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これはフィクションです

両腕に巻き付いた刑事ドラマなどで知っているソレよりも、全く重厚な作りで見た目以上にズッシリとしたガンメタの物体に感心しながら、エンボス状に打痕されたシリアルNoと思しき数字の羅列と、桜の刻印を冷静に観察していたあの時のボクは、どこか他人事のように振る舞うことで正気を保とうとしていたに違いない。

連行中のパト内でひっきりなしに交信している雑音のような音声や、清涼感がハンパない制服の匂いを今でも覚えている。そういえば、サイレンを鳴らさず赤色灯だけを回しながら走行するのは何故だろう?などと考えたりもしていた。

最近は少し過ごし易くなり始めたとは言っても、まだまだムッとした暑さが残る大阪府警堺南警察署。

仮別棟に間借りしている少年課は深夜と言う事もあってか、静寂に包まれ、うす暗く、警察官の靴音だけが妙に響くので、いつか見たヤクザ映画でそんな場面がなかったかな?などと思い出そうとしたが、どうしても思い出せない。そのかわりに螺旋状の階段を一段づつ昇っていくのと比例して、だんだんと現実味が頭を擡げどんどん気分が悪くなっていく。

以前にも2度ほど昇った経験のあるこの螺旋階段を再び昇りながら、過去のボクと何一つ成長していない現在のボクが交差し、昇りながら堕ちて行くエッシャーのだまし絵の中に居るような錯覚を覚えた。

「野球ならスリーアウト!ってとこやな」見覚えのある警察官は突然そう言うと、ドシリと目の前に腰をかけ、荒々しくページをめくりながら調書を取り始めた。

何度も繰り返され終わりの見えない詰問に、ひとつひとつ丁寧に答える頭の中で、いきなりかけられた言葉の意味が気になって頭から離れない。スリーアウトってなんやねん? チェンジ? ゲームセット? 

不安が増すばかりでまともな思考回路が働かない。こんな時は自分の行動を悔やみ反省しなければならないのだろうが、そんな事よりも、まだ「九回裏」まで進んでない。という事だけを繰り返し願うしかなかった。


***


結局、二度目の家裁も温情を頂いて不処分になり、なんとかスリーアウトチェンジぐらいに済んで良かったと、一息ついたかに思いきや、現実はそんなに甘くはなく、とんでもない事態が待っていた。

三度目の無期停学もようやく明けて、丸坊主になったボクが学校に戻った時には、ほぼ留年が確定したと言っていい様子になっていた。なぜなら、今学期の中間試験と停学期間の日程がピタリと重なってしまい、全教科「0点!」というまったく泣くに泣けないおめでたい状況になっていたのだ。

いくら頭を丸めたところでその現実は変わりようもない。今でもシステムはよく分からないのだが、次の学期末試験の全教科において、ほぼ満点を獲らないと進級できない公算になってしまっていた。

「全教科満点?」まず人を見てから言って欲しい。自慢じゃないが普段は15点や20点界隈の常連客で名が通っている。「全教科満点?」そんなもの身の丈に合わない。「全教科満点?」一見さんお断りとしか聞こえない。「全教科!!」うん、落ちたね、つくづく落ちた、アホでも分かる。

どんなアホでもそれなりに世の中を渡り歩くから可愛げがあるというもので、実際に足を踏み外せばただのドアホだ。猿山の安全圏で過ごしながら日頃思っていた事が自分の身に降りかかっている現実に気を失いそうになる。

かといって自業自得と諦めのつく甲斐性もない。残り一年半ほどの刑期を楽しく全うするために、これからは心を入れ替え青春を謳歌するんだよ。留年なんてまっぴらごめんだ。留年ならもう高校いかないもん。それでもええんか?などと一人ダダを捏ねまわしたあと気が付いた。

もしかしてこれが「九回裏」というやつか?そしてネクスト・バッターズ・サークルの中で、ボクがこれからチカラいっぱい振ろうとしているのは「人生」という棒なのか?・・・ハハハ。

【つづく】

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