2015.10.26 続 やっぱり渋谷が苦手な話

(前回までのあらすじ)人生で10回目の渋谷来訪。人ごみに刺された美女を救出しつつ道玄坂を登った私は、ある雑居ビルに入った。

・・・・・

そのビルに入ると、奥に小さいエレベーターがあった。このビルの賃料はいくらぐらいなんだろう。50万か、100万か。医者をやっているとそういう常識は全くつかない。

エレベーターは勝手に上がり6階に着いた。ドアが開くと、無機質な廊下が出現。ドアが一つあり、「cakes」「note」のロゴだけが貼ってある。ここでいいのかな。ひとまずスルーして、奥に歩き進む。キッチンと非常階段らしきところがあった。全貌を把握するのは、リスクマネジメント上重要であるから。もしここに拉致監禁されたとしてもヤカンを武器に取り、非常階段から逃げれば良い。

どうにもロゴだけのドアは開けづらく、3分ほどうろうろしていた。誰かたまたま通りがかって開けてくれないかな。こういう時、自分のチキンさにうんざりする。

もちろん3分間誰も通らず、監視カメラがあるわけでもなかったので意を決してノブを下げてドアを開ける。

「しつれいしまーーす・・・」

手前の男性が、「え、だれ?」といった顔でこちらを見る。そりゃそうだ、私は顔を出さずに執筆してたので顔出しで行ったってわからないのだ。

「あ、あのー・・・うげつと申しますが・・・」

名乗り慣れないペンネームを口にして少し照れる。手前の男性は座ったまま顔だけを奥に向けて、なんとかさーんと呼んだ。

ホ・・・

奥から女性が来る。身長は160cmくらいだろうか、細身のずいぶん華奢な雰囲気の女性。年齢は20代なかごろ、インテリジェンスは高い、金はそれほど無い、育ちは結構良い。初対面はそれほど得意というわけではなさそうだが、編集者という職業柄(この部屋にいるのだから編集者さんなのだろう、アシスタントさんという雰囲気でもなかった)まあずいぶん慣れてきた、という感じ。

ざっと頭の中をプロファイルが駆け巡る。

「初めまして、Hです」

と同時に、男性が4人やってきて次々に挨拶をする。名刺も交換し続けた。Dさんが完全にイケメンであった。代表の加藤さんは、まるで格闘技でもやっていたかのような落ち着いた雰囲気を醸していた。古色蒼然たる出版界をボート一つで引っかき回そうとしているこの男は、きっと生傷も絶えぬのであろう。毎日歌舞伎町で喧嘩をして回っているに違い無い。

2、3私のかなりプライベートな質問をされ、「何故ご存知なのだろう」と思いながらもこんな情報だだ漏れ社会のご時世、なんだってあるよなと思い狼狽をひた隠す。

Hさんに促され、例のcakesで対談がよく行われているあの部屋へ。堀江氏が来、藤沢数希氏が来、はあちゅう氏が来たこの部屋。

ペットボトル入りの水とグラスをいただき、促されるままに奥に座る。

「もうすぐフェルさんもいらっしゃいますので」

わかりました、着替えをしたいのですが・・・というと、お手洗いへどうぞと言われた。さっき突破するのに苦心したあのドアを逆からあっさりと開け、私の避難ルート予定であった非常階段近くのお手洗いを案内された。

お手洗いで私服から私用のcherokeeの紺色の上下手術着に着替え(病院のを持ち出して撮影したとバレるとおそらくクビになるからだ)、靴を忘れていた(病院では普段サンダルである)ことに気づきそのままお気に入りの革靴で先ほどの対談室へ戻る。

マスクと帽子をスタンバイし、あまり目が合わないH嬢にやはり自分が奥の上座では失礼なので手前側に移らせていただきたいと申し出(相手が医者であれば上座もなにも知らないのでそれほど気を使わ無いのだが、フェルさんは会社員もされておりその辺りの一般常識にも厳しいと思われたので)、あわただしく荷物ごと席を移った。

H嬢がいなくなり、一人部屋に残される。

すぐにいたずら心が芽生え、私に関連した物をこっそり棚に仕込んでおこうかと思ったが、H嬢にうんざりされるのもイヤなのでやめておいた。

モザイク柄の暖色調の広いテーブルに両肘をつき、しばし待つ。いったい私は何をやっているんだろう。さっきまで患者さんのお腹に手を突っ込んでいたのに、今は渋谷の雑居ビルの6階で一人テーブルに肘をついている。テーブルはまだ新しいらしく、表面のツルツルとした光沢が肘に冷たかった。

8分ほど待つと、憧れのその人はやってきた。

つづく

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