どさんぴん

デザイン制作会社を営むGデザイナー。たまにギター片手に弾き語りなどを。R2年食道癌発症…

どさんぴん

デザイン制作会社を営むGデザイナー。たまにギター片手に弾き語りなどを。R2年食道癌発症、現在治療中。 今を作ったこれまでがあり、今が作るこれからがある。 知らんけど。

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歌のカプセルを処方されて

昨日のトレンド1位に「山口百恵」が入ったとネットニュースで読んだ。 NHK BSプレミアムで再放送された伝説のコンサートの模様が、40年の時を経ていろんな思いを抱いた人たちが世の中に多く居た結果なんでしょう。かくいうボクもそこにいて追体験させてもらい、心がグルングルン回りながら何かで満たされて幸せな気分だった。これはそれぞれが埋もれた体験の中で同時期に生きていた証であり、40年もの間、いろんな場所で人知れずよくぞ頑張ってきた多くの人々の人生の足跡が、山口百恵を媒体にして一気

    • あなたが大麻で逮捕されていなかったら

      大げさに言うのなら、あなたが大麻で逮捕されていなかったら、ボクの人生は少し変わっていたのかも知れません。 41年前の今日、1980年1月29日は待ちに待ったコンサートが大阪で催されるはずだった。当時高校生だったボクは、友人と二人で何とかチケットを手に入れるため、発売日の前日に悴む寒空の中、徹夜を覚悟で心斎橋にあるウドーへ並びに行っていた。 何時間か並んだ末に整理券をゲットし、なんとか徹夜は免れはしたものの、翌日の発売時も早朝から並ばないとダメなようで、結局は友人宅に泊まり

      • 50を過ぎれば死なない努力

        「ちょっと芳しくありません」 掛かってきた電話に出ると先生からそう告げられた。 2020年1月。電話の相手は少し前に胃の内視鏡検査で診てもらった消化器専門の開業医。その時に「一応念のため」と採られた生体検査の結果が出ているのにボクが来院しないので電話で知らせてくれた。そういえば先週に検体の結果を聞きに行く予定にしていた事をすっかり忘れてたよ。 「いつ来られますか?」「なるべく早いほうが」などと促され、真っ白なカレンダーを横目で見ながら「明後日の金曜日に伺います」とボク。内

        • 欲しがりません勝つまでは

          ↑「日本のいちばん長い日」を観るならやはりオリジナル。何と言っても黒沢年男の義憤キャラが秀逸ですね。 さて昨日は都内でこの冬の初雪が観測されたとのこと。首都圏はのんびりとしていられていいが、今年の寒気団はかなり厳しい条件らしく、北陸や東北は例年の何倍もの積雪量と報道されており、幹線道路で動けなくなった車両が渋滞し自衛隊の出動を要請するなど、まさに広域災害と言って過言ではない状況。 特に心配なのは各家庭の暖房用電力消費が増えるこの時期にコロナ禍による緊急事態宣言で外出の自粛

        歌のカプセルを処方されて

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        • 便所の中のどさんぴん
          2本
        • instrument
          1本
        • 88鍵の螺旋階段
          5本

        記事

          ホモセクシュアル映画の第一号

          緊急事態宣言で外出を自粛していると言いたいが、 特に出かける予定もないし、仕事もないし、金もない。 こんな時は映画鑑賞に限る。 ということで2年ほど前にBSプレミアムで放映していた「アランドロン特集」をのんびりと見ることにした。まずは「太陽がいっぱい」から観ようかしら。 実は午前中にツイッターのタイムラインで淀川長治談として「ホモセクシュアル映画の第一号なんですよね」「だんだんクライマックスになってエキサイトしてくるのね。それは、俺が憎いんだろう、憎いんだろう、憎いんだろ

          ホモセクシュアル映画の第一号

          ぼくの好きな先生

          久し振りに高校の時の先生から年賀状を頂いた。 まぁこっちから年賀状を久し振りに出したからなんだけどね。 でも嬉しいよ先生! ボクにとっての恩師だ。誰もが味わうような不穏の高校生活で親身に近くで寄り添ってくれた(勝手にそう思っている)唯一の教師だ。彼女がいなかったらおそらく高校を中退したかも知れないし、その結果大学へも行っていなかっただろうし、反社会人としてくすぶり続けていたかも知れないと卍でそう思う。 「ぼくの好きな先生」という曲は、清志郎の担任で美術の男性教諭だった事は

          ぼくの好きな先生

          それにしても

          にしたって去年(正確には三年のブランク)はいろんな初体験をしたのに何一つ文字として記録しなかったのね。これは記録好きな人間の行動として如何なものかと恥じている。 とにかく去年の3月某日から断酒したので記憶にある限り(小学生の頃から正月だけはお神酒と称して口に含んでいた)アルコールを体内に含めずに過ごした正月が初めてなことは記録しておきたい。 ところで、昨日の夜に寝る支度をしている時にタマタマTVの合わせたチャンネルで、あるパンクロッカーのドキュメントが流れていた。それはガ

