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自分磨きのツールを選ぶ

 「自分磨き」と言えば思い浮かべるのが英会話ほか世に溢れる諸資格を取るためのセミナー通いや試験勉強であるらしい世相を、鼻で嗤っている宇宙人。自己研鑽に励むことは大いに称賛したいが、そのプロセスと目標が誰かにとってのあからさまな金儲けのダシに使われていることに気付いてもよさそうではないか。司法試験などの難関国家資格と違って、こうした資格のほとんどが大した労苦を要さず、しかし多少の時間と教材のための出費を強いるものであることから、資格を与える側にとってのコンスタントで適度な不労所得に結びついていることは明らかだ。そんな資格であってもあれば失業状態から抜け出せるというのであれば死活問題だから肯定できるとして、あってもなくても人生が好転するわけではなく、本人が期待するほど人生が豊かになるわけでもないプチ資格が多すぎることに、宇宙人はカメムシを嚙み潰す思いがする。そんなものに時間とカネをかけるくらいなら自分の好きな趣味に没頭して、一芸として極めた方が何倍も豊かな人生になると思うのだが。あ、もしかして趣味のない人のために用意された資格群なのかな。言うなれば「自己満足系資格」或いは「私こういうことやってるんです、遊んでませんリア充です主張系資格」?

 どうでもいい資格が多すぎる話から派生して、大手のネット商品の売り文句が「〇〇第一位」などのランキングを連発するいかがわしさについて先日友人と議論した。「〇〇」には「〇年度売上」とか「お客様満足度」とかが入るのだけど、どれも当てにならないというか、根拠薄弱というか、比較して順位をつけるには条件が同等でなければならぬのにその辺を無視しているのが明白というか、コロナワクチンを一貫して否定してきた我々のような消費者を騙せるだけのエビデンスを揃えていない。業界に詳しい人の話によれば、この種のランキング項目はいくらでも捻出できるのだという。「お客様満足度」も細分化すれば年齢別にも年度別にも職業別にもできる。例えばシャンプーなら「エステティシャン」や「美容師」「モデル」「ホテル業」「海外」等々にそれぞれ支持されていると言えば、何通りものランキングを創出できる。そのうちの一項目を掲げた商品に果たしてどれほどの信頼がおけるものか。
 格闘技好きな宇宙人は、団体が四つあるせいでボクシングの世界チャンピオンが常時四人もいることに子供の頃から違和感があったが、ネット商品の売り文句の「ランキング第一位」が星の数ほどあることと比べれば、何と信頼のおけることかと考えを改めた。いや、宇宙人よ、改めるでない。お前の頭がネジれていることを知れ。第一位はたった一つであるのが正解だ。井上尚弥だって統一王者になったではないか。世にまかり通っていることの方が間違っている例として、プチ資格と共に明記しておくのだ。

 ところで手前味噌になるやもしれぬが、最近俳優としてブレイクしているがアニメ界では昔から名声優として知られる津田健次郎氏は、自分の子供に能楽を習わせているという。目的は日本人として日本文化を身に付けさせるため。いい選択をしたねえ。得体の知れないミニ資格を山ほど取得するより余程人生を豊かにしてくれる習い事なのだ。能楽をやるといつの間にか古典の素養が身に付くからそのまま教養になるし、歴史や着物や故事にも強くなる。会話の抽斗がいくつもある人になれる。自分磨きとはこうしたものではないのかね。抽斗のない人と話をするのは退屈で苦痛だよねえ。
 なに、教養が何か判らぬ奴がいる? そんな不届者にも判るよう例を挙げておこう。宇宙人が拝聴している山田五郎氏の教養講座から「ゴシックとは何ぞや」を論じる動画を掻い摘んで以下に掲げよう。興味が湧いたら全編視聴下さい。面白いし、賢くなる。教養の何たるかが判ります。(※印は宇宙人のひとり言。)

――ゴシックとは何ぞや。ゴシックのゴスGothとはゴート、つまりゲルマン民族のことだが、この中にはドイツ人だけでなくフランス人も入っている。フランスという国名は「フランク人の王国」が語源だが、フランク人もまたゲルマン民族なのである。従って、ゴシック風とかゴシック建築とかいうのは、西欧文明のかなりの部分に広がるゲルマン民族風の趣味や建築のことである。

 西欧には三つの文化源流がある。
A:ケルトを引き継いだゲルマン文明=森が好き。ゴシック建築は先の尖った塔やアーチが特徴で、怪物の像などが装飾に好まれる。
B:古代ギリシャを引き継いだ古代ローマ文明=享楽的でエロス好き。建築は合理的で装飾は少なめ。ダヴィデ像といった高度で写実的な彫刻が好まれる。
C:ユダヤ教を引き継いだキリスト教文明=禁欲的。

 このうちBとCは相反する(享楽と禁欲)ので、この矛盾をどう折り合わせるかが西欧文明の根幹である(※だから西洋人って平気で辻褄合わないことを言って、それを東洋人が指摘すると「個人主義だから」とか論点をズラした言い訳をしてマウント取ろうとするのだな。宇宙人はこれが不快で西欧人とのお付合いはほどほどにしている)。ここへ後からやって来たゲルマン文化は、森を好む性格からか、縦長で先の尖った教会や建築物を好んで作った。建物の四方にはガーゴイルなどの独自の神話怪物の彫刻を取り付けたが、これはキリスト教にも古代ローマにもない習慣である。こうした怪物を好むゲルマン趣味は、後に「ゴシックホラー」や「ゴシックロマン」などに発展したが、いずれもゴテゴテとした装飾過剰、奇怪趣味、怪物好きがモチーフとなっている。

 ところで、ゴシック建築の教会にはステンドグラスが多用されている。その理由は、従来の古代ローマ式建築のような丸天井ではなく、縦に長いアーチ状の天井を好んだからなのだが、この形状は建築学的に天井を支えにくく、強度を補うためにこれを横から支える支柱を左右に増築する必要がある。しかしその支柱は柱と梁があれば足り、壁は必要ないので、要らない壁はぶち抜かれ、代わりにガラスをはめ込んでステンドグラスの窓にした。ゴシック建築にステンドグラスの窓が多いのはこのためである。
 しかしこのステンドグラスのせいで、当時の画家は仕事を失った。従来の画家は教会の壁画を請け負っていれば仕事にありつけたのだが、教会のトレンドが古代ローマ式建築からゴシック建築へと移行したせいで、教会の壁はみんなステンドグラスになってしまい、壁画が描けなくなった。巨大壁画を描く仕事を失った画家たちは、代わりに聖書などの挿絵として細密画を描いて生計を立てるようになった。以後、西洋絵画は細密画の発展を見ることとなる。――

 …どうですか。教養が身に付くとはこういうことだとお判り頂けましたか。楽しいでしょう? 豊かな数分を過ごせましたよね? なに、これでも判らないだとう? そういう方は、豆腐の角に頭を打ち付けながらプチ資格の勉強にでも励み、お客様満足度ナンバーワンの商品を買って、次の井上尚弥の試合でも見ていらっしゃい。

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