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「メディア」を疑いすぎるとどうなるか

2023-06-15
いつもの翻訳ではなく、自筆の作文です。

画像:日本が打ち上げた「事実上の弾道ミサイル」(2023-03-07)

はじまり

Twitterに、このような投稿が流れてきました。

添付されているのは、本文にある通り、朝鮮民主主義人民共和国の平壌を走る地下鉄の駅と列車を写した写真です。利用者がマスクをしていることから、2020年以降に撮られたことがわかりますね。

投稿への反響

当該アカウントは、Twitter側で検索に掛かりにくいようにされているせいか、上記の投稿を引用したツイートを見ることはできませんでしたが、返信だけでも見てみましょう。全部の投稿についてリンクを貼ると、このページが長くなってしまいますから、主要なもののみにします。

「CGだ」…これはよくある反応だと思います。「北朝鮮」について話が出ると、間違いなくこの言葉を聞けます。実際にCGが使われることもありますが、少なくとも地下鉄については実際の映像です。

「広報用」…これは事実でしょう。当該ツイートが添付したのは、対外宣伝用の雑誌に掲載された写真です。特別きれいに写るよう、カメラの設定やライティングを調節しているはずです。利用者をアップで写したものは、ポーズも指定されているでしょう。

「一部しかそうなっていない」…これも合っています。2016年の新型車両(地下電動車1号)導入と並行して駅改修工事も行なってきましたが、全駅で工事が終わったという話は聞こえてきません。

「都市部だけ、エリートだけ」…「北朝鮮」の話題では頻出する表現ですね。地下鉄は平壌にしかありませんし、路面電車やトロリーバスも都市部にしかないので、間違いとはいえません。公共交通が満足でないのが本人にとって「悲惨な生活」であるのなら、これも正しい意見でしょう。地下鉄でない一般鉄道の駅と車両については、南北共同企画で撮影された以下の動画を見てください。38度線で分断された「東海線」、2021年の撮影です。古臭いでしょう。

「首都圏だけを発展させる」…政策としては違いますが、われわれが外から見るぶんには、田舎が遅れているように感じても仕方がないと思います。私の中では、中国は田舎も含めて綺麗になってきたイメージですが…
2021年1月の朝鮮労働党大会では「市・郡を農業の拠点とし、農業と地方経済の発展、人民生活向上を図るべき」であることが主張され、同年6月には金化郡(江原道)で食品や日用品をつくる地方産業工場がリニューアルされ、地元の生活を支える地方産業を発展させるうえでモデルとなっています。9月の最高人民会議では「市・郡発展法」が採択されたことで、地方経済の発展を法的に保障する土台が用意されました。2022年からは農村の住宅建設が全国的に取り組まれていて、今でも毎月のように竣工のニュースが伝えられています。以下の地図にまとめてありますので、「北朝鮮」の田舎に建てられる家がどのようなものか、衛星画像でお楽しみください。赤いピンは2023年、灰色は2022年竣工です。

「テレビで映る北朝鮮のイメージ」…地下鉄の駅と車両を新しくしているのは、2010年代後半に入ってからのことですので、外国の報道機関がストックしている映像だと「薄暗い」(エフェクトではなく本当に暗い)のも当然だと思います。日本の地上波放送で映る「北朝鮮」、煌びやかな2023年の平壌地下鉄、どちらも実在する風景です。映像そのものが加工されているわけではありません。
以下のテレビ番組は、工事中の地下鉄をとらえています。冒頭の「戦勝駅」は、改札口が明るいものの、エスカレータや乗り場が暗いのがわかるかと思います。地下通路も綺麗だったり陰鬱だったりしていますね。横浜駅の東横線と相鉄線を結ぶ長い通路(「記憶の散歩道」という名前がある)のような風景も映っています。

日本での北関連報道

上記のように、ある国の首都を走る電車の写真から、人々がいろいろな感想を持ち、投稿するのをみられました。他人の頭の中を覗けるのは楽しいものですね。そんな感想のなかには「日本の報道に騙されていた」とするものも少なくありません。たしかに「北朝鮮」をめぐる報道はときどき不正確です。挙げたらきりがありませんが、たとえば弾道ミサイル「火星(ファソン)」系列は、ここ数年で一部が「火星砲(ファソンポ)」という名前に変わり、北の報道ではそれ以前に出た「火星」との呼び分けがされていますが、外信は新しいミサイルも含めて「火星」に改めて呼んでいます。こうした手口はいつものことで、私もつい忘れてしまいます。

