見出し画像

NTT法廃止

 NTT法は、私が電電公社に入って4年目に制定された。民営化しても公的な役割を果たすよう縛る法律。その法律を、今度は政府が廃止すると言い出した。
 政府にとってNTT株は打ち出の小槌だ。民営化後の初値は160万円、それが300万円まで高騰。1987年、政府は1/3を売却して10兆円を手にした。
 NTTを政府がコントロールするため、1/3は保有すると決まっていた。それを売却しようというのだ。今の株価では4.7兆円。そのためのNTT法廃止。
 通常の会社なら、株を売って資本を集め、設備を用意して事業を始める。その代わりに電電公社は、電話加入権を使った。私も結婚してアパートを借りたとき、7万円で加入権を買った。
 電話加入権は売買できるが、配当はない。株主総会もない。固定電話を利用できる権利だけ。民営化するとき、本来は加入権を買い取り、新たに株を売り出すべきだったと思う。その加入権は放置しておき、株だけ売り出したのだから錬金術、まさに打ち出の小槌だ。
 普通の会社なら、大株主の株売却は嫌う。株価が下がってしまう。しかし、NTTはNTT法廃止に賛成だ。NTT幹部は、規制がなくなることをずっと望んできた。
 その廃止にKDDI、ソフトバンク、楽天が反対している。原因は光ファイバーだ。
 電電公社の民営化と同時に、通信は独占から競争に移った。新たに参入した会社、新電電は、通話が多い都市間を自前の回線で結んだ。それは格安エアラインのビジネスモデル、需要の高い路線を安くして稼ぐ。
 ところが、通信はすべてデジタル化され、光ファイバーが普及した。NTTは、一気に大量のファイバーを全国に敷設したのだ。
 光ファイバーのケーブルを敷設するのは大変だが、中には細いファイバーが多数束ねてある。ケーブルを1本敷くと、数百から数千本のファイバーを一気に敷設できる。
 ファイバーを一本借りれば、そこには膨大なデータを流せる。通話も動画も何でも流せる。自前で中継回線を建設するより、NTTからファイバーを借りるほうが、ずっと経済的になった。
 それは、ファイバーの賃料が安く抑えられていたからだ。NTT法の廃止でNTTが完全な民間企業になると、その賃料を値上げするかもしれない。それを新電電は恐れ、反対の共同声明となった。
 「A地点からB地点にファイバー1本必要」というとき、本当にAからBにファイバーを敷いているわけではない。鉄道でA地点からB地点に行くとき、いちいち線路を敷くわけではないのと同じだ。既存の路線を乗り継いで行く。
 鉄道では、線路のポイントを切り替えて列車を走らせる。ファイバーでは、細いファイバーの中心を正確に合わせる必要がある。そんな高精度で可動式のポイントは、とても高くつく。そして、A地点からB地点のファイバーは長年使うのが普通だから、ファイバー同士を高温で融着してしまう。
 1本のケーブルの中の数百、数千本のファイバーから、空いている一本を選び、顕微鏡で覗きながらガスバーナーで熱し、融着する。その作業をマンホールの中で行う。(その速さを競う技能コンテストがあり、見学したことがある)
 飛行機なら、たとえばA地点が千歳でB地点は羽田。鉄道ならA地点が東京でB地点は名古屋。光ファイバーの場合、たとえばA地点は東京でB地点は川口、そんなイメージだ。オフィスとデータセンター。もっと近距離もある。ビルの屋上に立つ携帯電話のアンテナと電話局を結ぶファイバ―も一本づつ借りている。
 5Gの通信速度の理論値は最大20Gbps。1つの基地局で何十台ものスマホと通信するのだから、基地局から電話局の間には光ファイバーが要る。新たな基地局を立てるには、そこまでファイバーが来ている必要がある。太いケーブルが敷設されているのは主要道路くらいで、その先、一つ一つのビルに、そして、そのビルの屋上までファイバ―を通さねばならない。
 私たちはスマホを買ってきて、スイッチを入れれば通信ができる。その背後に、そんな地道な基地局の建設があり、光ファイバーの敷設がある。マンホール内での作業がある。
 そのファイバー網を、NTT東日本と西日本が構築し、保守している。ソフトバンクもKDDIも楽天もドコモも、NTT東西のファイバー網に依存している。
 ファイバーはガラス、腐蝕しない。融着してあるから接触不良も起こさない。マンホールがたとえ冠水しても通信に影響はない。銅ケーブル時代は湿気と腐蝕が課題で、ケーブルを管に通し、その中に乾燥空気を流して湿気を防いだ。劣化防止が大変だった。
 しかし、洪水で橋が流されると、通してあったケーブルが切れる。ダンプが電柱に激突してケーブルを切る。船の錨が海底のケーブルを切る。だから、重要な通信回線には異なるルートのケーブルを割り当てる。やはりインフラの維持は大変だ。
 NTT東西はファイバーの賃料を上げしたいが、利用する通信会社は値下げしてほしい。需要と供給で価格が決まる自由競争とは少し違う、価格決定メカニズムが必要なのだろう。
 電力でも同様だ。従来は発電所から家庭まで一つの電力会社が所有していたが、太陽光や風力を今後急速に普及するには、発電と送電の分離が必要と議論されている。それならいっそ、送電網とファイバー網を一つの会社が管理してもいい。街に立つ電柱には、電力線と電話線が通っている。津波後にボランティアで釜石に行ったとき、道路に沿って電柱を立てていた。まだ瓦礫の街に、真新しい電柱の列が印象に残った。
 1996年、渡米して驚いたのがパシフィックベル、カリフォルニア州の電話会社のTVCM。豪雨の中、男たちがケーブルを敷いていた。米国の地域電話会社は、人気タレントを起用し、新サービスを宣伝するNTTとは対照的に、インフラを維持する地味な会社であることを謳っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?