河辺 茂 合気修練道場長

人生にプラスになる合気道を


秋田県で合気道を始めた河辺茂師範は、合気会本部道場の師範たち、なかでも白田林二郎、斉藤守弘両師範から精神的、技面で大きな影響を受ける。両師範を通じて植芝盛平の理念に触れ、愛の武道、社会に還元する合気道をめざして指導の日々を送る。
(取材 平成12年5月2日)
※所属や肩書きは、季刊『合気ニュース』125号に掲載当時のものです。


秋田県合気道の歩み

―― 先生が合気道をお始めになったのは秋田でですね、その頃のことをお話しくださいますか。

 昭和34年に秋田県出身の富木謙治先生や八光流から合気道に移った初代秋田県合気道支部長・朝倉長太郎氏の協力で、開祖植芝盛平先生を秋田市にお招きしまして、秋田市の武徳殿という武道場で講習会を開いたのです。この講習会がきっかけとなって松風亭という、開祖が泊まった旅館の中に道場をつくることになりました。昭和38年にその道場ができて、これが秋田県で正式に合気道が稽古されるようになった始まりです。

―― 白田林二郎先生はその頃参加されていましたか。

 白田先生はもっとずっとあとです。白田先生は終戦後は秋田におられて、その後青森に移られたのです。
 八光流のトップをやってらした朝倉長太郎氏が雑誌で開祖の合気道というものを知って、それで開祖に手紙を出したところ、開祖から「秋田に白田林二郎という男が油田の関係で行っているからそこに訪ねて行きなさい」とお返事をいただき、朝倉先生以下八光流をやっていた4、5人が白田先生に面会に行った、それが始まりです。白田先生は当時おそらく50代だったと思いますが、強かったそうです。もうぜんぜん歯が立たない。それで朝倉さんが合気道の魅力に取りつかれて、八光流をほかの人に譲って、合気道の道にはいったわけです。それで岩間の開祖のもとに毎年行っては教えを受け、合気道に傾倒していったわけです。

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