたのは嬉しかったのに肝心な時に何もできないなんて経験初めてだったんだよ!」

  試合でもそれぐらい夢中になってくれればもっと勝てるんじゃないんか?
そうしたら汎用カードを買える余裕も出来てカードゲーム大会に出場する時に痛快になれそうなのに。
撮直がそれだけ何かに夢中になる姿が見れるのも久しぶりだからな。

  どんな趣味であれ、そこに打ち込めることは素晴らしい。
無趣味だった経験があるからな。

「そういえば大三ってまだあれ続けてるのか?」

  さあ。
なんのことやら。

「オカルト?心霊?なんだっけ?
フットワークを軽くするのに最高の気分転換だってお前がやってたやつ。」

「オカルトぉ?そうだったっけ?俺、今時そんなご利益のなさそうな趣味なんてねえよ。」

  撮直は若者特有のキラキラとした顔つきから無表情に戻った。

「もしかして信じなくなったのか?
だなんてことは言わないよ。
なんかあったのか?」

  別に何もないさ。
俺はそういう存在否定派ってだけだ。
それは撮直に言わないようにしていた。

サバゲー中にて

  一人が何者かに襲われ、負傷した。
本格派のサバゲー経験者で、自衛隊経験もあったそうだ。
彼を俺たちは森の安全な場所へ連れて行く。

「おえっ…マッチョな…幽霊なんて…いるんだな。」

  手練れの彼をここまで打ちのめし、半裸になるほど服を破く力の霊…信じていいのだろうか?

  俺たちもサバゲーガチ勢で見た目からは想像もつかない身体能力で生き残ってきた。
お陰で結ばれた縁もあるほど。

「マッチョな幽霊か。こりゃ…」

「面白いな。」

  細身に半袖の青年が急に現れた。
少ない撮影機材に一目見ただけではわからない腕の浮き出た血管と筋肉。

  え?別のガチ勢?
たった一人?

「そ、その鍛え方は…」

  半裸の彼は突然の来訪者から何かを察知した。

「闘える筋肉を持つマッチョの霊か。
これを他の連中や制作スタッフに見つからないように俺だけが独占する。」

  すると俺たちの前に札束が置かれた。
今度は金?

「前払い。
インタビュアーがサバゲーの人達なら余計に視聴者にとって忘れられない思い出になる。」

  言い方が気に食わないがこの人は半裸の彼をボコボコにした霊とサシで戦うつもりだ。

「地獄…だぞ…例えるなら…クマに喋る人の意思が宿っている霊…だからなぁ…おえっ…」

青年は不敵に笑いながら拳の骨を鳴らす。

「それくらいのドラマを低予算どころかタダで手に入れて記録できる。
…ここの会話部分はカットするが、君達サバゲーガチ勢のインタビューは前払いしたから拒否権はない。」

  彼は霊を倒すつもりだ。
そしてカメラにそれを抑える。
そこまでいうのなら俺もカメラを構えよう。

「給料ぐらい頂いちゃったから、あなたの勇姿をカメラに納めます。」

  間違いない。
この人は別の業界のガチ勢だ。

「まさかここでホンモノと出会えるとは。
こんなチャンスはもう訪れない!」

ウオオオオ!

  ただしマッチョ霊の登場の仕方はよくみるフィクションのように奇襲だった。

  彼は俺たちをどけ、自分も退いた。
これで誰も傷を負ってない。
それから彼は霊と共に森の奥へ一度消える。

俺達はその一部始終を撮り続けた。

霊に筋肉もあるんだな

  ホンモノにしては上出来だった。
カウンターとしてアッパーを決められたのは競技が違うのに最高のプレイだった。
まさに幽霊相手だからこそのシチュエーションだ。
他の配信者や制作スタッフはさぞ不愉快だろうな。

  全くの低予算ではなかったが、ホンモノの片鱗を少しでも味わえた。
仮に脚色するにしてもこれ程の珍場面はない。

  隣ではまたもカードゲームに負けたのか撮直がサンドバッグを殴っている。

「気持ち悪いな。
お前が喜んでるなんて。」

「ああ。
最高のえも…試合で名を上げられるマッチメイクをもらえた。」

  撮直はそこで俺が喜んでるわけじゃないことに気がついていたが、敢えて自分の話をしてくれた。

「汎用カードを付け足した。
それから自分らしく仲間と練習して、次の大会準決勝まで進めた。
周りから運だとか言われそうだったのに類を見ないプレイングでなんとか勝てた。

綺麗事だと思っていたけど、デッキを信じるのは大事なんだと知ったよ。
俺も次のリングの方の試合でも自分と…大三たち友やジムを信じるぜ。」

  馬鹿にしていい趣味はない。
俺の場合は実益も兼ねているが…本業もきっちり勝つか。
霊よりは楽しませてくれそうだし、ここで相手にも勝てば付加価値のある監督として他の映像関係者達ライバルを出し抜ける。

「俺とスパーしてくれ。」

「いいけどさ、変な霊を仕込むなよ。」

「悪霊って結構雑魚だけどな。」

「オカルトは信じてないんじゃなかったっけ?」

「だからだよ。
実際はサバゲーガチ勢だった。」

「意味が…わからねえよ。」

  否定したくなる現実の中で、何処かでホンモノはいる。
理想ではなくて。
理想を破るために俺はカメラを持ち、鍛えて探し続ける。

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