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東日本大震災と宗教者の災害支援のその後~連携により社会的力に~

 東日本大震災、3.11から10年。節目としてメディアは特集を組んでいる。今もなお時が止まったままの地域がある。あの日のこと、その前日までのことを心に抱き続けている人がいる。震災を風化させてはならないという思いがある一方で、被災された方々の中には区切りをつけたいという人もいる。「節目などと被災者以外の人が勝手に言っている」、「そもそも被災者や被災地という言葉が失礼だ」といった言説は、当事者との関わりを抜きにして独り歩きしているものだ。それぞれに受けとめ方は異なる。そして、今もなお多くの人が思いを寄せている。

(本稿は以下のもと原稿です。紙面の都合でカットした部分をこちらに掲載しています。掲載紙面は中外日報をご覧ください(上部の画像は、掲載紙面の一部)https://www.chugainippoh.co.jp/
稲場圭信(2021)「論:東日本大震災と宗教者の災害支援のその後」『中外日報』、2021年3月10日

 東日本大震災の前年、2010年にNHKが「無縁社会」という番組を制作した。当時、人間関係の希薄化が叫ばれ、思いやりなき自分本位な世の中であった(内閣府「社会意識に関する世論調査」)。そこに東日本大震災が起き、多くの人が苦難にある被災者に思いを寄せた。血縁や地縁がなくとも、たとえ他人であっても心を寄せる、その縁を筆者は「共感縁」と呼び、東日本大震災を契機に「無縁社会」に「共感縁」が誕生したと指摘した(『利他主義と宗教』)。

 その後も災害は頻発し、被災者に心を寄せる人は増えている。災害ボランティアもメディアで頻繁に取り上げられるようになった。
 この10年、日本社会は災害に対して、どのように取り組んできたのか。本稿では、とりわけ宗教者の災害支援と社会の連携を取り上げる。

地域の連携

 2021年2月13日夜に発生した福島県沖地震は、多くの人に東日本大震災を思い出させたが、「3.11」を教訓として、水や懐中電灯の備え、避難準備、そして近所との声の掛け合いがあった(朝日新聞、2021年2月16日)。近所の共助に加えて、災害ボランティアも日本社会に根付いている。阪神・淡路大震災以降、ボランティアの延べ人数は480万人、住宅被害一棟あたりのボランティア数は、2016年熊本地震の際には0.58人であったが、昨年の熊本豪雨では、2.93人であった(朝日新聞、2021年1月17日)。コロナ禍にあっても、地元、県域内のボランティアが活躍している。

 「国民の生命、身体及び財産を災害から保護し、もって、社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資する」ことを目的とする「災害対策基本法」は、昭和34年の伊勢湾台風を契機として昭和36年に制定された。ボランティアに関しては第五条の三には以下のように規定されている。

「国及び地方公共団体は、ボランティアによる防災活動が災害時において果たす役割の重要性に鑑み、その自主性を尊重しつつ、ボランティアとの連携に努めなければならない」

ここには「宗教」という言葉はないが、宗教者の災害ボランティアも含まれよう。
 市民の自主性の尊重に関しては、地域での取り組みも重要である。同法、第二条の二第二号には、住民、自主防災組織、および、地域における多様な主体が自発的に行う防災活動を促進することが以下のように定めれている。

国、地方公共団体及びその他の公共機関の適切な役割分担及び相互の連携協力を確保するとともに、これと併せて、住民一人一人が自ら行う防災活動及び自主防災組織(住民の隣保協同の精神に基づく自発的な防災組織をいう。以下同じ。)その他の地域における多様な主体が自発的に行う防災活動を促進すること。

