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バルカン室内管弦楽団との素敵な日々

 先日まで、バルカン室内管弦楽団の日本ツアーに客演させて頂きました。

 バルカン室内管は、日本人指揮者柳澤寿男さんが2007年にバルカン半島の民族共栄を願って設立したオーケストラです。調べてみるとバルカン諸国は通常アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、ブルガリア、クロアチア、コソボ、北マケドニア、モンテネグロ、ルーマニア、セルビア、ギリシャ、そしてスロヴェニアが含まれるとのこと。今回のメンバーはセルビア人、ブルガリア人が多かったようです。

 今回のスケジュールは実にハードで、3日間のリハーサルで約30曲を練習し、1回目の本番を終えたら軽井沢に移動して大賀ホールにて3日間チャイコフスキーとドヴォルザークの弦楽セレナーデのレコーディング、そして東京に戻って毎日違うプログラムで3公演。計10日間でしたが1ヶ月にも感じる濃密な内容でした。

 バルカンの人だけでは人数が足りないという事で、日本人のプロ奏者が数名参加するため、指揮者栁澤さんからお声をかけて頂いての参加となりました。

 コントラバスはブルガリア人2名、日本人2名の計4名。トップのマルガリータはもともとアンサンブル金沢で長く首席を務め、現在はソフィアのオーケストラの首席奏者で、来年からはモナコのオーケストラでも首席を務める経歴の持ち主。僕は彼女と1プルトを組むことになりました。

 結果的にマルガリータとの出会いは音楽人生でも貴重な経験になりました。彼女とは一緒に演奏していてずっと楽しかった記憶しかありません。「ここはこう弾くでしょ?」と音を出してみるとばっちりそれがハマって本番中に微笑みあう、といった場面の連続で、「あなたは今まで出会った中で一番フィーリングが合う」と言ってくれたのは社交辞令かもしれませんが、「私のオーケストラは副首席のポジションが空いている、ブルガリアのオーケストラに来ないか」と何度も誘って頂いたのは本当に光栄でした。

 各国で首席を務めただけあって彼女からは学ぶ事も多かったです。 彼女が一人で練習しているのを聴いていると、まあ音は綺麗だし技術は正確だし、頭の中にどれだけレパートリーが詰まっているのだろうと思うくらい次々にソロの曲が出てきます。練習を聴いているだけでも大いに刺激を受けました。
 一緒に演奏していると、目の前の音符の扱いもそうですが、とにかく瞬時にキャッチする情報の多さが半端ない。何かあれば他のセクションまで歩いて行って意見交換する場面も何度もありました。セクションに気持ち良く演奏して貰おうという気遣いも凄くて、本当に幸せな時間でした。

 もう一人のドロテヤことドリーは明るく自由な人柄が多いバルカンのメンバーにあって、珍しく真面目なタイプ。オーケストラのメンバーという事でしたが、彼女は「私はもっとステップアップしたいんだ」と言っていて、ずっとディッタースドルフやクーセヴィツキーの協奏曲、そしてベートーヴェンやR・シュトラウスの英雄の生涯のオーケストラスタディなどを練習していました。

 海外のオーケストラと一緒に演奏すると、積極的な意見交換とオンオフの切換えという点において日本のオーケストラとの違いを感じる事が多いのですが、今回もリハーサルやレコーディングの休憩時間になると誰一人として練習しておらず、ステージは沈黙に包まれます。一度僕が練習していたら「何してるんだ、休まないとこの後集中出来ないよ。コーヒー飲もう!」と言われました。
 意見交換にしても、指揮者が話している傍でセクションのトップ同士が席を立って意見をぶつけあう事は日常茶飯事で、たまに「指揮者の話をもう少し聞いた方が良くないか?」という場面すらありました 笑
 基本的に質疑応答の形で指揮者とコンタクトをとる以外静まり返っている日本のオーケストラのリハーサルとはかなり景色が違います。もちろん、どちらが良いという訳ではありませんが、僕は積極的に意見交換している雰囲気が嫌いではありません。

 僕は海外で生まれたりした影響もあってか意見は積極的に言う方ですし、本当はリハーサル中もジョークを言い合うのが好きなので、マルガリータとしょっちゅう笑いあっていて、彼女からは「あなたは私の知ってる日本人じゃない」と言われました。そんな僕だって日本のオーケストラでは静かに真面目に仕事をしてますが。

 リハーサル3日間のあとサントリーホールで本番を終え、その足で軽井沢へ移動。日付が変わる頃ホテルに到着し、翌日からのレコーディングに備えて寝ようかという矢先にマルガリータから「ちょっとだけ呑まないか」とお誘いを受け、呑み始めたら話が盛り上がり朝方まで。レコーディングで眠気と戦う僕の横で元気いっぱい演奏している彼女のパワーには脱帽でした。
 
 その翌日もマルガリータや彼女の友人たちと呑み会。彼女たちは「ラキヤ」というお酒を持参していて、飲んでみると喉が焼けるような感覚になるのですが、後で調べたら「セルビア最強と呼ばれるお酒」との記述。道理でなかなかの効き目でした。

 シビアな3日間のレコーディングを終えたころにはバルカンの人々ともかなり打ち解けてきました。レコーディングからの3日間は毎日違うプログラムで演奏会本番でしたが、ここはもうバルカンのみんなと過ごす時間が楽しくて、勢いで乗り切った感じでした。


 写真が女性ばかりなのは何ででしょうね・・・。不思議ですね。

 最後の本番、メインはチャイコフスキーの弦楽セレナーデでした。マルガリータとの楽しい時間のお礼にと、楽譜の最後、下段部分にサプライズで彼女へのメッセージを書き込んでおいたのですが、本番中、最後のページをめくったら上段に彼女からのメッセージが書いてありました。まさかのサプライズ返し。本番が終わって「まさか同じことを考えてたなんて!」と二人で爆笑でした。

 最後の本番を終えてマルガリータと一枚。本当に、彼女とはこれまで一緒に演奏した中でベストパートナーといえるくらい楽しい時間を過ごすことが出来ました。

 いろんな背景を持ったメンバーが一堂に会し、異なる言語や文化を超えて音楽を通じてコミュニケーションを図り、一つのものを完成させていく過程は音楽の原点であると思いましたし、「国境を超える」という言葉の本当の意味を考えさせられるこの楽団を結成した栁澤さんの努力には頭が下がる想いです。石井竜也さんなどを始めとする芸能人の方々がこの楽団を大好きなのは栁澤さんのお人柄でしょうし、楽団メンバーがお互いにリスペクトを欠かさないのも居心地が良い理由の一つでしょう。

 複雑な事情を抜きにして、まずは楽しかったという思いが強いのですが、この楽団ともしまた関われるのであれば、今後もぜひメンバーとして加わりたいと強く感じた10日間でした。バルカンのみんなとまた一緒に演奏する機会があるよう、心から願っております。
  

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