見出し画像

スプーン印の角砂糖

やがて、奇跡的に高校生になることができたボクはご多分に漏れず、気が付けば不良グループの末席を陣取っていた。これがおかしな話で不良グループに好かれてしまったというか、誰もが経験する通過儀礼と呼ぶにはとんでも無く危なっかしい経験だった。

そもそも入学当初、タテヨコ無駄に大きい制服と、アイパーに気合いを入れすぎた剃り込みと、右側頭部の生まれつき天然メッシュで、たかが一年早く生まれてきただけの連中の格好の餌食になり、事あるごとに絡まれる日々を送る事になってしまい、クラスメートも巻き込まれてはなるまいと、関わりを避けているような印象だった。

そんな入学まもなく既に嫌気がさしていた頃、あれは確か音楽の自習の時か何かで、クラスの連中と時間を潰していた時の事だ。特に披露する気はなかったのだが、やることもなく同じ様に音楽室を跳ね回る様な性格でもないので、雑音に紛れながらピアノを少し弾いてみた。

想像して欲しい。いかにも不出来なヤツが流暢にソナタを奏でている姿を。雁首そろえて何か面白い事はないかとヨダレを垂らしている連中のなかにあって、まさに面白そうな事がいま目の前に現れたのだ。やおらピアノの周りに人垣ができた。

ちょっと恥ずかしくもなり止めようとすると、「もっと何か弾いてぇな」とのリクエスト。「いや、いや」と別にもったいぶるほどの事でもないので「では、では」とビートルズのピアノナンバーを披露することになる。すると自然と手拍子を交え、歌えるフレーズが来ると皆が歌い出し、金八先生もビックリの古臭い青春ドラマのようになってしまった。

この事は少し誇らしかったが、それよりボクを遠ざけていた連中が何かにつけ声をかけてくるようになった事で、少なくともこれからの高校生活を楽しめる気になれた。


***


そんな或る日、いつものようにクラスメイトのリクエストに応え、リバーブ感の良い体育館のグランドピアノに向かってビートルズナンバーを気分よく叩いていると、前述の不良どもが先程来から入り口付近でユラユラしているではないか。何かイチャモンでも付けられる公算が大きいが、しかしこちらの気分は絶好調だ、気に留めるどころか余計に小気味よく弾いてやった。

やがて始業チャイムが鳴り、その場をそそくさと離れようとすると、案の定ヤツラがからんできた。

(まったく、ことわっておくが、私は昔から平和主義者で通っている。こんな格好をしていても喧嘩をする気などこれっぽっちもない。中学の時に読みあさった「嗚呼、花の応援団」に憧れているだけなのだ。君たちのような短ラン金髪の野蛮な思考回路と一緒にしないで欲しい。気にくわないからと人を殴っているものだから、君たちの大切なバイクがお釈迦になってしまうのだ。そうあの時、校庭の裏に隠し置いている君たちのバイクのタンクにスプーン印の角砂糖をいくつか放り入れておいたのは確かに私だ。それがどうした?おかげで最近の登下校は静かで快適になったじゃあないか。ドアホざまぁみさらせ。)

などと「アノ件」がバレていない事を祈りながら気配をうかがっていると、いつもの様に眉毛のない一番面倒臭いヤツがニヤニヤしながら寄って来た。

パチキを警戒して身構えるボクを知ってか知らずか、その顔に似あわない甲高い声で「ワレ、ビートルズ好きなん?」とボクの肩に腕を回しながら突然ナニを言い出すかと思えばビートルズに食いついてきた。

「はぁ?」と警戒心を解かずに後退りしようとする私の耳元で、シンナー臭い息を吐きながら続けてこう呟いた「あんね~、ワシもね~、ソレめっちゃ好きやねんけどね~、ピアノ弾けたらエエなぁ思とったんよ~、今度ワシにもアレ教えてくれへんケ?」

失礼だが人を威圧するには持って来いのその地元顔はエーチャンならともかくビートルズには繋がらない。その意味するところを理解するより先に、殴られずに済みそうなその好機を逃がすまいと「ええよ」と応えてしまった。

この事がきっかけになって、そいつとその取り巻きと付き合う羽目になる。しかしヤツは始めっからピアノなど弾く気はさらさら無く、単純にロックの話をしたかっただけの楽器音痴だった事がせめてもの救いだった。

バイクの件は口が裂けても話さなかったが、そんなヤカラの中にも居心地の良さを感じ、ズルズルと連むだらしのないボクは、マスマスだらしなく形成され、やがて彼らと同化していく。

学校でいろんな不良グループに呼び出され絡まれる心配はもうなくなっていたが、堺南署の少年課にお世話になるまでには、さほど時間はかからなかった。

【つづく】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?