 2014年3月には、内閣府が地区防災計画ガイドライン案を作成したが、その案にある地区住民、活動主体、活動体制、地域コミュニティの重要要素、協力体制のどの項目にも「宗教施設」や「宗教者」に関する記述は無かった。そこで、筆者らは、「寺社教会等の宗教施設を追記すべきである」という意見書をパブリックコメントとして内閣府に提出した。残念ながら、ガイドラインに反映されなかったが、その後、各地で制定された地区防災計画には、寺院や神社などが記載されている。例えば、岡崎市中之郷町地区防災計画(平成27年作成)、世田谷区上町地区防災計画(平成29年作成)、足立区「地区防災計画策定の手引き」(令和元年)などに寺社の避難所としての活用が言及されている。

宗教施設および宗教団体と行政の災害時協力

 江戸時代には、災害時に幕府や領主による御救米、民間による合力米があった。被災者の救助のために幕府が建てた御救小屋もあった。そして、各地域には、台風が来たら、地震が発生したら近くの神社や寺院に避難するという地域の智恵があった。このような「避難所」が、日本の法律において最初に登場したのは、昭和22年に制定された「災害救助法」である。第四条に、救助の種類として「避難所及び応急仮設住宅の供与」が定められている。そして、「災害対策基本法」では、2013(平成25年)年の改正において、東日本大震災から得られた教訓を生かすために、「指定緊急避難場所」(第四十九条の四)および、「指定避難所」(第四十九条の七)が規定された。


(指定緊急避難場所の指定)
第四十九条の四 市町村長は、防災施設の整備の状況、地形、地質その他の状況を総合的に勘案し、必要があると認めるときは、災害が発生し、又は発生するおそれがある場合における円滑かつ迅速な避難のための立退きの確保を図るため、政令で定める基準に適合する施設又は場所を、洪水、津波その他の政令で定める異常な現象の種類ごとに、指定緊急避難場所として指定しなければならない。
2 市町村長は、前項の規定により指定緊急避難場所を指定しようとするときは、当該指定緊急避難場所の管理者(当該市町村を除く。次条において同じ。)の同意を得なければならない。
3 市町村長は、第一項の規定による指定をしたときは、その旨を、都道府県知事に通知するとともに、公示しなければならない。
(指定緊急避難場所に関する届出)
第四十九条の五 指定緊急避難場所の管理者は、当該指定緊急避難場所を廃止し、又は改築その他の事由により当該指定緊急避難場所の現状に政令で定める重要な変更を加えようとするときは、内閣府令で定めるところにより市町村長に届け出なければならない。
(指定の取消し)
第四十九条の六 市町村長は、当該指定緊急避難場所が廃止され、又は第四十九条の四第一項の政令で定める基準に適合しなくなつたと認めるときは、同項の規定による指定を取り消すものとする。
2 市町村長は、前項の規定により第四十九条の四第一項の規定による指定を取り消したときは、その旨を、都道府県知事に通知するとともに、公示しなければならない。
(指定避難所の指定)
第四十九条の七 市町村長は、想定される災害の状況、人口の状況その他の状況を勘案し、災害が発生した場合における適切な避難所(避難のための立退きを行つた居住者、滞在者その他の者(以下「居住者等」という。)を避難のために必要な間滞在させ、又は自ら居住の場所を確保することが困難な被災した住民(以下「被災住民」という。)その他の被災者を一時的に滞在させるための施設をいう。以下同じ。)の確保を図るため、政令で定める基準に適合する公共施設その他の施設を指定避難所として指定しなければならない。
2 第四十九条の四第二項及び第三項並びに前二条の規定は、指定避難所について準用する。この場合において、第四十九条の四第二項中「前項」とあり、及び同条第三項中「第一項」とあるのは「第四十九条の七第一項」と、前条中「第四十九条の四第一項」とあるのは「次条第一項」と読み替えるものとする。
3 都道府県知事は、前項において準用する第四十九条の四第三項又は前条第二項の規定による通知を受けたときは、その旨を内閣総理大臣に報告しなければならない。
(指定緊急避難場所と指定避難所との関係)
第四十九条の八 指定緊急避難場所と指定避難所とは、相互に兼ねることができる。
(居住者等に対する周知のための措置)
第四十九条の九 市町村長は、居住者等の円滑な避難のための立退きに資するよう、内閣府令で定めるところにより、災害に関する情報の伝達方法、指定緊急避難場所及び避難路その他の避難経路に関する事項その他円滑な避難のための立退きを確保する上で必要な事項を居住者等に周知させるため、これらの事項を記載した印刷物の配布その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

