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尼さ山の狐

 新潟県新潟市に伝わる話である。

 昔、割野と上早通の中間に金塚(かなづか)というところがあった。
 庚塚(かのえづか)から転訛したもので、いつごろか行者を生き埋めにした場所だと言われていた、
 この金塚が、まだ笹や老木で、昼なお薄暗く気味悪かった頃の話だという。
 数匹の老狐が住んでおり、時々尼僧に化けて、通行人をだました。
 このため、いつしか「尼さ山」と呼ばれるようになった。
村人たちは困って、この狐を退治してもらいたいと、代官所へ申し立てたが取り上げてくれなかった。
 ある時、割野に住んでいた力持ちの若者が「私が退治しましょう」と申し出た。
 そして、ある夜、酒を飲んで元気をつけ、狐退治に出かけた。
 闇をすかして見ると、まさしく一匹の狐が何かを食っていたが、そのうちに尼に化けて早通の方へ歩いて行った。
 若者は見逃さぬように後からついていくと尼さんは佐々木という地主の家に入った。
 若者はしばらくして裏口にまわり主人に「今入ったのは尼さ山の狐です。法事の油揚げを食べたくて来たのです」と話すと、主人は「実は今日の法事に新津の尼さんを招いてあるのです。それを知って先回りしてきたのでしょう」と言った。
 そこで二人は尼さんの狐を縄で縛り、杉葉をいぶして、正体を出させようとした。
 ところが尼さんは尻尾を出さず、白い眼をむいて死んでしまった。
 驚いた主人は「せっかく親の三十五回忌をしようと、尼さんを招いたのに、狐だと言って殺してしまった。どうしてくれますか」と詰め寄った。
 男は申し訳ないと言って、震えている時、菩提寺の和尚が伴僧を連れて入ってきた。
 和尚はこれを見て「大変なことをしましたね。この罪を償うために、坊さんにおなりなさい」と言って剃刀で男の髪を剃り落とした。
 男は目をつむって一生懸命に念仏をとなえていたが、しばらくすると頭がひやりとしたので、目を開けてみて驚いた。
 そこは尼さ山の笹薮の中で、和尚も伴僧もいなかった。しかし、ちょんまげが見事にそり落とされ、坊主頭になっていた。
 若者は狐を退治しようとして、逆に狐に化かされてしまったのだ。

小山直嗣、『新潟県伝説集成下越篇』
庚塚付近

 庚塚には、また”庚塚のねずみ”の伝説が残っている
 ここに住んでいた鼠の親子の親が病気になり、薬となる鶴の足を、命からがら手に入れた鼠の子が、ひん死になりながら、権平というものに託し、権平はそれを無事届け、鼠の親の病気は治った。
 そのお礼に、かぶると動物の言葉がわかるようになる頭巾を与えられたという話だ。

ムカシムカシはやどおり 

さらに詳しい内容に関しては、下記ページを参照いただきたい。

 いずれにしても、この庚塚(尼さ山)というところは、行者や尼を埋葬した伝説が残る地で、当時は藪になっており、あまり近づいてはいけない聖域扱いされていたことが分かる。 
 当時のこの辺りは、まだ開拓、埋め立て前で、あちらこちらに潟とよばれるところがあり、また干拓するための堀が通っていて、水路として利用されていたようだ。

庚塚付近 中央に細く用水が流れている

 そんな水辺の多いところに、その一角だけ丘になっていて、藪が生い茂っていれば、昼間でも薄気味悪い。
 薄暗くなってくれば足元もおぼつかず、妖の類が出ても不思議ではないだろう。

 実際に訪れてみると分かるが、庚塚がある所は、住宅地のちょうど終わりあたりにある。その集落の周りは全て水田である。
 そのような意味で、庚塚は集落の境界にあたり、それはまた異界との境界であったと言えるだろう。

庚塚付近

 さて、現在の庚塚であるが、その面影を全く残していない。
 あたりは水田となり、その中で畑となっている地があり、地図などによるとそのあたりらしい。
 
 水路として利用されていたという堀も、細い用水路として。その面影を残すだけである。
 あちこちあった潟も、大型スーパーの駐車場などにかわり、その辺りがかつて沼地であったということを感じさせるものはない。

庚塚周辺の水田

 この感じでは、狐などが住みつき、人を化かすこともなかろう。
 昼間でも鬱蒼として気味が悪いところなどと言われたことは微塵も感じさせない。
 尼さんや行者を埋葬したという伝説を感じさせる痕跡もない。ただ、現代社会の生活が営まれているだけだ。

 唯一、その名残を残すのが伝説にある地主の佐々木邸であろうか。
 名字帯刀御免を許された大庄屋であったそうで、今もその邸宅は残っている。
 残念ながら一般非公開の施設なので、写真に収めることは出来なかったが、昭和の頃より空き家となっているそうで、まだ当時のその威厳を感じ取ることが出来る。

 googleの空中撮影をみると明らかで、他の家に比べて敷地が広く、木々でおおわれて居る。

中央が佐々木邸(google map)

 この家ならば、今でも狐狸の類が人を化かしても、とも思えてくる。

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