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死と乙女

「はじめに叫ばなきゃならなかったのに、なぜわたしはあの時、声をあげなかったんだろう。」

独裁政権がようやく倒され、不安定ながらも新政権が発足している。独裁時代、秘密裏に拷問され、暗殺された被害者たちの調査委員会もようやく発足した。でも、調査されるのは、死んだ人についてのみ。生き延びた人々は、対象ではない。彼らはまだ声をあげられるのに、声をあげる場を与えられない。

「でも、ようやく書き留められる時代になったんだ。」

記録することで、過去はようやく終わりへの一歩を踏み出すことができる。

それでも、虐げた側の大半は、今もなお、のうのうと生きている。虐げた側と、虐げられた側は、今日も同じ社会の中で朝食を食べ、夜には絶品のマルガリータのグラスを傾ける。

時に、仇だと分かっている人と、ある日偶然、カフェですれ違うことだってあるだろう。その時、わたしはその人に笑顔を向け、天気の話などをできるだろうか。私刑に駆られはしないなどと、どうして言えるだろうか。

「なぜ、わたしみたいな人たちが、折れなきゃならないの。なぜいつもわたしたちが我慢をしなければならないの。」

はるか昔の物語でもなく、どこか遠くのお話でもない。今と地続きの、連綿と続いている記録の話。

砂時計の砂のように、頭上から砂が降ってくる。時が、虐げられた者の心を少しでも癒しているように。虐げられていない私たちは、砂時計が何万回ひっくり返されたとしても、この記録を忘れませんように。

2時間ノンストップの3人芝居。息が詰まるのは、舞台の近さだけではない。


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