池田 裕 合気道七段

人と分かち合える心を合気道から学ぶ

アメリカで20年以上、合気道指導を行なう一方、自分の納得する合気道を指導するためには経済的基盤が必要と、武道具製造販売会社・「武人」を発足させた池田裕7段。道場経営と「武人」経営を見事に両立させている師にお話をうかがった。 
……「アメリカのような銃社会だからこそ人間関係を大切にすることが大事」との師範の言葉は心に残った。
※所属や肩書きは、季刊『合気ニュース』136号に掲載当時のものです。


大きくて広い所へ憧れて

―― 現在アメリカで活躍されている先生ですが、そもそも海外へ行かれるきっかけは何だったのですか?

 五月女先生がアメリカに行くことになりまして、来ないかと先生よりお誘いを受けたのです(1976年)。その当時、オーストラリアに行くのが夢だったんです。大きくて広い所に憧れていまして、アメリカも大きい所ですから、じゃ行って見ようかという軽い気持ちで出かけたんです。
 はじめはシカゴに行きました。シカゴでは海のように大きなミシガン湖に圧倒され、次に行ったニューヨークでは乱立するマンハッタンの高層ビルに度肝を抜かれました。そしてフロリダではゴルフに沈む夕日に見とれたことを今でも思い出します。
 約半年程いたのですがビザの関係で一時帰国、帰国後は大学の合気道部の先輩・田中興一郎氏の経営しておられる運送会社で半年ほど働かせていただき、ふたたび五月女師範の道場のあるフロリダ州のサラソタへまいりました。
 その当時、ビザがありませんので働けませんから、やることがないので毎日稽古に明け暮れたことを思い出します。
 とにかく、フロリダは年がら年中暑いところで、東京の夏を一年中過ごしているような感じですので、稽古が終わると汗びっしょり。ただ、稽古の後で飲む冷たいビールの味はまた格別で、稽古後のビールをおいしく飲むためにと、汗で道衣がびしょびしょになるまで稽古をしたのを覚えています。

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池田 裕 合気道七段

どう出版

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