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(一般向け) 医療との距離感は付かず離れずがちょうどいい。


これまで僕は
一般の方に向けた記事

医師や医療従事者に向けた記事
をそれぞれ別に書いていた(つもり)でしたが、

題名だけでは全然見分けがつかない
ことに気がついたので、

今回から、
題名に(一般の傾け)と(医師向け)と明記して
投稿していきたいと思います(^ ^;)

医師の感覚は"ふつう"ではない

僕はフリーランス医師とは別に
取り組んでいる事業があります。
その取引先の業者さん達と会話するのは、
毎回新鮮な発見やおどろきがあり
とても緊張もしますが楽しい経験です。

なぜ発見や驚きがあるのか?

それは、
医師人生が長くなればなるほど、
健康や寿命や病気のことについて
知らず知らずの間に
一般の方と乖離してくる
のが
話をしていてとてもよくわかるからです。

一方で、
いままでの医師としての
健康への価値観、死生観、老いや病気へのイメージ
はかなり偏っていたなぁ

反省もしたりすることも多いです。

ある業者さんとの会話

先日、とある業者の方と雑談していたら
こんな会話になりました。

「そういえばDr.Wさんは内科の医師だって
おっしゃっていましたよね?」

「はい。何か気になることがあるんですか?」

「実は僕は10年来の痛風持ち出して。。
発作を繰り返しているうちに
くるぶしがどんどんがボコボコになってきているんです」

そういうので見てせもらうと、
くるぶしが明らかに変色してぼこっと腫れている。
ただ今は炎症はないようで、触っても全然痛くないそう。
触るとブヨブヨとしたしこりがあり、
はは〜ん、痛風結節だなとわかったので
そのようにお伝えしました。

本人もうすうす気がついていたようですが、
病院に行って薬を一生飲み続けないといけない
と言われて、通院をやめたそうで。。。

それからは
ずっと病院には行かず
食事でのコントロールをしながら
発作が出たら市販の痛み止めを飲んでなんとか
していたそうです。

僕も医師としてその方と関わっていたわけではないので、
具体的なアドバイスなどはしませんでしたが、
ひとつこんな質問しました。

「なんで薬を飲み続けるのが嫌だったんですか?」

そうしたら、

「だって、薬を飲み続けるだなんて、
健康に悪そうじゃないですか」

驚きと発見

この返答に
僕はとてもびっくりしました。

それは、
痛風という病気だから
薬を飲んで治療をするのに、
薬を飲むと健康に悪い
ってどういうこと??
と思ったからです。

全然論理的でないし、
その時の僕には理解できなかったのです。

ただ、思い返してみると
僕の患者さんの中にも、薬に対する恐怖心や
副作用への心配から、内服をやめてしまったり、

病院に来なくなってしまったりした方々が
少ないながらもいらっしゃいました。

僕たち医療従事者は、
何年も西洋医学という学問を学び、
薬や手術などで病気を治療するのは、
当然であり、唯一の有効な方法だ

と学んできました。

また、
薬や手術やその他の治療にも
メリットとデメリットがあり
両方をきちんと理解した上で
メリットが上回るだろうという予測のもと
治療を推奨する

という考え方も
自然に身についています。

そして
この予測のもとになっているのは、
過去の研究報告や
長年の経験知を具体化した医学書
自身の治療経験

などですから
割と客観的と言えます。
(まぁこれも実は大きな仮説とか前提とかのうえに
成り立っている薄氷の上の客観なのですが。。)

一方で、患者側の知識というのは
体系的ではなく、
過去の体験や、
近隣の人の経験を目にしたり耳にしたりしたもの、
噂レベルの逸話
ネットにある玉石混合の情報

などが入り混じっていて、
極めて主観的です。

ですので、
この方の病気の体験というのは
主観であり絶対であるので
当然訂正する必要はなにもない
のですが、
"薬を飲み続けるのはカラダに悪そう"
というのは
極めてあいまいとしたイメージ
そのリスクは具体化できていない
と思ったのです。

この
なんとなく漠然としたイメージだけで
治療を受けるメリットを完全に捨ててしまって
よいものか。。。

と僕は帰路の中で考え込んでしまいました。

僕は中庸(ちゅうよう)がいいと思う

ネットや雑誌や新聞を見ていると
「現代の医学なんて信用できない」
「患者はモルモットにされている」
「薬を飲んだらどんどん健康になって長生きできない」

といった
センセーショナルな記事や投稿
見かけることは多々あります。

確かに、僕も臨床研究を通して
医学というものの客観性(エビデンス)のあやふやさ
の表層には触れることができました。

自分の信じていた西洋医学は
意外と限定的で、特定の条件下にしか
客観性を発揮できないものである

ということを理解したのです。

なので、
その方の体験や、
周囲の経験や噂を
全部否定するつもりはありません。

一方で、
自分のカラダについて
ある程度
客観視はしておいたほうがよいのではないか?

とも思います。

当然、そのためには
医学的な知識や経験が必要ですから、
それを医師に補ってもらったいいんじゃないの?
と思うのです。

自分で一から勉強しようと思ったら
大変です。膨大な知識量になるので
1年では到底無理でしょう。
だから自分でかき集める必要はないんです。

要はアドバイザーとして医師を使うのです。
パーソナルトレーナーとか
お悩み相談室とか
占いと
同じ感覚です。

お話ししたその方には僕は
その場では何も言いませんでしたが、

別に薬をもらわなくっても、
医師の考えや知識を少し分けてもらって、
それも含めて治療を受けるのかどうか
自分の判断を
最終決定したらいいのではないか?

と考えています。

東洋哲学(儒教)の思想の中で
孔子がいうところの
”中庸(ちゅうよう)”に近い発想です。

医師を
盲信する必要もなく、
すべて疑う必要もない。

客観性を受け入れつつ
自分の主観も大事にする


付かず離れずの感覚
大事なんではないのかな〜
と日々考えています。

でもこれは医療者側にも
必要な発想だとも思います。


医療者は
治療を受けない、手術を受けない
通院をちゃんとしない
そんな方を
すぐに問題患者扱いしたり、
排除したりしがちです。

過去の自分もまさしく
そういう考えをどこかで持っていました。

今になって初めてそれが
間違いではないかと思えるようになったのです。

お互いに緩衝地帯というか
ほどよい距離感というか
そういうものがあるといいなぁと
思います。

それでは、また。

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