新潟県新潟市に伝わる話である。
さらに詳しい内容に関しては、下記ページを参照いただきたい。
いずれにしても、この庚塚(尼さ山)というところは、行者や尼を埋葬した伝説が残る地で、当時は藪になっており、あまり近づいてはいけない聖域扱いされていたことが分かる。
当時のこの辺りは、まだ開拓、埋め立て前で、あちらこちらに潟とよばれるところがあり、また干拓するための堀が通っていて、水路として利用されていたようだ。
そんな水辺の多いところに、その一角だけ丘になっていて、藪が生い茂っていれば、昼間でも薄気味悪い。
薄暗くなってくれば足元もおぼつかず、妖の類が出ても不思議ではないだろう。
実際に訪れてみると分かるが、庚塚がある所は、住宅地のちょうど終わりあたりにある。その集落の周りは全て水田である。
そのような意味で、庚塚は集落の境界にあたり、それはまた異界との境界であったと言えるだろう。
さて、現在の庚塚であるが、その面影を全く残していない。
あたりは水田となり、その中で畑となっている地があり、地図などによるとそのあたりらしい。
水路として利用されていたという堀も、細い用水路として。その面影を残すだけである。
あちこちあった潟も、大型スーパーの駐車場などにかわり、その辺りがかつて沼地であったということを感じさせるものはない。
この感じでは、狐などが住みつき、人を化かすこともなかろう。
昼間でも鬱蒼として気味が悪いところなどと言われたことは微塵も感じさせない。
尼さんや行者を埋葬したという伝説を感じさせる痕跡もない。ただ、現代社会の生活が営まれているだけだ。
唯一、その名残を残すのが伝説にある地主の佐々木邸であろうか。
名字帯刀御免を許された大庄屋であったそうで、今もその邸宅は残っている。
残念ながら一般非公開の施設なので、写真に収めることは出来なかったが、昭和の頃より空き家となっているそうで、まだ当時のその威厳を感じ取ることが出来る。
googleの空中撮影をみると明らかで、他の家に比べて敷地が広く、木々でおおわれて居る。
この家ならば、今でも狐狸の類が人を化かしても、とも思えてくる。