          それにしても

          YAMAHA CP80

          ところで前回の記事でも登場したこのYAMAHA CP80。 かつてYAMAHAが生み出した世界に誇れるエレピだと思っている。 だけど最近のライブハウスでコレを全く見なくなった! どうして、どうして? あんなに良いエレピはないのにぃ〜? 今のエレピはサンプリング音源の向上等で、 サウンド的に生ピアノの代替が十分可能ではあるけれど、 70~80年代のエレピは所詮エレピの音しか出なかった。 ローズはその代表で深みのある暖かな音がしてそれはとてもいい楽器だ。 でもやっぱり生ピアノじ

          心意気だよ皆の衆

          東京に出てきたばかりの頃、勤めでよく日本橋へと足を運んだ。打ち合わせの帰りに、たいめいけんでボルシチと酢キャベツを食し、用もないのに高島屋の階段をペタペタと手でなぞりながら行ったり来たりしていた事を思い出す。中でも和紙の「はいばら」にはよく行った。目眩がするぐらいの千代紙の豊富さに、時を忘れて長く居座ったもんだ。特に今日のような雨の日には紙の匂いに包まれたくなって、銀座に戻るタイミングを失っていた。 日本橋から足が遠のいて何年が過ぎただろう。久し振りに訪れた日本橋は再開発中

          心意気だよ皆の衆

          輪廻するでござるよアーロンチェア

          どどうにもデザイナーを生業にした手前、就業時間のほとんどを座って過ごすことになる。昔であれば立ちながらアイデアを考えていた事の方が多くあった気もするるが、PCの前に張り付くような制作環境になってしまってはもうお手上げなのだ。ならば椅子ぐらいはケチケチせず良いものをと20年程前に購入したのがハーマンミラー社のアーロンチェアだった。まだ並行輸入品の頃に雑誌プレジデントでモニター募集をしていたのが知るきっかけとなり、たまたまよく知った家具屋に展示していたのを体感し、デザインもさるこ

          輪廻するでござるよアーロンチェア

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          1956 GRETSCH 6120 G-BRAND / Second model

          1956 GRETSCH 6120 G-BRAND / Second model

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          ゲームセット

          いやいや、笑っている場合ではない。ジタバタとボクは疎遠になっていた幼なじみにすがるような思いで助けを求めた。それぞれ別の高校に通っていた彼らは幼少を一緒に過ごして来たくせに、どういう訳だか結構出来がいい。もちろんボクが遊びほうけている間に机に向かっていたのだから「どういう訳」も「こういう訳」もない。 とにかく彼らに言い訳がましくこの難局をとうとうと訴えた。しばらく沈黙があった後、ひとりが鼻で笑うように「アホか」と。 解釈しようによっては身も蓋もないその言葉に、どれだけ救わ

          ゲームセット

          これはフィクションです

          両腕に巻き付いた刑事ドラマなどで知っているソレよりも、全く重厚な作りで見た目以上にズッシリとしたガンメタの物体に感心しながら、エンボス状に打痕されたシリアルNoと思しき数字の羅列と、桜の刻印を冷静に観察していたあの時のボクは、どこか他人事のように振る舞うことで正気を保とうとしていたに違いない。 連行中のパト内でひっきりなしに交信している雑音のような音声や、清涼感がハンパない制服の匂いを今でも覚えている。そういえば、サイレンを鳴らさず赤色灯だけを回しながら走行するのは何故だろ

          これはフィクションです

          鉄筋コンクリートの猿山

          決して多くはないが、ボクにも大切に思っている幼なじみが何人かいる。しかし族の連中と同化していたこの頃のボクと言えば、彼らのように青春を謳歌する高校生とはかけ離れた世界にズッポリとはまり、別々の高校へ入学した幼なじみと合う時間さえ持とうとしなかった。 というよりこんなみっともないボクだから、幼なじみがあきれてしまい絶交している状態だったというべきか。 改めて考えてみると高校で違う学区の連中と初めて交流した時は、まるで室内犬が野生に放たれた様な惨めな気分を感じたことを思い出す

          鉄筋コンクリートの猿山

          スプーン印の角砂糖

          やがて、奇跡的に高校生になることができたボクはご多分に漏れず、気が付けば不良グループの末席を陣取っていた。これがおかしな話で不良グループに好かれてしまったというか、誰もが経験する通過儀礼と呼ぶにはとんでも無く危なっかしい経験だった。 そもそも入学当初、タテヨコ無駄に大きい制服と、アイパーに気合いを入れすぎた剃り込みと、右側頭部の生まれつき天然メッシュで、たかが一年早く生まれてきただけの連中の格好の餌食になり、事あるごとに絡まれる日々を送る事になってしまい、クラスメートも巻き

          スプーン印の角砂糖

          ドレミファソファミレド

          ボクはピアノを弾く男がカッコいいと思っている。「猫踏んじゃった」は別として、もし私が女であれば何気に流暢なピアノを奏でる男を発見した日にゃ、それはもう瞳が「ベルサイユの薔薇」状態だろう。間違いない。そしてボクはピアノを少しだけ弾くことができるのだ。 そう、この点だけは自分の頭を撫でてあげたいと思う。実は小学校に上がった頃、母親に同じ団地のピアノ教室へ通わされた。当時は近所の友達と泥遊びか昆虫採集をするのが生きていく目的だったので、ピアノ教室の時間がたまらなくイヤだった。母親

          ドレミファソファミレド