 このような地域住民の避難の確保の流れにあって、宗教施設と行政の連携はどのようになっているのか。筆者らが全国の自治体1,741に対して、2019年11月時点の状況について回答を依頼したところ、1,123自治体から回答があった(注1)。宗教施設と災害協定を締結している自治体は121で、指定避難(場)所は661宗教施設であった。協定は締結していないが協力関係がある自治体は208で、指定避難(場)所は1404宗教施設であった。協定締結と協力関係を合わせると、災害時における自治体と宗教施設の連携は自治体数で329、宗教施設数で2065にのぼることがわかった。宗教施設・団体との今後の連携については、約3割の自治体が「より積極的に連携したい」と回答した。

社会福祉協議会と宗教関係者の連携

 2016年の熊本地震の支援において宗教者と社会福祉協議会(以下、社協)のさまざま連携が見られた。宗教施設敷地内の駐車場に災害ボランティアセンターが開設されたり、行政や社協と宗教者が連携し、支援活動や仮設住宅の運営にもあたっている。仮設住宅で宗教者が行う炊き出しやカフェに、社協の職員が一緒になって取り組む事例も2018年の西日本豪雨から頻繁にある。このような宗教者と社協の災害時連携の実態を知るために、筆者らが、全国の社協1,826に対して、2020年1月に回答を依頼したところ、794社協から回答があった(注2)。回答があった社協のうち、これまでに災害が発生し、災害ボランティアセンターを開設したり、災害対応をしたりしたことがあるのは321社協で全体の約4割を占めている。その321社協のうち、災害ボランティアセンターや災害対応で、宗教団体のボランティアや支援を受け入れたのは134社協、4割にのぼる。その内容は人的支援が最も多く、次いで義援金・支援金の寄付であった。宗教団体の活動や支援の8割を「満足」と社協は評価している。

今後にむけて

 内閣府は、2020年4月、「避難所における新型コロナウイルス感染症への更なる対応について」の通知によって、避難所の収容人数を考慮し、可能な限り多くの避難所の開設を図るとともに、ホテルや旅館等の活用等も検討するよう自治体に要請している。従来の避難所だけでは感染症対策の「密集、密閉、密接」の回避が困難なため、行政が地域でなじみのある寺社等宗教施設に協力を求める事例が増加している。たとえば、長野市、高知市、瀬戸市、富山市などで宗教施設の災害時活用などの連携の輪がさらに広がった。令和の時代、残念ながら南海トラフ地震や首都直下巨大地震が発生する可能性は極めて高い。誰もが自然災害に、そして感染症のリスクに晒されている時代。安全地帯にいる自分と危険な所にいる他者という構図は消え去った。同悲同苦、「共感縁」は、ふたたび地縁を強くするであろうか。
 東日本大震災からの10年、日本社会は様々な危機への対応力、レジリエンスを高めてきた。そこには、行政の力に加えて、地域住民の力もある。無論、宗教者も地域住民である。人々のつながりが弱体化した社会において、近年、宗教施設が宗教関係外にも活動を広げながら、地域の中心で学びや福祉の場として、また地域をつなぐ拠点としてあらたな機能をもった存在へと変化した事例がある。これは、原点回帰であろうか。地域住民のつながりの維持や新しいつながりの創出に取り組んでいる宗教施設、宗教者の社会貢献に期待したい。

注1、2: 「宗教施設と行政と市民の連携による減災・見守り」(科学研究費)による調査。
稲場圭信、川端亮(2020)、「自治体と宗教施設・団体との災害時協力に関する調査報告」『宗教と社会貢献』第10巻第1号.
稲場圭信、川端亮(2020)「社会福祉協議会と宗教団体との災害時連携に関する調査報告」『宗教と社会貢献』第10巻2号.


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