「事実上の弾道ミサイル」もそうでしたね。「屁と称する事実上の大便」みたいな表現です。上のツイートは、まるで「北朝鮮」が「衛星と称する弾道ミサイルを発射する」という言い方で通告したかのように書かれています。北が通告したのは、あくまで軍事偵察衛星の発射であり、ミサイルなどとは一言も言っていないわけです。日本政府や報道が「北が打ち上げる飛翔体は全部ミサイル」と認識するのは構いません(それでも無理があると思う)が、北の発言を捻じ曲げるような書き方は理解できません。

事実と嘘、その中間もある

日本の報道では、こんなことが日頃から行われているので、綺麗な地下鉄の写真を見て「騙された」という気持ちもわかります。ただ、地下鉄については、綺麗になったのがここ数年のことですので、外信報道が「騙した」わけではありません。私は、北に入れる報道関係者が減っているのではないかと思います。北側が厳しい態度をとる一方で、日本をはじめとして渡航を自制するよう求める国というのもあり、今までのような行動は難しいことが考えられます。報道側も、経費削減のために「どうせ行ってもお決まりの映像しか撮れない」場所への取材は組みたくないでしょう。そんな中でも、共同通信は現地との連携で北の風景を積極的に発信しています。

共同通信は通信社ですから、新聞やテレビといった独自の媒体を持っておらず(出版はある)、ニュースを報道に卸す以外には、ネットを使うのがせいぜいです。報道機関も全部のニュースを伝えるわけにはいきませんので、省かれた素材が通信社のネット発信を通じて見られるのはありがたいことです。
ただ通信社もまた同じで、全世界のすべてのニュースまでは扱えない。特に国内の話題は、国外で見聞きしても価値がないようなものが多いと思います。細かい情報まで拾おうとするならば、北なら朝鮮語、アゼルバイジャンならアゼルバイジャン語と、現地の言葉を理解することと、現地の情報を発信している資料の探し方を知ることが必要になってきます。平壌の地下鉄であれば「朝鮮中央通信のウェブサイトを開いて検索窓を見つけ、《지하철도》(地下鉄道)の単語を入れて検索ボタンを押し、出てきた朝鮮語の検索結果から目当ての記事を探し、当該の朝鮮語記事を読む」ことで、「駅の改修工事が2010年代後半に始まったんだな」というのを知ることができます。その情報が得られたなら、日本のメディアが「北について嘘を流しているから、鉄道もそうだ、われわれは騙されたんだ」という考えはなくなるはずです。

ここでは、日本のメディアが流す昔の地下鉄の映像(改修工事が一部完成した2019年以降にも流れているかは不明)と、それを見た人が持つイメージは嘘ではないし、冒頭のツイートにあるような写真が「平壌地下鉄」の全体というわけでもありません。少なくとも旧型車両が写っていない点が物足りないです。「テ*朝」や「*ジテレビ」を嫌うあまり、ネットで誰かが上げた、出どころの書かれていない写真だけをもとに、自ら見てきた過去を無条件に否定するような極端な考えは、危ないと感じています。「既存メディア」の何が間違っているか、何が問題だったかというのがわかっていればよいですが、そうでもなく「新聞テレビは嘘」と早まるのは違います。ここで紹介した反応ツイートの作者も、平壌地下鉄について頭の中に情報を持っている人(電車オタク)、あるいはその場で調べるなどして情報を得られる人なんかいないでしょう。

「北朝鮮」だけの話ではありません。2022年2月24日から続く欧州での武力衝突でも、誰が出したかもわからないTelegramの投稿を機械翻訳しただけの文を持ち出して「西側メディアは嘘を流している」と決めつける例が後を絶ちません。ロシア語から日本語にしたものならまだいい方で、スペイン語を経由した二重翻訳という酷いものまであります。言葉もわからない、自力で検証もできないようなものを見てどうしようというのか、謎です。それでいて「既存メディアは嘘」だのと大声を上げられるのだから、強い神経を持っているなと思います。反米を掲げ、「メディア」を疑い、自分の考えに近い情報を持ってくるのは結構ですが、その情報が何であるのかは最低限理解した上で動いてほしいものです。

日本には「韓国語」を読み書きできる人が多いはずなのですが、どうも北には興味がないようで、「北朝鮮」認識の誤りを減らすうえで役に立っていないのが現状です…

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